第10話 冒険者、供に(おやつの時間にしましょう)
「よし。もう少しで書き終えられそうだな。まったく、たかがスリの一件で随分と手間を掛けさせられる。」
猫亭の本部。その入り口に入ってすぐの受付代。最近はすっかりそこが定位置となったクロノスは、何やら書き物をしていた。普段であればそれは、来るかもしれない客人を待つ傍らで彼が作り上げる「至高の芸術」なのだろうが、しかし、今日はいつもの落書きを書いている紙とは種類が違うようだった。それに対面するクロノスもどこか真面目だ。こいつにもこんな顔ができるのかと思わず見直してしまう。
「警備隊の詰め所の受付がダブルメロンな若くて腰の締りがいい姉ちゃんでなければ、夜中の宿舎にミツユガエルを100匹投げ込んでいたぜ。」
訂正。クロノスの誠意は、どうやら詰所のおっぱいに対するものであるらしかった。一瞬見直した先刻の私を返してほしい。ちなみにミツユガエルとはミツユース近隣の湿地に生息する固有種の蛙で、夜中にとにかくうるさく鳴くことで有名だ。10年ほど前にはミツユース都市内の水道路で大量発生し、おびただしい数の不眠症患者を出したらしい。
財布を盗まれたナナミを宥め自腹で昼食を御馳走してから、一度猫亭に帰還したクロノスは今度はヴェラザードにナナミのミツユース案内をさせることにした。出かけた二人を見送りどこかへと出かけたクロノスは、やがてその紙を持ってきた。そして短くない時間をかけて何かを書き込んでいたが、今やっとその作業が終わりを迎えようとしていたのである。
「ただいまー。」
扉が開き備え付けられた鈴が音を奏でる。声の元をクロノスが見れば、入ってきた者がナナミとヴェラザードであると確認できた。
「おかえり。目当ての物はあったか?」
「はい、バッチリ!!いやー、さすがは流通都市ミツユース。本当に何でもあるわね。」
「クロノスさん。こちら請求書になります。「クランの資産」から建て替えておいてくださいね。」
ヴェラザードが念を押して懐から取り出した請求書の束を受け取ると、クロノスはその内容を確認した。そしてそれぞれに記載された金額の合計を頭の中でおおよそにまとめると、少しだけ苦い顔をした。
「…俺は生活に必要な物なら何でも買えと言ったがな、さすがに使いすぎじゃねぇの?ヴェラに言われた通りギルドで振り込んだクラン資産が早くも空になりそうなんだけど?」
クロノスはナナミがこれからのミツユースでの活動で様々なものが必要になると思い、案内のついでにツケでそれらを買いに行かせていた。ヴェラザードをその同行者に選んだのは、ナナミにそれらの品を買う店の場所を案内させるため。そして彼女が猫亭の団員であることを各店に覚えてもらうためだった。大抵の店ではツケなど珍しくもないが、あからさまによそ者ならば話は違う。なによりナナミはこの街に来てまだほんの数日しかたっていないのだ。ヴェラザードはクロノスの専属担当者。ならば彼女を同行させればクロノスの関係者の猫亭の人間であると印象付けることができるだろう。そう考えての行動だった。本来ならばクロノス本人がナナミについていけばよかったが、ナナミが買いたい日用品と言うのが、男であるクロノスはどこで買えるのかわからないかもしれないし、それらが異性の前で買うには抵抗があるものかもしれない。クロノスはそう考えた(主にヴェラザードが)。
「仕方がないですよ。女はいろいろ入用なのです。」
いろいろというのが、余計なモンじゃなければいいがな。クロノスはそう悪態をつくと手元の紙に視線を移し、再びペンを走らせた。
「ついでと言っては何ですが、クロノスさんのお金で美味しいお茶菓子を買ってまいりました。ちょうど午後の休憩時ですし、一緒に食べましょう。」
お茶を入れてきますねと、ヴェラザードは奥の厨房へ消えて行った。そこは奢ってほしかったと胸に残るわずかな期待を心の奥底に仕舞い込むクロノスだった。
「そういうことでクロノスさん。書き物はあとにしておやつにしよう!!買ってきたケーキとってもおいしそうだよ!!ちょっと値段は張ったけど、まさかこっちでふわふわのスポンジに白いクリームの乗った生菓子に会えるなんて…」
「ショートケーキか。最近流行っているみたいだなソレ。良く買えたな。」
ヴェラザード達が買ってきた菓子はスポンジ状に焼き上げた生地に、白いクリームを塗りあげたショートケーキと呼ばれるミツユースで最近流行っている菓子だった。貴重な食材をふんだんに使っておりそれゆえ大量生産が難しく、作った後も冷やしておかないとすぐ駄目になってしまうので、値段はそれなりに高価である。しかしその味は大枚を叩くだけの価値があり、午後の茶休みが3度の飯といい男の次に大事だと唄うミツユースガールズたちが、何日分ものお小遣いを貯めこんででも食べたいと言うほどの物だった。そういうわけでそれらを取り扱う店舗には普段から行列ができており、ひどいときには午前中に売り切れてしまうことも珍しくはない。
「わがまま言って並んだ!!買いものにかけた時間の殆どはその待ち時間よ!!」
「自信満々に言うなよ。せめて自分の金で買え。」
菓子店の請求書を見つけ文句を言うクロノスだったが、そういえばナナミは財布を盗まれ一文無しだったのを思い出して、まぁいいかと請求書を束に戻した。
「でも不思議だよねー。いろんなところから材料を取り寄せて作っているらしいけど、どうやってこれの作り方を思い付いたんだろ?普通に考えたんじゃできっこないハズなのに。」
貴重な食材は採れる地方がバラバラで日持ちしない物もある。このような菓子はクロノスが知る限りこの大陸のどこにも存在せず、なぜこのような菓子とその製法がミツユースに出回るようになったのかは謎だった。
「食材の保存の関係で氷の魔術が使える魔術師を大量に雇っている商会とかも多いからな。金さえ出せば大抵のものが手に入るのがミツユースだ。偶然どこかの商会のお抱えコックが思いついたのかもしれん。…ちょっと待ってな。もうじき、書き終えるから。」
「そういえばさっきから何を書いてるの?私にヴェラさんを付けてくれたのは、もしかしてそれを書くため?」
「まあそれもある。これは被害届だよ。街の警備隊に提出するためのな。」
被害届と聞いてナナミには覚えがあった。なにせついさっきのこと。ナナミは自分の全財産が入った財布をスリ師の少年に盗まれたばかりだったからだ。
「被害届って私の?」
「そうだよ。普段なら子供のスリは食い詰めてのことだし、少額だから警備隊もやる気を出さないんで、街の住人も運が無かったと見逃してやるんだけどな。リリファ…ファリスも言っていた通り、ダグとかいうガキが度を過ぎているのなら一応、報告しておくべきだと思ってな。」
それでこの量だ。まいっちまうと、クロノスが描いている紙を見せた。ナナミは始め被害届は1枚だけかと思っていたが、見れば何枚も重なっており、その一枚一枚にはびっしりと文字が書かれていた。
「こっちが被害状況の記入で、こっちが目撃者名義。あと推測される犯人の名前と顔の特徴に逃走方向。まったく、そういうのは現場で事情聴取しろよ。ああそうだ。これは被害者のサインがいるし、こっちの俺のサインに代筆の証明のサインを書いてくれ。こことここ、お前が書くところな。」
クロノスが示した部分と記入する量を見て、ナナミは目を回しそうになった。いくらなんでも書くところが多すぎる。これがお役所仕事か。もしかして被害届の受理が面倒だからわざとこんなに形式ばらせることで、ややこしくしているのではないだろうか。
ナナミの呟きに、違いないとクロノスは同意した。結局ナナミはヴェラザードが茶を入れて戻ってくるまでの間、目の前の被害届と格闘を続けるのだった。
「ファリスの父親のファーレンさんはな、暗黒通りの門番をやっていたんだ。具体的に言うと、暗黒通りに入ろうとする堅気に警告を入れるんだ。ここから先は危ないから入っちゃいけませんってな。」
買ってきた茶菓子に舌鼓を打ち、会話に花を咲かせていると、話題はナナミが受けた窃盗の話から、暗黒通りにいたファリスと名乗る子供の話題になっていた。
「門番と言っても、それが本職だったわけじゃない。あの人は裏町でも結構でかい組織の幹部だった。堅気と筋者の境界に厳しい人だったから門番に関しては完全に慈善行為のつもりだったんだろう。本人は防犯アドバイザーと言っていたがな。」
「防犯アドバイザー…ならファリス君もお父さんの跡を継いで?」
「まぁ父親が生きているうちはそうだったのかもしれない。」
クロノスは茶菓子のケーキをフォークで切り取り、その破片を口へと運んだ。少しの間口の中のそれを舌で転がしていたが、すぐに飲み込み茶を流し込んだ。もしかしたら甘いのは苦手なのかもしれない。
「あの、生きているうちはとおっしゃりましたが、ということはもう…」
クロノスの話を黙って聞いていたヴェラザードだったが、気になるところがあったのか口を挟んできた。彼女の皿の上のケーキは既にその姿を消しており、単に手持ち部沙汰になっただけなのかもしれない。
「ああ、もう死んでる。2年くらい前に別組織との大きな抗争があったらしい。その時にな。」
「あれ、お父さん裏組織とはいえ大きな所の幹部だったんでしょ?ということはファリス君は良い所のお坊ちゃまってことにならない?なんであんな恰好をしてたの?」
クロノスに疑問を挟んだのはナナミだ。彼女は既にファリスと会っている。初対面にもかかわらずナイフを突きつけられた最悪の思い出があった彼女は、ファリスの容姿をよく覚えていた。ファリスは他の浮浪児と変わらずボロボロのコートを着込んでおり、その姿はとても良い所の坊ちゃんと言う風には思えなかった。道に散乱した異臭を放つゴミで気付かなかったが、よくよく思い出しても見れば、ファリスからもそれなりの異臭があったのかもしれない。
「いい身分だからとはいえ、所詮は裏の人間。弱い奴は強い奴の喰い物になるのが当然さ。母親や親類はいなかったと聞くし、父親が死んだあとに悪どい連中が屋敷に乗り込んできて、遺産は生前の借金だ形見分けだと適当なこと言って力づくで奪い取って、ついには屋敷を追い出されたとか聞いた。」
クロノスの答えを聞いたナナミは、ファリスのことが不憫に思えた。あの年頃の子供だ。父親がどんな悪事に加担していたのか知らなかっただろう。それなのにある日唯一の肉親である父親が死に、その遺産すら欲汚い悪党に奪われ、棲家すら追われてしまう。そして馴れない浮浪児生活は大変に苦労しただろう。
「思えば門番の真似事をするのも、父親が恋しくてのことかもしれないな。ナイフの扱い方は父親に教えてもらったと以前聞いたし、忙しいファーレンさんと親子として接することができるのは、もしかしたらあの場所だけだったのかも。」
「そんな…かわいそうに。」
「かわいそうとか思わない方がいいぞ。そんな話は裏町の浮浪児には珍しいことではないし、もっとひどい目にあった奴も知っている。程度の差はどうあれ、生きているだけましだ。下手な同情はやめておけ。中にはその過去をダシにして同情を売って金を無心する強かなガキもいる。そんなんだから油断して財布を盗られるんだよ。」
それだけ言ってクロノスはこの話は終わりだとばかりに口を閉じ、残りのケーキを食べようとするが、自分の皿の上にケーキは残っておらず、会話に夢中になって食べたのに気付かなかったかと思えば、ナナミが自分のケーキを食べていた。
「それ俺のなんだけど…」
「ふぁふぁいほうふぇふほ!!(かわいそうですよ!!)ふぁんふぉはふぁらふぁいんふぇすか!?(なんとかならないんですか!?)」
クロノスの分のケーキを口いっぱいに頬張ってナナミは抗議した。喋るたびに口からケーキの破片が飛び散ってクロノスの顔にかかるが、彼は気にする様子もない。いや、もしかしたら仮にも美少女のナナミの唾液を含んだケーキ片を顔に掛けられて嬉しくて声にならないだけかも…「あ?」いえ、なんでもないです。ホントごめんなさい。
「なんとかといってもなぁ…まぁ俺もファリスの父親にはミツユースに来たばかりのころに世話になったのが縁の始まりだったからな。死人に恩は返せないからせめてファリスだけでもどうにかしようと思ったけど、本人が拒むんだ。堅気に恵んでもらう必要は無いってな。」
「ゴクン。でもファリス君もスリ師なんでしょ?だったら助けてあげればスリ師が1人いなくなって、ミツユースが少し平和になるんじゃない?」
口に何もない方が喋りやすいと気づいたのだろう。少し賢くなったナナミはケーキを呑み込み話を続けた。
「1人更生させたところで、空いた餌場に新しい奴が入ってくるだけさ。それにあいつはスリ師の中でも大金は相手にしない穏健派だ。自分が捕まらないためってのもあるんだろうけど。」
ナナミの提案にクロノスは眉間にしわを寄せた。ファリスはスリ師の中では穏健派と呼ばれる派手な罪は犯さない子供だ。普段はゴミ捨て場で金目の物を拾い上げたり、道に落ちた小銭を探している。そして本当にどうしようもないときだけ必要な分だけ盗みを働いているので、それを知っている街の住人はわざと見逃すことも多く、放置していても構わないとクロノスは判断した。
「あいつよりも心配なのはダグとかいう奴だ。」
「え!?あのエロガキがどうしました!?あんなのエロモンキーがどうなろうと知ったことではないです!!あんな奴は雑巾みたいに搾り上げて乾燥機の中にぶち込んでやればいいんですよ。」
ダグと言う名を聞き、ナナミは激しく怒りだした。少し会っただけのファリスは必死にかばうのに、自分に被害を出したダグは罵るどころか、不名誉な称号まで付けるとは。いったいダグはナナミに何をしたんだ。
「俺だって浮浪児がどうなろうと知ったことではないけどな。さっき警備隊の詰め所に被害届の紙を貰いに行ったら、中が随分慌ただしくてさ。何事かと受付のメロンの子に聞けば、デビルズとかいう浮浪児グループの一斉検挙をするんだと。ファリスは入ってないと思うけど、ダグとかいう奴が大金を集めていたのはそれ絡みじゃないのか?グループの上納金が厳しくて払えないヤツがダグを脅しているとかな。デビルズに関わるガキは全員捕らえるとか息巻いていたから、あいつも運が悪けりゃ捕まって今までの罪状がばれそうだ。」
クロノスはダグが大金を狙って盗みを働いていたのなら、他の被害者も被害届を出していると考えたのだ。もしそれなりの被害届が出ているのなら、子供とはいえ、ダグもただでは済まない。鞭打ちならまだ有情なもので、罪人を捌く裁判官の判断次第では、今後の盗みを止めるために利き腕を斬り落とされることすら十分に考えられる。そうなってしまった場合、まともに生活はできず飢え死にが関の山だろう。
「ファリスもダグも気にはなるが、所詮裏町の人間。俺たちにできることは何もないさ。それよりも、ナナミのミツユース案内は終わったんだ。今後の我が猫亭のことでも考えようぜ。」
ファリスとダグの話を打ち切りクロノスは猫亭の話を始める。ナナミが加入したとはいえまだ後3人。戦士、盗賊、治癒士のあては見つかっていない。ヴェラザードは2か月の猶予期間が出たと言っていたが、何でも例外やギルドの利益と言っては約束を都合よく捻じ曲げてくる上層部のジジイ共のことだ。ただ5人の団員を揃えるだけで話が終わるはずがない。団員探しは早い所終わらせてしまい、いつでもその無理難題を受け止めることができるようにしておきたいのだ。
「ナナミが入ったことで、猫亭は前衛職と後衛職が1人ずつということになる。回復役の治癒士は欲しいが、まずは前衛をもう1人、戦士か盗賊を入れてとりあえずのパーティの形を作りたい。」
回復は最悪誰かがポーションを投げ続ければいいからなと、クロノスは手でポーションを投げる仕草をして見せた。
「それなんだけどさ、クロノスさん。ソロの冒険者から探すなんて初めから無理ゲーじゃない?」
ナナミの言葉にクロノスはやっぱりかと思った。ナナミの言う無理ゲーの意味は分からないが、彼女の口ぶりからして、達成などほぼ無理な難題ということだろう。
そもそも完全に一匹狼で活動している冒険者は殆どと言ってもいいほどにいない。1人では群れで行動する多くのモンスターとまともに戦えないし、その都合から受けられるクエストも限られる。たいていの場合は冒険者になった時に同時期に登録した冒険者とパーティーが組めるようにギルドが紹介してくれるし、冒険やクエストの途中で仲間を失っても、同じように仲間を失ったパーティーとの併合やメンバーの交換をして新たにパーティーの編成をする。ナナミのような旅の都合で一時的にソロになる冒険者もいるが、そういった者も旅先で新たにどこかのパーティーに加わるし、1人の間はクエストを受けない。完全に一匹狼なのは、訳ありなのか誰とも馬が合わないのか。はたまたクロノスのように自分一人で何でもできるので特に不都合を感じないからか。好きで1人で活動していて実力もある者と言うのはごくわずかであった。剣士や戦士などの人口が多い職業は、時にパーティーからあぶれることはあるが、そうなったら効率は悪いがあぶれた者同士で組むだけの事。ナナミの場合偶々パーティーを解散してソロになった時にスカウトすることができただけなのだ。いくら一番貴重なのは魔術師とはいえ他の3つの職業も同じようにソロになったところをスカウトできる確率など、砂漠の中で1粒の塩を見つけるのに等しい行為であるとクロノスは薄々感じていたのだ。
「ギルドの紹介もダメ。ソロのスカウトもダメ。そして入団希望者は来ない。どうすれば…あっ、そういえばヴェラ。亀とカルガモはあれからどうなった?」
入団者を探す他の選択肢を模索していたクロノスだったが、ふと思い出した。商業系クラン亀とカルガモ。以前そこの人事部長である知り合いのフレンネリックが自クラン内で希望者を募ってくれるという話をしていたことを思い出した。
「ご存じなかったんですか?フレンネリックさん、昨日過労で倒れて病院に運ばれたんですって。時間的にクロノスさんと会った直後くらいですね。おかげで本部の人事は右へ左への大パニックだそうですよ。」
「Oh…」
クロノスがフレンネリックと約束を取り付けてから1日程度しかたっていない。会った直後に倒れたというのなら、フレンネリックは誰にも猫亭の話をしていないだろう。クロノスは都合悪くフレンネリックが倒れる原因を作った、亀とカルガモのアホンダラ過労ブラッククランリーダーを心から恨んだ。そして新たな犠牲者が出てくる前に亀とカルガモの反主流派と手を組み、奴を消し去るべきかとも思案した。
「八方塞がりだ。これから残りをどうやって集めろってんだよ!?」
「どうしてもというのであれば、1つ方法がありますよ?」
「なんだ?君がその暴力的な胸を使って、だれか誘惑してくれるのか?」
クロノスのセクハラまがいの発言にヴェラザードはニコリとほほ笑み、クロノスを回し蹴りで地面に沈めた。
「ええっ!?いきなり何を…!!とゆうか、これ生きてるんですか!?」
突然物理的に沈め地面から頭頂部のみを見せるクロノスに、ナナミは驚きの色を隠せないでいた。どうやら彼女がいた地方では、この馬鹿と粛清者の日常はまだまだ見慣れないものであるらしかった。そのうち地方へこの奥義を伝授する旅に出ようか。ヴェラザードはそう考えると、地面に沈んだクロノスを引き上げ、本題に戻すためにそれた話を戻した。
「冒険者がいないなら、作ればいいんです。」
作る、というヴェラザードの発言に、クロノスは「作るって、俺と君で男女のアレコレをして?」と言おうとしたが、またヴェラザードに地面に沈められたら敵わない。特にここは自分のクランの建物なのだ。中古で譲り受けたとはいえ未だ綺麗な建物をいたずらに壊してほしくはない。真面目に聞くことにした。
「ようは素質のある一般人に冒険者登録をしてもらって、そのままの足で猫亭に入ってもらえばいいんです。ギルドにしがらみのない人間ならばギルドからの圧力など関係ありませんし。」
「そうはいうがなぁ…ウチは職業の役割を果たせるいわば即戦力が欲しいんだ。今日明日に冒険者になった人間がすぐに使えるとは、俺は思わない。」
ヴェラザードの提案にクロノスはひどく懐疑的だった。冒険者と言うのは一朝一夕でなれるものではない。確かに書類の上だけならば登録をしたその日からすぐに冒険者と名乗れる。しかしながら冒険者とは読んで字の如く冒険をする者。モンスターと戦うための武器の扱い。旅をするための知識。ダンジョンの攻略のための知恵。冒険のためには様々なことを学ばなくてはいけない。すぐに冒険者として活動できるようにするには、せめて既に戦い方を知っている者でないと無理だ。
「君は俺にどこかの国の騎士様でもスカウトしてこいと言うのか?まぁ当てがないわけではないけど、はっきり言って完全に一匹狼のソロ冒険者を3人見つけるのよりもはるかに難しいぞ。」
「誰がソロ冒険者よりも難しい人を探してこいと言いましたか?それに騎士なんかスカウトしたら国際問題ですし、戦力過剰です。ドラゴン退治でもする気ですか?宛なら既に盗賊に関してはいるでしょう。さっきその話をしていたではないですか。」
「盗賊の素質を持った一般人がどこに…!!あ、いや。いるな。」
それは誰だと尋ねるナナミに、クロノスとヴェラザードは同時に答えた。暗黒通りのファリス、と。
「ファリス君ですか。確かにあの子はナイフ裁きも見事だったし、スリ師の手先を活かせば鍵の施錠や罠の解除もすぐにできるようになるかも。他にも斥候とか見張りとかいろいろ覚えてほしいけど、とりあえず戦うだけなら即戦力にできると思うよ。」
クロノス以外で冒険者としての経験があるナナミからのお墨付きをもらい、クロノスは決めた。ファリスをスカウトしよう。本人は施しを受けないとは言ったが、これは益を得るための効率を重視したいわば共同戦線。自分で稼ぐと言うなら断りはしないだろう。それにクロノスはファリスの父親に大きな借りがある。生前彼はファリスが危険な裏町にいることを望んではいなかった。ファリスを冒険者にすることで盗みから足を洗わせ暗黒通りから出すことができれば、それは彼への大きな恩返し、ひいては弔いになるではないだろうか。命の危険と隣り合わせの冒険者になることへのリスクも考えたが、それはファリスの資質に応じて命の危険にならないクエストをクランリーダーの自分が選べばいいだろう。
「そうと決まれば善は急げ、だな。ファリスを連れてくる。嫌がっても首に縄掛けて引っ張ってくるさ。」
「あんまり手荒なことはしないで上げてくださいね。おへそを曲げて同意してくれないかもしれませんから。」
「わかってるって。じゃあ、言ってくる。どちらにせよ夜には一度帰るから。」
ナナミとヴェラザードに留守を任せ、クロノスは再び暗黒通りへの道へ駆けていく。その速度は街を歩く人々が竜巻や突風の類かと見間違えるくらいに素早い物だった。
「さて、クロノスさんも行ったことですし、私たちは気長に待ちましょう。」
そう言ってヴェラザードが持ってきたのは、クロノスには見せていない新たな茶菓子だった。どうやらクロノスに内緒で買っていたらしい。
「わぁ、さっきのも良かったけどこっちもおいしそう。特にこの上に乗った大きなチョコが…って、これチョコ!?」
ヴェラザードが箱から取り出してテーブルの上に置いたそれ。チョコと呼ばれた黒い塊が乗った真っ黒いケーキを指さして、ナナミは大きく叫んだ。
「おや、これをご存じなのですか?一年中夏のような暑さの南の島でしか採れない貴重な果実から作った甘味だそうで、苦さの中に混じる甘みが何とも言えないんですよ。まぁそのせいでとてつもなく高価で、貴族か大商人くらいしか買えないんですけど、クロノスさんの名前を借りて特別に2つだけお得に買うことができました。S級冒険者様様ですね。」
後で埋め合わせをしてあげましょうと言うヴェラザードだったが、その声はナナミの耳に届いておらず、今の彼女はまるで、五感の全てが目の前の甘味に奪われているようだった。
「チョコレート…夢にまで見たチョコレート…ハッ!!ごめんなさい。つい目の前の悪魔に夢中になってしまって。でもいいの?クロノスさん随分やる気に見えたけど、ファリス君随分とクロノスさんの事嫌いだったみたいだし。またナイフ投げられて追い返されるんじゃ…」
「ああ、それなら心配いりませんよ。だって…」
新たなケーキにフォークを突き立ててヴェラザードは呟く。
「少しナイフの扱いに心得があるからと言って、たかが浮浪児の子供が1人。S級冒険者に目を付けられて逃げ切れるわけがないじゃないですか。」
ポカンと口をあけて呆然とするナナミを尻目に、ヴェラザードはチョコレートケーキを口に含むのだった。