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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第1話 所属団員いまだ1(そもそもクランが潰されそう)

「…今日も誰も来なかったか。」


 窓に差し掛かる夕日を眺めながら、1人の男が呟いた。

 

 男の名はクロノス・リューゼン。冒険者である。


 冒険者とは読んで字の如く、冒険をする者。数多の未開を切り開き、ダンジョンと呼ばれる神の作りし試練に挑む。美しい景色、まだ見ぬ生物、数多くの財宝を求める冒険心が冒険者を強くする。と、冒険者の管理を行う冒険者ギルドのパンフレットにはそう記載されているが、実際のところ、そのような本格的な冒険者は数少なく、現実はクエストとは名ばかりの街の内外を問わない雑用に勤しむ、低級モンスターのゴブリンですら倒せない者も少なくないのだ。ならばクロノスもまたその辺の石をひっくり返せばいるミミズのような存在の冒険者かと言えばそうでもなく…


「あの冒険者パーティーに預けた広告…トラブルが無ければもうとっくに迷宮都市の辺りまでは届いているはずだ。やっぱりあの文面がよくなかったんだろうか…うん、きっとそうだ。今にして思えば「初心者歓迎!!一から懇切丁寧に教えます!!」ってのがよくなかった気がする。もう少しカッコつけて「来たれ未来の英雄よ!!」とかがよかったんじゃないか?いいやでも…」


 クロノスはなにやらぶつくさと独り言を言うと、その次の瞬間にはもう考えるのをやめていた。既に広告は作ってしまったし、仮に文面を変更したとして以前の物が戻ってくるわけではない。


 過ぎ去った時が戻らないのなら、考えるだけ時間の無駄。広告の件は現行で妥協し、何か別の手段を取ろう。クロノスはそう考えをまとめ、手元の紙でできた何らかの書類をまとめ上げる。書類といってもそれは名ばかりで、実際には日中暇つぶしに書いていたウサギとカエルがワルツを踊ったような謎の落書きではあるのだが。


「あーあ、だめだダメ!!今日の受付と営業は終了。明日への英気を養うためにクロノスさんは出かけますよっと。」


 今日はどこで食事をしよう。それとも先に公衆浴場で汗を流そうか。クロノスがこの後の予定を思案していると、入り口の扉が開き、備え付けられた鈴が、りぃん、と鳴り響く。クロノスはその音を確認すると手元の書類を素早く片付け、姿勢を正してその場に立ち上がった。


「ようこそ、冒険者クラン「猫の手も借り亭」へ!!クエストの依頼者様ですか?それとももしかして入団希望者だったりします!?ええ、ええ、当クランは押し売り勧誘以外大歓迎でございます!!借りる手も貸す手も猫よりは使えます。」


 突然の来訪者にクロノスは馴れない言葉遣いで、多くの紙とインクを犠牲にしながら考えた前口上を営業スマイルで口に出す。普段笑顔などとは無縁だと自覚しているクロノスだが、やはり必死で考えた前口上。それも本日第一客人の前でとなれば、意識しなくとも自然に出てしまう。


「うわ、それ本当に使ってるんですね。酒の席での小粋なジョークかと思ってました。特に最後の手のくだり。結構気に入っていたようですが、改めて聞くとダサい。非常にダサい!!ダサいでおっきな山が出来てしまいそうです。」


 客人の酷な評価を聞き、クロノスは来客者が誰なのかきちんと確認してから口上を述べるべきだったかと後悔した。思えばいつもそうだ。この男、基本相手が何者かをよく見ずに頭よりも行動が先に出てしまうのである。


「この野郎。言わせておけば言いたいこと言いやがって。ヴェラ、君は俺を担当して何年だ?いい加減ダサいのは自分のセンスであると理解したうえで、この俺の優雅で可憐でジャスティスなセンスを崇め讃えろよ。錬金術士に頼んでその無駄にある胸をちったぁ美的感覚に変換してもらえ。等価交換って知ってるか?きっと相場以上の価値はある。それと今俺が無駄にした接客スマイルの分、労働対価を要求する。その胸一晩貸せよ。」

「私がぱーふぇくとなやつ考えてあげてもいいですよ。あとセクハラですよ、それ。」


 ひとしきりの発言を終えたクロノスは、営業スマイルから普段の仏頂面に顔を戻し、椅子に腰かける。そしていましがた暴言を吐いた胸も口も、そして腕も脚も物理的にも性的にも暴力的な女性に顔を向けた。

 

 彼女の名はヴェラザード。冒険者ギルドの職員である。元はギルド店舗の受付嬢であり、クロノスの担当でもあった女性だ。元受付嬢というだけのことはあり容姿は中々の物で、年齢を重ね受付嬢が難しく…失礼。後進のために一線を退いた現在でも保たれたそれは、長い付き合いになるクロノスですらセクハラまがいの冗談抜きに、地べたに掌と額をこすりつけでも一晩お付合い願いたいほどである。ちなみにヴェラザードというのは姓であり、ファーストネームはそれなりに長い付き合いだと自覚しているクロノスも知らない。これはギルドの他の女性職員も同じであり、かつて冒険者ギルドの運営と女性職員(特に受付嬢)の間であった「ゴミカスにも劣る男冒険者共が馴れ馴れしく名前呼んで口説いてきてキモいクサいキタナいカッコワルい4Kフルコンボだドン労働協定」の名残り、らしい。協定の内容がどんなものか、どうしてそのような協定が結ばれたかについては、その名で予測は容易だろう。名は体を表すとは言ったものである。なお、近年では「4Kじゃなくて3K1Cじゃないの?」とか「キンケツ、がないからフルコンボとはいえない。」とか「最後のドンはセクハラ大魔王、セクハラの転生体と言われた当時のギルドマスター、ドン・ムーディッシュのこと。」など一部冒険者の間で熱い議論が交わされているが、今は関係ないので割愛したい。

 

 そんなクロノスの脳内を覗きでもしたのか、ヴェラザードはやや冷やかな視線を浴びせ、それから建物の内部を見回した。現在までクロノスがいたこの場所は酒場のような作りになっており、クロノスがいる入り口付近の受付台。厨房横に併設されたカウンターと踊り場を埋めるように均等な間隔で並べられた丸テーブル。あとはそれらに備え付けられた椅子があるのみだった。


「クラン結成から3週間。調子はいかがですか?」


 周囲を見渡し終えたヴェラザードは、再びクロノスに冷ややかな視線を投げかけた。

 

 クランとは冒険者ギルドに所属する冒険者達が結成するパーティーの様なものだ。そもそも冒険者パーティーがどのような物かと聞かれたら、2人以上の異なる職業クラスの冒険者がクエストの遂行やダンジョンの攻略を目的として、ギルドの紹介や個人のスカウトで一時的に徒党を組むことである。相性が良ければ継続してパーティーを維持することもあるが、その場限りの関係でクエストが終われば即解散ということも珍しくない。

 

 冒険者の集まり、というところではクランも似たようなものだが、クランはクランごとに異なる方針を掲げており、モンスターの討伐、素材の調達、要人警護などそれぞれが得意としているクエストがある。人数もパーティーよりもずっと多く20人30人はあたりまえ。多い所では300人を超える大所帯となるところもある。クラン内の冒険者の結びつきも強く、金欠の際にはクランの資産からの借金や、クランに入るクランクエストを回してもらえたり、そのためのパーティー結成の支援をすることもある。最もその結びつきが強すぎるクランもあるにはあり、入るにさかずき一杯、信念破るに腕一本などと厳しい掟を掲げるクランもあるが。


 クロノスがそこらの冒険者とは違う理由もまた、彼が自ら結成した冒険者クラン、「猫の手も借り亭」、通称「猫亭」を代表する「クランリーダー」であるためだった。最も、先ほどヴェラザードが述べたとおり、猫亭は結成から3週間。新米どころか今し方ようやく蒔いた種が発芽したかのような新芽クランであったのだが。


「聞いて驚け、来たのは4人。君と新聞の勧誘の兄ちゃん。牛乳配達の坊主に、夜中忍び込んできたコソ泥。ちなみに勧誘の兄ちゃんはしつこいから2度と来ないようにしたし、コソ泥にいたっては現世で会うことはもう無いだろう。」 


 ヴェラザードの質問にクロノスは自信たっぷりにそう答えた。


「実質0人ではないですか。そもそもクラン結成にしてもパーティーから発展するケースが主流なのに、クランリーダー1人からスタートって異常ですよ。伝説の少数精鋭のクラン「英雄の宿屋」ですら4人からの始まりだったというのに…」

「かの英雄様と同列に扱ってもらえるとはリーダー冥利に尽きるね。」

「お話にならない、と言いたいんです!!クランとは呼べないんですよ、ここは。団員は増えない。お客は来ない。ついでに言えば受付に華がない!!なんなんですか、建物が無駄ですよ!!元は宿屋兼酒場だったここを譲ってくれた老夫妻に申し訳が立ちません。あの2人も草葉の影で泣いていますよ、きっと!!」


 ヴェラザードの言う老夫妻とは、クロノスが猫亭の拠点兼店舗にしているこの建物の前の住人である。なお、草葉の影とはすなわちあの世の事であるが、クロノスが知る限りあの2人はどちらも死んでおらず、クロノスが建物の対価に支払った多額のマネーで田舎に土地を買って楽しく農業ライフを送っていたはずである。先週もクロノス1人では食べきれないほどの大量の野菜を送ってくれたので間違いない。


「君の言う通りなら、先週の野菜は何なんだ?君も食べたはずだからわかるだろう。それとも何か?あれは冥界からの贈り物とでも?」

「あくまで物の例えです!!こんな立派な建物買ったのだからしっかりやってください。なんなんですかあの報告書は!?やけに分厚いかと思えばただの高級パラパラ漫画ではないですか!!四つ角と裏表で8種類作っても資源の無駄なんです。ギルドの支給品だからって無駄に使わないでください!!あとお野菜は美味しかったです。特にトマト!!」 

 

 ヴェラザードの説教にクロノスは、「野菜の下りだけで充分だろ。あと俺の名画貶すなデカパイ。」などと思っていると、それが彼女に伝わってしまったのか、説教はさらに続いたのだった。




 

「…というわけで、ですね。猫亭…もとい、猫の手も借り亭は解散、解散です!!これはギルド本部の決定です!!」


 やっとのことで説教を終え、息も絶え絶えとなったヴェラザートの口から出てきたのは、クランの解散ということだった。この言葉にクロノスは眉をひそめた。


「クランの解散、だと?ちょいまて。それはちょいと、いや、かなり筋の通らない話じゃねぇの?」


 クロノスはこの解散命令に納得ができなかった。これは何も彼に限った話ではない。どこのクランのどのリーダーに同じ話をしたとしても「解散?了解承りました。此度はこちらの不手際で…」などという展開にはまず、いや、絶対にありえないだろう。


 クランとは本来ギルドの干渉を受けないその存在そのものが自治権、の様なものなのだ。とあるクランが他のクランや冒険者に不義理を働いた、だとか、犯罪者やお尋ね者の冒険者を匿っているなどの、そもそものギルドの規約に違反していない限り、ギルドがクランに干渉することはない。それが絶対の鉄則であり、ギルドとクランの関係が公平でいられる前提なのである。例え新芽クランの猫亭に入団希望者もクエスト依頼者も来なくたって、それを理由に解散を命令できるはずもないのだ。


「確かに、ウチには団員はリーダーの俺一人、客も猫亭を立ち上げての3週間。依頼人という範囲では一人も来ていないさ。けどな、ここは俺のクランなんだ。お前らギルドの物じゃあない。解散と言われてハイそうですか、なんて首を振れるわけないだろう?別に腹を立てているわけではない。なんでまたわざわざ俺のクランを解散させたいんだ?理由を話せ、理由を。」

「簡単に申しますとですね。ギルド上層はクランが、というより、あなたをこうして一か所に留めておくのが惜しいようなんですよね。」

「俺に?確か俺がクランを結成すると言ったときあいつら喜んでいなかったか?」


 ヴェラザートの返答にクロノスは首をひねる。クロノスがクランを結成する以前のことである。冒険者として彼は大陸中をうろついていた。当時は若く、跳ねっ帰りと呼ばれる程に上にも下にも噛み付いていたものだが、そこそこ上位のクエストを熟せる程度の実力はあった。その時には何か大きなクエストをこなすと、必ずと言っていいほどギルドからお小言のような、憂さ晴らしのような、とにかく何かにつけて文句を言われたのだ。その調子が続いていたがある時クロノスが旅を止めここを拠点にクランを作ると言った時には、やっと暴れ馬が落ち着いてくれると諸手を挙げて喜んでいた。

 

「貯まっちゃったらしいですよ。不良のクエストが。ほら、クロノスさんってその土地による度に不良のクエスト消化してくれていたでしょう?ここのところずっとこちらにいましたから、遠くの方で影響が出始めているみたいで…」


 言われてみたら、とクロノスは思い出す。今まで街に寄った際には窓口であの依頼を受けてくれ、この依頼をこなしてくれとクエストを指定されていた気がする。あの時はさして困難なクエストではないし、報酬もそこそこ良かったので毎度気にせず受けていたし、よそ者の自分にクエストを紹介してもらえるだけでも助かっていたのだ。


「もしかして俺が今まであちこちで受けていたクエストって、その支部の未消化のクエストだったりしたの?」

「だったりしますね。もちろん、あなただけではありませんよ。一か所に留まらない冒険者さんには基本未消化のクエストを投げてますよ。地元の冒険者が無理だと判断した物ですし、よその冒険者なら万が一、万が一ですよ?失敗して帰ってこなくても後腐れなさそうですね。」


 なんということだ。クロノスは狼狽した。あの支部の優しいおっちゃんも、あの支部のきれいなお姉さんも、自分の事を残飯処理の亀さん程度に思っていたとは!!


「ああ、自身が無くなってしまったな。」

「まぁ実際助かっていたことは否定しませんよ。でもクロノスさんが受けていたクエスト、クロノスさんにしか受けられない物ばっかりじゃないですか。」

 

 指を折り曲げながらヴェラザードはクロノスの過去の戦績を振り返る。指を折るたび口からはあの時のサンダードラゴンは、その後の緋獅子は、と、何やら聞こえてくるが、当のクロノスは気にも止めぬ様子であった。大事なのは今の自分。やっとの思いで作り上げたこのクランが無くなってしまうかもしれないことなのである。

 

 やがて両の手の指を全て折り曲げ、これ以上曲げる指がないことに気付いたヴェラザードは勘定を終え、クロノスの対面の椅子に腰を降ろした。


「そこまで心配はいりませんよ?実はすぐには解散できません。このままクエストの未消化が増えたら最悪こうしよう、というだけの話ですから。」

「それ本当?信じていい?その立派な胸に誓える?豊潤の女神に誓える?」

「誓いましょう。そしてあなたに女神からのプレゼント。まぁ、ギブというかギブ&レシーヴ。与えて受け取るですかね。」


 

 そう言ってヴェラザードが取出したのは3枚の紙だった。


「この近辺の未消化クエストです。ギルドから持ってきました。もしもこれらの3つのクエストを1週間で終えて頂けるならば、私が責任を持って上層部に猫亭の解散を止めるよう上告しておきましょう。」

「1週間?随分と性急な…行って帰ってきたら猫亭が無くなってるオチじゃねぇのそれ。」

「その点については問題なく。クエストの場所は一番遠いものであなたなら…まぁ2日あればたどり着けるでしょう。そもそも、感謝してほしいのですよ?本来なら1週間後に解散の通告をして、そのままクロノスさんにはフリーになってもらうところを、私がこうしてなんとか越権行為や規約違反にならない範囲で今日持ってきたのです。普通の冒険者にここまで高待遇はありえませんよ?」


 そう言ってヴェラザートは胸を張った。もちろん、彼女の胸は豊満なので胸を張れば着ているブレザーははち切れんばかりに膨らむし、以前実際にブレザーのボタンが飛んだばかりか、中に着ていたワイシャツのボタンまでもが供に大空へと飛び立ち、そこに残ったのは、やぶれた服の中の桃色の下着に包まれた大きな、とても大きな双丘であったことをクロノスはこの目に焼き付け、今でも鮮明に脳内に描き起こすことができる。


「…君にここまでよくしてもらって悪いだが、やっぱり猫亭を空けるわけにはいかないな。だってほら、俺1人だし。」


 前のようにボタンがはじけ飛ばないか、今日の下着は何色なのか、できれば今朝市場で買ったオレンジのような鮮やかな橙色がいいなぁ、と頭の中でその映像を再現しながらも、クロノスは申し訳なさそうに空を見る。現在猫亭の団員はクロノスただ1人。建物の掃除も受け付けも火炊きの薪割りも洗濯も、何から何まで彼1人で行っているのだ。ならばメイドかそれを専門とするクランから人手を紹介してもらえばいいのではないかと思えばこの男クロノス、無駄なこだわりがあり、団員でもない人間に自分の不在時にできれば猫亭を触られたくないのである。そして自分が不在となれば、本当に入団希望者や依頼の客が来たとき、団員不在のヘボクランと舐められ、よからぬ噂を撒かれたりしないか心配なのだ。普段の態度とは裏腹に、なんとも胆の小さい男である。


「まぁ貴方のことですから、自分の不在時に勝手に触られたくないだとか、団員不在で客が来たら舐められて不利な噂を流布されるのではと勘ぐっているのでしょうね。まったく胆の小さい男ですね。大きいのは股間の英雄さんだけですか。あと、今日の下着はせくちーな黒です。ですがブレザーもシャツも大きめに、ボタンの止め紐は強い物に変えてもらったのであなたは見ることができません。残念でした。」

 

 何とクロノスの胸に秘めたるこの熱き想いは、簡単に見透かされていたのだ。おのれこの女、まさか本当に心読みの魔術が使えるのか。それよりもどうしてそこまで教えてくれるのに直接は見せてくれないんだこのケチ。などと、クロノスは考えていた。


「貴方の不在時に関しましては私が留守を預かるので大丈夫です。勝手知ったる仲ですから。あなたもそこまで不快でもないでしょう?どうせ誰も来ませんから。」

「まぁそこまで言うんならやらんこともないか。どのみちこのままだと潰されちまうんだ。留守を頼む。」


 それだけ言ってクロノスはヴェラザードが持つ3枚のクエストの紙をひったくり、受付の横に立てかけていた何代目になるかもわからぬ愛剣を肩に担ぐと、入り口の扉をくぐって出て行ってしまった。向かうは街の出入り口の門。そこからクエストの実施地へと旅立つのだ。だが今は真夜中。ヴェラザードの長い長い説教の果てにすっかり日も暮れてしまい、街の外はモンスターの蔓延る楽園である。冒険者1人で何の荷物も無しに街の外に出れば、それは緩やかな自殺と何も変わらないであろう。しかしそのことを知っているはずのヴェラザードはあえて彼を引き止めるようなことをしなかった。




「やれやれ、やっと行きましたか。」


 扉の先の暗闇にクロノスの姿が消えていくのを確認すると、ヴェラザードは先ほどまで彼の座っていた椅子に腰かけた。座ってみて気付いたが、その椅子は脚の長さが微妙に不揃いで、重心を傾けるとガタガタと揺れてしまうのを感じた。この建物を買い取る手続きに立ち会った時には無かったものなので、もしかしたらクロノスが慣れない手つきで製作した物なのかもしれない。


「大丈夫。どうせ誰も来ないのは本当なのですから。」


 本当のところあの3つのクエストはヴェラザードが用意したものではない。ギルド本部がクロノスのクランをなんとしても潰すため、ヴェラザードに持たせたものである。クロノスは自身のクラン結成をギルドが喜んでいたように感じていたようだが、ギルドはそれを認めたわけではなく、大陸のあちこちを歩き回らせてクエストを消化する日々を続けてもらいたかったのだ。だからこそ1週間と言う無茶なスケジュールを組んで、絶対にクエストのクリアができないようにしているのだ。


 実は客も冒険者も新たに設立された冒険者クランに興味を持ち、そこそこの人数が猫亭に訪れようとはしていたが、ギルドの必死の妨害に邪魔をされただけ。クロノスが広告の配達を依頼したパーティーもギルドの用意した偽の盗賊団に強襲され、広告を奪われてしまっていると彼が聞けば、どう思うだろうか。これだけのことをされているにもかかわらずクロノス本人にそのことを伝えないのは、あくまでヴェラザードがギルドの職員であるから。ギルドへのちっぽけな忠誠のためであった。


 ここまでの妨害にクロノス本人が気づいた様子はない。このままならギルドはクロノスがクエストを期間内にクリアできず、新規入団者も来ず、客からの依頼も来ない。そんな完封状況に持ち込めたであろう。ギルドが自ら用意したクロノスの専属担当者を、彼がクラン結成した後もそのまま担当を務めさせていなければ。


「さて、これから彼が帰ってくるまでどうしましょうか。まさか妨害によってろくな宣伝もされていないのに、入団希望者が来るわけがないでしょうし。とりあえずこれからここが潰されないために本部を納得させるだけの、クロノスさんがクランを運営するメリットになりそうな方針でも考えましょうか。」


 それだけ言うとヴェラザードは、クロノスが描いた落書きまみれの書類の、その中でもウサギとカエルがワルツを踊っているかのような1枚を手に取って、カエルとウサギに貫通する矢を一本書き足して満足し、それを裏返すと、クランの今後の方針など思いあたることをひたすら書き込んでいくのだった。


「それにしてもクロノスさん、本当に頭よりも先に足が動く困ったさんですね。考えてもみなさい。向かうのに2日かかるのならば、帰るのにも2日かかるにきまっているではないですか。そして3つのクエストはいずれも難易度A+越えの高ランクのモンスター討伐。金狼の群れ主、ダークネスヒドラにグランドドラゴン。3日で終わるわけがないでしょう。複数のパーティーが綿密な計画を練り、多くの犠牲を出して1か月かけてやっと一つクリアするくらいの難易度であるのに、とてもではありませんが移動時間を抜いてたった3日で終わるわけがないです。」

 

 まるで自分に言い聞かせるかのようにヴェラザードは呟く。しかしそれは杞憂に終わるだろうし、ヴェラザード本人も無理だとは本気では思っていない。クロノス1人で3日で3件。おそらく余裕だ。彼はまたいつものように鼻歌交じりで帰ってくるのだろう。手入れもろくにせず、錆と刃毀れによる劣化で、すぐに代替わりしてしまう愛剣に血糊を纏わせながら、まるでそれらが道の端の蟻でしかなかったかのように。


 むしろ心配なのは今後の団員確保だが、まぁそういった仕事は自分の役目だ。クロノス付の担当として彼の望むだけのことはやってあげよう。ギルドへのちっぽけな忠誠はあるが、だからこそギルドによって指名されたクロノスの担当という仕事に手を抜くわけにはいかない。例えそれがギルド自身の首を絞めるものであったとしても。


「わがままの1つや2つ、担当が気を効かせてあげなくてはSランク冒険者のご機嫌取りなど、とても、とてもできません。」


 その言葉を最後にヴェラザードは書き物に集中した。手元の書類用紙の裏側は既に多くの文字で埋まっており、2枚目に手が届く勢いであった。



 クロノス・リューゼンがそこらの冒険者とは違う理由。それは彼が冒険者の中でも、上から数えた方が早いくらいの規格外の戦闘能力を持ち、ドラゴンすら一撃で屠ることのできる存在。Sランク冒険者であるからだった。



 


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