楓斗と渚
ー 第1章 ー
鼻先が紅く染まる寒い冬の夕方。
地球温暖化だと世間は騒いでいるが、本当かどうか疑うほど寒い。
道行くカップルは自分達の世界で暖かそうにイチャイチャしている。
別に羨ましくなんてない。温もりはココアで十分だ。決して羨ましくなんて…
東帝大学の獣医学部に四回生として通う僕、吉田楓斗 はハンバーガーショップのバイトで疲れ切った体を動かし、家までの道を歩いている。
家まであと100mに迫った時、突然後ろから声が聞こえた。
「楓斗〜!」
振り向くと幼馴染の渚が買い物帰りであろうパンパンに膨れ上がったビニール袋を両手に走って来た。
「ハアハア…今帰り?」
こいつは僕の家の隣に住む、同じ東帝大学 獣医学部に通う幼馴染の森野 渚だ。
成績優秀で品行方正。中学、高校は生徒会長をしていた。まるで漫画にでてくるよくいる優等生のヒロインのようだ。
ただ、漫画によくいるヒロインと違うところは、運動と家事が全くといっていいほどできないことだ。おまけにド天然。
僕が幼稚園の頃からずっと想いを寄せているとちっとも気付きやしない。
「バイト帰りだよ。渚はおつかいか?」
「うん。お母さんが帰ってくるんだ」
満面の笑みで渚は答えた。
病弱な彼女の母親は数ヶ月おきに入退院を繰り返している。
「まさか…渚が作るのか?」
「うん!今夜は渚特製ハンバーグをお母さんに食べてもらうんだ!」
僕は中学生の時に渚特製ハンバーグを食べさせてもらったことがある。
見た目はとても美味しそうでいい匂いのハンバーグなのだ。それを口に運んだ瞬間……
腰が抜けるほどなんともいえない不味さだった。
いったい何を入れたらこんな味になるんだろう。とにかく想像を絶する味だった。
その後、命の危機を感じ一口食べて美味しいと言ったあと、急用を思い出したふりをして帰った。
「えっと…本当にお母さんに食べてもらうの?」
もう1度聞いてみた。
「もちろん!中学生の時、楓斗が美味しいって言ってくれたやつだよ?」
確かにそうだ。美味しいと言った。
これで渚のお母さんの体調が悪化すれば、
あの時お世辞を言った僕の責任だ。
「渚の母さんにはお世話になってるし僕も一緒に作りにいくよ」
「わかった!じゃあ帰ったらすぐ来てね!」
そう言ってお互い帰宅した。




