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第7話 あっちの世界へは行きたくない!

 

 

 

 活気に満ちた街を見回して、アレクは笑みを零す。

 建国祭というだけあって、街には人が溢れていた。

 牛や豚の腸詰め料理(ソーセージ)を吊るしたり、様々な果物を並べたりした屋台、道端で披露される大道芸の数々を見ると気分が弾んだ。

 人々のほとんどは派手な衣装や仮面に身を包んで、仮装を楽しんでいる。道化や国王、神父など、様々な仮装の間を抜けて、アレクは前へ進んだ。


 一人ではしゃいでいるアレクの後を追って、エアハルトが駆ける。

 純白のドレスが翻った。


「アドリアンヌ様、待ってください」

 頭に被ったベールの下で艶のある黒髪がしなやかに跳ねる。少し走ったためか、やや上気して薄紅に染まった頬は、何処からどう見ても年頃の娘のそれだ。

 不覚にも、花嫁の衣装に身を包んだエアハルトに見とれてしまい、アレクは瞬時に視線を逸らした。そして、誤魔化すように、頭に乗せた帽子を被り直す。


 ――どうせなら、完璧に仮装しませんか?


 アレクの提案によって、二人はお互いの衣装を取り替えることにしたのだ。

 女装しなければならないエアハルトには申し訳ないことをしたが、久々にマトモな男の服を着る機会だった。

 実際、青い騎士の衣装に身を包んだアレクの姿は板についており、完璧な男装となっていた。男なので、当たり前だが。


 けれども、まさかエアハルトの女装がこんなにも似合うとは思わなかった。

 藍色の瞳を恥ずかしそうに伏せるエアハルトに、アレクは目のやり場を失くしてしまう。

 相手は男だというのに、これでは、女の子とデートしている気分だ。


「あの、なにか? やはり、私には似合っていないでしょうか……こんな黒髪、野暮ったいですし、陰気ですよね……」

 エアハルトが不安げに首を傾げている。

「そんなことはありませんよっ。その、とてもお似合いです。まるで、本物の花嫁さんみたいです」

 慌てて否定すると、エアハルトは顔を真っ赤にしてしまう。

 その後になって、アレクはようやく「流石に、男に対して本物の花嫁みたいだ」と言うのは失言だったと気づいた。自分が言われたら、間違いなく傷つく一言だ。


「ありがとうございます。アドリアンヌ様も、その……とてもお似合いですよ。本物の騎士のようです。男装の麗人なんて、本当にお羨ましい!」

 しかし、エアハルトは怒ることなく俯きながら、恥ずかしそうに言葉を発した。

 アレクは男なので、男装が似合って当然だ。しかも、本職は正真正銘の騎士である。


 だが、次の瞬間に不安が過ぎる。

 まさか、「女みたい」と言われて、エアハルトは物凄く怒っているのではないか。そして、当てつけのようにアレクに対して「男みたいですよ」と言ったのではないか。男っぽいと言われて喜ぶ令嬢は、ほとんどいない。

 これは、大人しく女装に甘んじておけば良かったのか。本気で悩みはじめたアレクの横で、エアハルトが弾んだ声を上げた。


「見てください、アドリアンヌ様。珍しい食べ物がありますよ」

 何事もなかったかのようにエアハルトが笑うので、アレクは更に頭を抱えた。実は怒っていない? もしかして、先ほどの反応は素直に喜んでいたのだろうか。

 王子の考えていることがイマイチわからず、アレクは困惑した。

「なんでしょう。とても、美味しそうです」

 エアハルトに指差され、アレクは屋台を見遣る。

「ああ、それはマカローニュですよ」

「マカローニュ?」

「ルリスでは一般的なお菓子ですが、グリューネでは珍しいですか?」

「はい、見たことがありません」

 エアハルトは屋台に並んだ焼き菓子をじっと見つめる。口を半開きにして、マカローニュを一心に見る目は、どう考えても欲しいと言っていた。


「買いますか?」

「しかし……せっかくですから、我が国のものを食した方が良いと思うのですよ。アドリアンヌ様は、せっかく遠路参られたのですから」

「グリューネのものなら、また食べる機会もありますよ。それよりも、殿下はマカローニュが食べたいのでしょう?」

 ニッコリと笑うと、エアハルトは仄かに頬を朱に染めて財布を取り出す。


「美味しそうです」

 袋に詰められたマカローニュを受け取って嬉しそうに笑った。

「アドリアンヌ様は、本当にお優しいですね!」

 そう言って愛らしく笑うエアハルトの顔に、アレクは思わず心臓が跳ねてしまった。動悸が激しくなり、自分の顔が仄かに熱くなるのを感じる。

「な……そんなことは、ない、です!」

 どうしてしまったのだろう。もっと、この笑顔を見ていたいと心の底で考えるようになってしまっていた。

 だが、次の瞬間には相手が男だと言うことを思い出して、首を横に振って雑念を振り払う。

 あっちの世界へは行きたくない。


「良い街ですね。来るまでは住みにくい場所だと思ってましたよ」

 話題をすり替えながら、アレクは周囲を見回した。

 戦争をしていた頃は、グリューネの王都がこんなに活気づいた明るい街だとは思わなかった。人々の表情は明るく、ルリスとなんら変わらない。

「そうですね。戦争があった頃は暗く沈んでいましたが、今ではすっかりと明るさを取り戻しています。両国の同盟を喜ぶ者ばかりではありませんが、みなさん、安心しています。きっと、アドリアンヌ様が嫁いでこられたお陰でしょう」

 美味しそうにマカローニュを頬張るエアハルトを見て、アレクは少しだけ胸が痛んだ。


 エアハルトの本当の婚約者は、アレクではない。今、何処に逃げているかわからない姉のアドリアンヌだ。

 顔は同じかもしれないが、中身は違う。

 明らかに、アレクはエアハルトを騙しているのだ。そうとも知らず、エアハルトは楽しそうにアレクと共に祭を満喫している。

 もしも、姉が見つかって入れ替わったら、どうなってしまうだろう。

 そもそも、アドリアンヌは結婚が嫌で、好きな相手と駆け落ちしてしまったのだ。そんな姉が連れ戻されてエアハルトと結婚したところで、果たして上手くいくのだろうか。

 このまま、アレクが姉に成り代わり続けるのは不可能だ。だが、姉が見つかった場合に、エアハルトが幸福になるかどうかも謎だった。

 どちらにしても、エアハルトには気の毒な話だ。


「キャーッ! 助けてー!」


 突然、雑踏の中から悲鳴が響いた。

 振り返ると、十人ほどの男たちが華奢な女性を連れて行こうと手を掴んでいる。しかも、ご丁寧に盗賊の仮装をまとっており、わかりやすい悪役っぷりだ。

 盗賊たちは、次々と周囲にいた女たちを捕らえて、何処かへ連れて行こうとしているようだった。

「あっ!」

 エアハルトが食べていたマカローニュを地面に落として声を上げる。その手を掴んで、盗賊の男が無遠慮な笑声を上げた。


「これは、随分と綺麗な花嫁だなぁ。こっちへ来な!」

 どうやら、盗賊はエアハルトを完全に女だと思っているようだ。

 アレクはとっさに、腰に帯びていた剣を抜いて構えた。エアハルトを助けなければならない。それだけしか、頭になくなってしまう。


「殿……じゃなくて、その人たちを放せ!」

 エアハルトとアレクは身分を隠して祭に来ている。そうとわからないように振舞いながら、アレクは男たちの前に飛び出した。

 男たちが驚いたようにアレクを見下ろす。けれども、彼らは気にすることなくゲラゲラと下品な笑声を上げた。


「こんな細っこい坊主が相手とは、舐められたもんだぜ」

「頑張らねぇと、お姫様は助からないぜぇ?」

 嘲笑されようと、アレクは怯まずに剣を構える。

 仮装用の剣は装飾性ばかりが高くて、あまり丈夫な品ではない。おまけに刃が潰されており、殺傷力はほとんどないと言ってもよかった。

 だが、アレクは本物の騎士である。ルリス国王の前で近衛騎士として忠誠を誓った日のことを思い出して、迷わずに踏み込んだ。

「なッ」

 素早く斬り込んだアレクの剣筋が読めずに、男の一人が絶句する。アレクはそのまま、男が持っていた短刀を叩き落してやった。

 唖然としている男から街娘の少女を引き離しながら、強烈な蹴りを腹にお見舞いしてやる。直後、アレクは軸足を変えて裏返るように振り向くと、背後に立った男の首を刈るように回し蹴りを決めた。

 体術だって一生懸命鍛えたのだ。舐めてもらっては困る。


「なんなんだ、この小僧」

「うるさいッ! さっさと、放せって言ってんだよ、この悪党どもがッ!」

 叫びながら、男の背中に横薙ぎの剣を叩き込む。殺傷力のない剣が肉を裂くことはないが、渾身の一撃を受けて男は悶絶しながら地面に倒れた。

 アレクは一撃でグニャリと曲がって使い物にならなくなった剣を、別の男の顔に向けて投げ捨てる。投げられた剣の直撃を受けて、男は前歯を折りながら仰け反りかえった。


「あ、アドリアンヌ様っ。待ってください!」

 最後に残って地面に尻をつきながら逃げようとする男を見下ろす。すると、エアハルトがアレクに縋りついた。

「退いていてください、危ないですよ」

「で、でも……落ち着いてくださいッ。違うんですよ!」

 拳を振り上げようとするアレクの手を、エアハルトが必死に制する。アレクは構わず殴りつけようとしたが、耳に意外な音が飛び込んで、異変に気づいた。


 拍手だった。


 周り囲む見物人たちが楽しそうに拍手をして、アレクたちに声援を送っている。

 そこで初めて、盗賊たちが持っていた武器が玩具であることに気がついた。


「素晴らしい!」

「あのお兄ちゃん、すっごくカッコイイ!」

「何処の劇団員かしらぁ」

「面白かったよー!」

 なんだ、この反応は。

 アレクは途方に暮れて、呆然と立ち尽くしてしまった。


「あのぅ、お坊ちゃんたち……折り入って、頼みがあるのですが」

 倒れていた盗賊の一人から声をかけられて、アレクはハッと我に返る。

 

 

 

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