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第6話 娯楽は譲れないからな!

 

 

 グリューネの建国祭は夏に行うらしい。

 街では、貴族や市民たちが仮装をして入り混じり、賑やかに祭を祝っている。

 それなのに、アレクは今日も仮病で部屋に詰め込まれていた。


「なあ、ちょっとくらい良いだろ……女装してるからさぁ」

「ダメです。今日出て行ったのに、明日からまた仮病を使ってみなさい。『この令嬢は、ただ遊びに来ただけなのだ』とか悪い噂を立てられますよ」

 今日、何度目か知れない交渉を無碍に断られてしまう。

 アレクは不貞腐れながら、すすっていたティーカップをシャレットに投げつけた。しかし、シャレットは涼しい顔で中身の紅茶を零すことなくカップを受け取った。

「こちらのティーセットは、マイゼンの限定品ですよ」

「知るかよ」

「アレク様。子供ではないのですから、諦めてください」

「ちょっとくらい、良いだろ」

 男としてのプライドを全て捨てて女装しているというのに、娯楽まで取り上げられては黙っていられない。異国の祭りなど、なかなか行く機会もないというのに。もう強行突破くらいしか道は残されていない気がした。


 脱走の機会をうかがっていると、部屋をノックする音が聞こえる。

 シャレットが出ると、王宮のメイドが笑顔で立っていた。

「エアハルト殿下からの伝言ですわ。アドリアンヌ様に、渡したいものがあるのですけれど、お庭まで来ていただけますか? 体調が悪いようでしたら、代わりに誰かお越しくださっても構いませんが」

 シャレットがアレクを振り返って視線を送る。彼は「すぐに帰ってきます」と言うと、静かに部屋を出た。


 部屋に独り残され、アレクは息を吐く。

 だが、すぐに窓の方から物音がして肩を震わせた。慌てて、広げていた股を閉じて行儀よく座り直す。男らしい仕草でも見られていたら大変だ。


「…………?」

 振り返ると、バルコニーに誰か立っている。

 アレクは急いで窓に向き直った。

「…………エアハルト殿下?」

 期せずして、バルコニーに現れたエアハルト。

 アレクは眼を丸めた。


「アドリアンヌ様」

 エアハルトは部屋の中に踏み込むと、唇に人差し指を当てた。静かにしていろということだろう。

 アレクが黙ると、エアハルトは笑顔で包みを差し出した。

「これは?」

「仮装の衣装です」

 見ると、エアハルトも舞台衣装のように派手で鮮やかな青い服を身にまとっていた。まるで、物語の中から飛び出した騎士の出で立ちだ。


「よろしかったら、一緒に街へ行きませんか? 私も夜まで退屈なのですよ」

「え……」

 自分に差し出された衣装を見下ろして、アレクは口を半開きにする。

 昨日、花火を見ようと誘われたが、まさか、仮装に参加しようと言われるとは思っていなかった。しかも、こっそりと王宮を抜け出して、お忍びだ。

「やはり、お身体の調子が悪いですか?」

 アレクがなにも言わないので、エアハルトが心配そうにこちらを覗きこんでくる。アレクはとっさに首を横に振ると、満面の笑みを浮かべた。

「喜んで!」

 せっかくの好機だ。このさい、相手が男であることは関係ない。アレクは嬉しく思いながら仮装の衣装を受け取った。

 しかし、ふと手を止めた後に、エアハルトを振り返る。


「あの、殿下……どうせなら、完璧に仮装しませんか?」




 † † † † † † †




 もぬけの殻となった部屋の中を見て、シャレットは額に手を当てた。その後ろで、ギーゼラが悔しそうにハンカチの端を噛んでいる。

「殿下ったら。どうして、わたくしを置いていくんですかっ! 美少女と仮装して戯れる殿下の図がぁぁぁ」

「完全に嵌められましたね」

 部屋に残された手紙には、『令嬢はお借りいたします。夜には帰って参りますので、ご心配なく』と、エアハルトの筆跡で書かれていた。たぶん、ギーゼラを使ってシャレットを部屋から遠ざけたのも彼だ。


 二人きりで外出などされたら、令嬢が身代わりであることがバレてしまうかもしれない。頭の悪いアレクは外に出ることしか考えていないのだろう。

 つくづく、不憫な頭をお持ちの坊ちゃまだ。先が思いやられる。

 早急に連れ戻さなければならない。

 シャレットは少しだけ苛立ちながら、踵を返して部屋を出た。その横を張り合うように、ギーゼラが並ぶ。


「私一人で充分ですよ」

「メイド根性舐めないでくださいまし。なんとしてでも美少女たちの図を……いいえ、殿下を連れ戻さなければなりませんからね!」

 ギーゼラはエプロンやスカートの裾から隠し持っていた武器を取り出し、順に装備していく。

 最終的に大剣を背負って、両手に短剣を持った姿を見て、シャレットは溜息を吐いた。まるで、戦争へ赴くような装備だ。

「こちらのメイド修行も大変みたいですね」

「ふふふっ。王家に仕えるメイドの嗜みですわ。あなたこそ、そんな貧弱な装備で大丈夫なんですの?」

「ご心配なく」

 ギーゼラに挑戦的な笑みを向けられ、シャレットは爽やかに返した。そして、燕尾服の内側を広げてみせる。

「あら、素敵!」

 上着の中に仕込まれた投擲用のナイフやら、爆薬やら、クロスボウやら、その他諸々の武器を見て、ギーゼラが瞳を輝かせた。どうやら、彼女のお眼鏡に敵う装備品だったらしい。

「では、参りましょうか」

「そうですわね。早く殿下を連れ戻さなければっ」

 最早、なにが目的なのか他者には全く理解出来ない重装備の執事とメイドが、王宮を飛び出した。

 

 

 

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