第5話 私はどうかしてしまいました。
「どうか致しましたか、殿下。尋常じゃないお悩み具合で、大変美味しそうですが」
「ギーゼラ。お願いですから、黙っていてください」
自室に戻るなり、エアハルトは騎士団のマントと重い軍靴を脱ぎ捨てる。そのまま突っ伏すように冷たい寝台の布団に飛び込んだ。
「私はどうかしてしまったようです」
エアハルトは枕に顔を押し当てながら呟き、藍色の瞳を閉じる。
「ご令嬢のことですか? お美しい方ですよね。本当に、妄想が掻き立てられますわ。美少女は正義です」
「そうですね。本当に、綺麗な人です」
勝手に妄想をはじめてしまったメイドのギーゼラを無視して、エアハルトはコロンと寝返りを打って天井を見上げる。
先ほど見舞った令嬢のことを思い出した。
燃えるように波打つ黄金の髪、鮮やかな空の色を映した瞳がとても華やかで愛らしい。時折、桃色に染まる頬が愛くるしく、笑顔は花のように優しかった。
まるで、太陽のような女性。
本当は、そんな言葉では言い表せない。エアハルトは詩を読むのは好きだが、詩人ではなかった。自分の語彙が陳腐なのを痛感して溜息を吐く。
「絵に描いたようなお姫様ですわよね。ああっ、そのようなご令嬢と戯れる殿下を想像するだけで、妄想が止まりませんわ。本当に美味しそう。今度は、わたくしもご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
エアハルトは後ろで一つに結っていたリボンを解く。シーツの上に夜空を宿した髪が流れるように広がった。
シーツを握り締めて、唇を結ぶ。
先ほど会った令嬢の姿が頭を離れない。アドリアンヌの表情や、仕草の一つ一つが胸に焼きついている。
本当に、太陽のような人。
陰鬱な夜の色を映した自分とは違う。
「私などとは、違う人」
彼女こそ、自分が焦がれていた理想の女性かもしれない。
異国での生活に、とても戸惑っているように見えた。無理もない。政治のための結婚は貴族の子女にとって当たり前の義務だとしても、不安なものは不安だろう。
出来れば、そのような不安は取り除いてあげたいと思う。彼女の理解者になってやりたかった。
「ギーゼラ、明日は建国祭ですね」
「そうですね。アドリアンヌ様をお迎えするということで、今年はよりいっそう気合が入っていると聞きますわ。仮想大会もあるそうですし……うふふ、楽しみすぎて妄想が。ああ、でも、流石に王族が昼間から遊びに出かけられませんわね。残念ですわ。妄想だけで我慢しましょう」
何故か、「殿下と仮面の取り合いっこ」というシチュエーションで妄想をはじめてしまったギーゼラを脇に、エアハルトは薄く微笑を浮かべる。
「王族は夜の花火まで、特に出番はありませんね」
何気ない問いに、ギーゼラが頷くのを確認して、エアハルトは枕をぎゅっと抱き締めながら微笑んだ。