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第3話 俺の流儀です!

 

 

 

「こちらで、陛下と殿下がお待ちでございます」

 広々とした回廊の先に現れたのは大きな扉。

 天井まで届く扉は背が高く、見上げていると首が痛くなってしまいそうだ。金の彫刻が施された扉が、歪な音を立ててゆっくりと開く。


「ルリス王国より、アドリアンヌ・ド・ベルモンド侯爵令嬢がご到着されました」


 名を呼ばれて、アレクは一歩ずつ、ゆっくりと前に踏み出した。その少し後ろをシャレットが続く。

 美しい大理石の柱が立ち並ぶ謁見の間の最奥には、玉座が据えられている。そこに座すのが、国王だ。

 国王は濃紺の軍服に身を包んで、君主らしい威厳を放っている。気難しそうな顔だ。

 しかし、アレクが玉座の前まで歩み出ると、少しだけ唇を綻ばせた。

 どうやら、アドリアンヌに扮したアレクを見ても、なにも勘づいていないらしい。


「遠路遥々、よく参られた。顔を見せよ」

 促されて、アレクは被っていたベールを外した。

 変装は完璧だ。第一、アドリアンヌの顔を肖像画でしか知らない国王に、アレクの正体はわからないだろう。

「お初にお目にかかります、陛下。お会い出来て光栄です」

「こちらの手違いで、ドレスを替えたそうだな。申し訳ない」

「いいえ、気にしておりません。それよりも、とても美しい王宮に見惚れております」

 あらかじめ、シャレットと練習した台詞を淡々と発していく。

 本当はコルセットの締め付けが苦しくて死にそうだとか、慣れないヒールの靴を履いたせいで足が限界だとか、スミレの香水の匂いが苦手で頭が痛いだとか、そんなことは言えない。

 女の格好がこんなに大変などとは思いもしなかった。ルリスにいるときから慣れておくようにと言われていたのに、拒み続けた皺寄せが来ている。


「そなた、疲れが溜まっておるのか? 声が少しおかしい気がするのだが」

 女の格好に疲れたせいか、いつの間にか声音が低くなっていたようだ。

 悲しいことに、声変わりを経ても、アレクの声はさほど低くない。それでも、女のような声を維持するのは骨が折れる。

 アレクは慌てて笑顔を作って誤魔化そうとした。

「申し訳ありません、お嬢様は長旅で軽くお風邪を召されてしまわれたのです」

「おお、そうであったか。では、早めに休んだ方が良かろう」

 シャレットが助け舟を出してくれたお陰で、アレクは安堵する。

「エアハルト、婚約者をお部屋へ案内して差し上げなさい」

 アレクの体調を気遣って、国王が傍らに並んでいた王族の少年に声をかける。呼ばれた少年――エアハルト王子が返事をして前に歩み出た。


 濃紺の軍服の背で、目が冴えるような真紅のマントが翻る。夜の闇を溶かした黒髪が揺れ、藍色の瞳がゆっくりとアレクを捉えた。

 姉と結婚する予定の王子。

 歳はアレクと同じ十六歳だと聞いている。

 少々線が細くて華奢だが、切れ長の目元や、キュッと引き結ばれた小さな唇からは利発そうな印象を受ける。憂いを帯びた表情が何処か魅力的で、月光の下に佇む妖精みたいだ。

 完璧な美少年である。

 瞳の奥に宿る憂いの色が少し寂しげに感じたが、逆に神秘的な輝きを放っていた。その輝きが未知の宝石のように思え、不思議な感覚だ。男のアレクでも魅入られてしまう。


「こちらへどうぞ。お部屋にご案内します」

「は、はい……」

 見惚れてしまっていたことに気づき、アレクは慌てて笑みを作った。

 いくら女の服を着ているからと言っても、男に釘付けになるなんて……イヤ過ぎる。例え、相手が絶世の美少年であっても、そういった世界だけは御免だった。

 もう帰りたい。全身で訴えたかったが、そんなことは叶わない。なんだか、急に胃がキリキリと痛みだす気がした。


「見ましたか? ルリスから来た令嬢」

 謁見の間を出て廊下をしばらく歩くと、誰かの話し声が聞こえた。

 どうやら、貴族たちの雑談のようだ。しかも、話題はルリスからの花嫁――つまり、アレクのことだった。

「身なりはお美しかったが、あまりお笑いにならなかった。やはり、ルリスは我が国を心の底では馬鹿にしているのですよ」

「同感ですな。商業大国とは言え、つけあがって。軍事力では、圧倒的に我らの方が勝っているというのに」

「わざわざ紅い服を着てくるなど、見下している証拠ですな」

「侵略せず、和平を呑んだ恩を忘れて欲しくありません」

「殿下には、もっと相応しい姫がおりましょうに。あのような成金の狡賢く、卑しい国の娘を娶らなければならないなど、お可哀想に」

「全くですな」

 本人がいないと思って、好き放題言っているようだ。


 アレクは複雑な気分になった。

 確かに、ルリスは軍事力ではグリューネに劣っており、一時は完敗するかと思われた。だが、最終的には国王が外交手腕を発揮し、グリューネが孤立するよう仕組んで和平に持ち込んだのだ。

 決して、グリューネが情けをかけて侵略の手を止めたわけではない。


 エアハルトを見ると、申し訳なさそうにアレクの方を見ている。

 自国の貴族の醜態を見られて気まずく思っているのか、単にアレクに同情しているのかはわからない。

 アレクは澄ました顔でエアハルトの横を通り、貴族たちの前へ堂々と歩み出てやった。


「ご機嫌よう、みなさま。お初にお目にかかります」

 扇子で表情を隠しながら笑うと、貴族たちの顔が一気に凍りつく。それを楽しむように、アレクは青空色の瞳に微笑を描いた。

「こ、これは、侯爵令嬢。もう、謁見は終わられたのですか?」

「ええ、少し疲れましたので、早めに退室させて頂きました。今、エアハルト殿下にお部屋へ案内して頂いているところです」

 パシリと扇子を閉じながら、とびっきりの笑顔を作る。すると、貴族たちは苦笑いを浮かべながら、互いに視線を交わした。

 一番手前に立っていた中年の男が愛想笑いを貼り付ける。胸につけている貴族紋章の柄は、グリューネに来る前に必死で覚えたものだ。確か、シュヴァイツァー伯爵家のものか。

「そうですか。お邪魔をしてしまいましたかな?」

「とんでもありませんわ。それよりも、面白いお話をされていたので、混ぜて頂きたいと思いましたのよ。シュヴァイツァー伯爵」

 シュヴァイツァー伯爵を筆頭に、貴族たちの顔が強張るのがわかった。寝ずに貴族紋章と名前を覚えていてよかった。ルリス騎士の試験勉強をしていたので、暗記は苦手ではない。

 しかし、絶妙のタイミングで後ろからシャレットが声をかける。

「お嬢様、殿下をお待たせしては申し訳ありません。今日はお疲れでしょう。お話しは後日でもよろしいのではないでしょうか。みなさまも、よろしいですね?」

 ソツのない断りを受け入れて、アレクは貴族たちに一礼して、その場を後にした。

 遣り取りを見て、エアハルトが申し訳なさそうに頭を下げる。


「アドリアンヌ様、お見苦しいところをお見せしました」

「いいえ、あれくらいの嫌味はルリスの貴族も言いますよ。自分の嫌味を聞いてしまったときは、あんな風に話しかけておくのが一番です。今の話は不問にします。今後、気をつけくださいって意味も込めてね」

「アドリアンヌ様は、お強いのですね」

 軽く笑ってやると、エアハルトは感嘆の声を上げた。

 アレクは売られた喧嘩は買う主義だ。単に黙って萎れているのが嫌だっただけである。双子であるアドリアンヌも、同じようなものだ。

 聞いた話によると、前の婚約者の浮気現場を目撃して、相手の女に葡萄酒をかけてやったとか。それが原因で婚約破棄されたらしいが、本人は清々しい顔で「すっきりしましたわ」と話していた。流石は社交界の薔薇、いや、悪女!

 要はアレクもアドリアンヌも負けず嫌いなのだ。それをわかっているシャレットは「やれやれ」と言いたげに浅い息を吐いていた。


 その後、二人の会話は途絶えてしまう。

 なにを話せば良いのかわからず、アレクもエアハルトも完全に沈黙する。

 やはり、初めて顔を合わせる婚約者同士という空気は、どう考えても気まず過ぎる。

 通例では結婚式当日に花嫁を初めて見ることも多いので、それに比べれば良心的とも言えるが。

 おまけに、アレクは姉の身代わりであって、偽者だ。どうやって会話すれば良いのか、全くわからなかった。


「アドリアンヌ様は……その、お美しいですね」


 静寂に耐えられなかったのか、エアハルトがポツンと呟いた。

 男のアレクとしては、カッコイイと言われてみたいのだが、今はアドリアンヌの身代わりだ。褒め言葉は素直に受け取っておくことにした。

「ありがとうございます」

 エアハルトは一瞬だけアレクを見ると、すぐに視線を逸らしてしまう。

 それ以降、再び会話が途絶えてしまった。

 アレクはどうせ、身代わりなのだから、無理に話題を振る必要はないと開き直ろうと思った。だが、それでも、沈黙というものは好きになれない。


「今日はこちらでお休みください」

「ありがとうございます」

 部屋に着くと、エアハルトは早々に立ち去ってしまった。

 その背が逃げているように思えて、アレクは少しだけ不安を募らせた。

 推し量れない儚い憂いを抱いた瞳の色が頭を離れない。

 

 

 

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