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第24話 それが従者の美学です。

 

 

 

「主君の意向に叛いて、従者が務まりますか。貴女には、従者の美学が足りないようだ」

 振り下ろされる大剣を交差させた二本のナイフで受け止めながら、シャレットは不敵に微笑してみせた。彼はそのまま身体を捻ってギーゼラの首に蹴りを叩き込もうとする。

「お黙りなさい!」

 ギーゼラはシャレットの一撃を軽く避けると、一気に距離を詰め、大剣を薙ぐように振るう。

 シャレットは横薙ぎの一閃を辛うじて受け止めた。しかし、反動で吹き飛ばされ、窓ガラスを突き破って庭へ落ちる。


「随分と豪快ですね。お持て成しは、もっと細やかな気配りが必要ですよ。そして、王侯貴族の主人を満足させるための優雅さと演出」

 シャレットは粉々に砕けたガラスと共に二階から庭へ着地。そして、そのまま大剣を振りながら落下するギーゼラの一撃を白刃取りした。

 ググッと力が加えられ、腕が軋む。メイドのくせに、なんという力だ。男のシャレットでさえ圧倒されてしまう。

「威勢が良いのは口だけですか? 張り合いがなくて困りますわ」

 振り回された大剣の切っ先によって、シャレットの身体が跳ね飛ばされる。薙いだ刃がシャレットの燕尾服をかすめた。

 支給品の衣装を傷つけられて、シャレットはやや不機嫌に顔を歪ませる。勿体ない。


「貴女はエルフリーデ殿下にお仕えする身。何故、殿下を裏切るようなことをなさるのですか? 仕えた主に誠心誠意尽くすことが従者の美学です。貴女はメイドとして、してはいけないことをしているのですよ」

「黙りなさい! 貴方と一緒にしないで頂きたいですわ。わたくしは、最初から王家に仕えてなどいません。ずっと、内情を探るために遣わされてきました。わたくしの主はエルフリーデ殿下ではない……ただの使用人の貴方と一緒になどしないでくださいませ!」

「ただの使用人とは失敬な。裏切り者よりはマシでしょうに」

 シャレットはナイフを数本同時に投擲しながら、ギーゼラと距離をとった。あの大剣の射程に入っては厄介だ。

「逃げてばかりですか? どうやら、接近戦ではわたくしの方が有利のようですわね!」

 ギーゼラは投げられたナイフを叩き落し、地面を強く蹴る。接近戦へ持ち込む気なのだろう。

 だが、シャレットはそれを嘲笑うようにギーゼラの一撃を避けてしまう。


「本当にそうでしょうか? 貴女はエルフリーデ殿下を少しも慕っていなかったのですか?」

「なにが言いたいのですか!」

 シャレットは素早くギーゼラの後ろを取り、ナイフの刃を首筋に宛がう。

「くっ……!」

「隙が多くて助かりました」

 ギーゼラは動きを止めて、視線だけでシャレットを睨んでいる。

「騙しましたわね」

「とんでもございません。私がいつ近接戦は苦手だと言いましたか」

 近接戦闘を避けて距離をとる振りをしたが、別段不得手としているわけではない。このメイドはそんなことも見抜けないほど、目の前が見えていないらしい。

 冷静さを欠くことも従者にあるまじき失態だ。


「貴方が反同盟派の者ということは、あちらもエルフリーデ殿下とエアハルト殿下の入れ替わりに気がついていたということでしょう? だから、敢えて偽物の王子にも危険が及ぶ作戦を取った。違いますか?」

 アレクのことは後から知られたことだろうが、エアハルトとエルフリーデの入れ替わりには最初から気づいていたということだ。その上で、エルフリーデを使い捨てにしようと企んだのだ。

「だったら、なんだと言うのですか」

「では、何故、本当は使い捨ての存在であるはずのエルフリーデ殿下をお助けしようとしたのですか?」

「……なんのことですか」

 ギーゼラは隙を見て身を翻す。

 シャレットはすぐにギーゼラの斬撃を弾き、ナイフを投げた。ナイフはギーゼラの長い髪を一房切り落とし、後方の王宮へと飛んでいく。

 ナイフが王宮の窓を突き破るのを見て、シャレットは微笑を浮かべた。


「少々、侍医に質問させて頂きました。聞けば、エルフリーデ殿下はずぶ濡れの状態で見つかったものの、水はあまり飲んでいなかったようですね。殿下は気絶させられて噴水の中へ突き落とされ、すぐに救出されたことになります。発見時も噴水の中ではなく、脇に寝かされていたとか……すぐに助けたのは、殿下を死なせたくなかったからではありませんか?」

「……餌になって頂いたとは言え、王族です。当たり前の配慮ではありませんか?」

 ギーゼラの刃がシャレットを狙う。けれども、その一閃が執事を捕えることはなく、青々とした芝を抉るように地面に落ちた。


「今更でしょう? こうやって、細工が簡単に露見しては意味がない。貴女たちは、今までだって、殿下のお命よりも策を優先させていたはずなのに」

「それは……」

 ギーゼラは戸惑いながら、目を伏せた。その隙を見て、シャレットは突きによる攻撃を幾重にも仕掛けた。

「私は、アレク様に全身全霊を持ってお仕えしております。貴女は違うのですか?」

 ギーゼラはなんとか攻撃をかわしながら、唇を歪める。


「わたくしは……」

 ギーゼラは戸惑ったように視線を逸らす。だが、シャレットが攻撃を繰り出さんとした瞬間、ギーゼラは踵を返して地を蹴った。先ほどまで接近戦を好んで行っていたのに、今更距離をとるのか。


「貴方と話している暇はありません」

 ギーゼラが胸元からなにかを取り出す。

「…………!?」

 刹那、シャレットの視界が白い煙で覆われる。

 煙幕だ。完全に視界を塞がれ、シャレットはその場に立ち止まってしまった。煙が目に染み、前が見えない。あまり吸い込まないように、手で口と鼻を覆った。

「お待ちなさい!」

 やがて、視界が晴れると、そこにギーゼラの姿はなくなっていた。

 

 

 

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