第22話 お前はどうなんだよ!
後ろできつく縛られた両手が軋む。
アレクは、なんとか縄を解こうともがいたが、反動で頭の上に乗せたカツラがズレてしまった。
「あ、やば……」
周囲に張り付いた衛兵たちに見つからないうちにカツラを直そうとする。姉と同じ燃えるような黄金の髪色だが、流石にカツラの下から短髪が見えているのは、良くないだろう。
「そのままで、よろしいですわよ」
しかし、聞き覚えのある声がして、アレクは動きを止めた。
薄暗い牢獄に響いた声の主を見ようと顔を上げれば、思った通りの人物が視界に入る。
「どういうつもりだよ……なんで、お前がこんなことしてるんだ」
冷たい石壁に声が跳ね返り、幾重にも響く。
目の前の人物――ギーゼラは静かにアレクを見下ろした。彼女の冷たい視線を睨み返し、アレクは首を傾けてカツラを床に落とす。
「エルに言われて助けに来てくれたなら、ありがたいけど」
「残念ながら、違いますわ」
「この状況だと、そうだろうな」
アレクは淡々と言葉を交わし、浅い息を吐いた。自分でも冷静でいられるのが不思議なくらいだ。
だが、同時に自分が今冷静なのではなく、怒りに近い感情が込み上げていることに気づく。
エルに一番近い従者が彼女を裏切っていた。
彼女はギーゼラを信頼していたはずだ。
それなのに、――彼らのやり口は、アレクだけではなく、エルの身にも危険が及んでいた。どうして、そんなことが出来るのだろう。
「動機は、ルリスとグリューネの同盟を破棄させることか?」
「察しているなんて、思ったより頭が良いのですね」
ギーゼラがニッコリと笑った。仮面みたいで感情のない不気味な笑みだ。背筋が凍る気がした。
「思ったよりは余計だよ……王家の総意は決まってるのに、それを覆すなんて国家反逆罪なんじゃないのかよ」
「それでも、自分の利益を守りたい者はいるのですよ」
飽くまでも事務的に返され、アレクは眉を寄せた。
恐らく、彼女の後ろには何人かの貴族が付いているのだろう。エアハルトたちの言葉が正しければ、グリューネにもルリスにも同盟に反対し、再び戦争を企てようとする者が多くいる。
戦争は大きな損害を生む。
だが、一方で利益を得る者たちもいるのだ。
せっかく訪れた平和だと言うのに、そんな者たちのために乱されるのか。しかも、誰かを犠牲にして無理やり起こそうなどと……吐き気がする。
「花嫁を殺したいなら、さっさとすればいいじゃないか。もっとも、俺は偽者だけどね」
「偽者だから、殺さないのですわ」
どういうことだ?
ギーゼラは挑発するように言葉を発し、得意げな微笑で返した。彼女はアレクが答えに至る前に口を開く。
「あなたが偽者だと知った時点で、計画は変更されていますわ。これから、王子暗殺を企てた間者として、あなたは王前会議に連行されます。王前会議には陛下だけでなく、国内の有力な貴族も多く出席していますわ」
「連行……?」
意味がわからなかったが、徐々に頭の中が整理されていく。そして、アレクは顔を青くした。
わざわざ、エルを危険に晒した後にアレクを捕らえた意味――アレクを間者に仕立て上げるための茶番だったということか。
捕らえられた花嫁が本物のアドリアンヌではなく、偽者の男だと知れたら、どうなるだろう。多くの者は、ルリスが王子を暗殺するために偽者を送り込んだと思うだろう。
当然、同盟に反対する者たちの動きについて、国王は知っている。
だから、他の貴族たちも出席する王前会議でアレクの存在を晒すことに意味があるのだ。
国王がエアハルトに命じて内情を探っていたことは秘密である。有力貴族の多くが反同盟派に翻れば、王権によって押さえつけることは難しいだろう。
グリューネ国王と言えど、全てを覆して意見を通すほどの権力はない。偽物が花嫁に扮していたという決定的な証拠があれば、押し切られてしまう。
最初の襲撃はアレクが狙われていたのかもしれない。しかし、表向きには王子を狙ったものに見せかけていたことに変わりがない。目論見通り、アレクが死ねばルリス側から戦争を仕掛けさせる理由になる。
失敗した場合は、今回のようにアレクを間諜に仕立て上げれば良い。王子の命を救ったのは安心させるため。本当は偽花嫁自らが王子の命を狙っていたことにする筋書きだ。
「ふざけるなよ!」
冗談じゃない。
そんなことをされては、戦争になってしまう。
アレクは必死に逃れようと身体を捩るが、きつく縛られた縄は解ける様子もない。
「エルを危険に晒してまで、することじゃないだろ。なに考えてんだよ!」
「それでも、価値があると判断する者もいるということです。あなたのような人には、わからないかもしれませんが」
「だったら、お前はどうなんだよ!?」
低い声で言い放つと、ギーゼラの眉がかすかに動いた。それを見逃さず、アレクは次の言葉を投げつける。
「エルを守りたいと思わないのかよ。エルのこと、危険に晒して平気だって言うのかよ!」
アレクの言葉を振り切るように、ギーゼラが背を向ける。
「シャレットは、ずっと昔から傍にいてくれた! 出来る範囲で俺のこと守ろうって努力してくれた。これからも一緒だって誓ってくれた! お前はどうなんだ。ギーゼラ!」
「……黙ってください!」
交錯する叫び声が石壁に跳ね返る。
「待てよ!」
アレクは続けて唇を開こうとするが、ギーゼラは聞く耳持たず、逃げるように牢を後にした。
彼女と入れ違いに、数人の衛兵が牢に入り、囚人であるアレクを立ち上がらせる。
「ついてこい」
「…………!」
王前会議に連れて行かれては終わりだ。アレクはなんとか抵抗しようと試みたが、両腕を縛られていては、どうすることも出来ない。
どうすればいい。
焦る気持ちばかりが頭を占領した。