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第12話 特訓の成果!

 

 

 

 一晩明けた朝、アレクは王族に付き添って、王都中心に位置する大聖堂を訪れた。

 グリューネでは、結婚式など王家の行事は大聖堂が日付を定めるようだ。今日は大司教から式の日取りを伝えられることになっている。

 アレクはシャレットの手を借りながら、用意された屋根なしの馬車に乗り込む。銀の装飾が施された馬車は高貴で品があるが、気取っておらず、清楚な印象を受けた。婚礼前の花嫁を乗せるには、相応しい。


「同じ馬車に乗るようにと……ですから、仕方なく」

 エルはそう言い訳をしながら、不服そうに口を曲げた。

 彼女は戸惑いながら馬車に乗り、出来るだけアレクから遠い位置に腰を下ろそうとする。

 すると、ギーゼラが外側から扉を閉めながら、たいそう残念そうな顔で頬に手を当てた。

「殿下、無礼を承知で申し上げますわ。殿下が花嫁(・・)をお嫌いなのは構いませんが、今は公務でございます。王族の皆様や、民衆の前で険悪な態度を取られますと、不安を煽ってしまいますよ……あと、仲良くしてくれた方が絵になって美味しそうなのですわ!」

「なッ……」

 ギーゼラの忠告に、エルの顔が朱に染まる。

 彼女は憎らしげにメイドを睨んだが、少し考えを巡らせた後、控えめにアレクの隣に席を移した。そして、恥ずかしそうに俯きながら口を開く。

「勘違いしないでください。公務ですから。私も王族です……兄の代わりを引き受けたからには、演じ通す義務があります」

 エルの態度を見て、ギーゼラが満足そうに笑って扉を閉めた。ヨダレまで垂れていたように思うのは、気のせいだろうか。


 アレクとエル、二人きりになった馬車の中に静寂が満ちる。緊張しているためか、長髪のカツラの下で汗が流れるのを感じて、アレクはゆっくりとエルを見た。

 エルは小さな唇を不機嫌そうに引き結び、藍色の瞳を物憂げに伏せている。

 だが、馬車が王宮の門を抜けて、民衆の目に留まる市街へ出ると、柔らかな微笑を貼り付けた。

 流石は王族である。

 公務となると、私情を隠して笑うことも出来るのだと感心した。

 特に、今は元々敵だった国の姫が嫁ぎに来たばかりだ。同盟が成立し、両国の間に戦いが起こらないことを強調するためにも、国民に影を見せてはならない。

 アレクは名門貴族の家とは言え、三男という立場で比較的自由に育ってきた。それでも、家の力に頼るまいと剣術を身につけて、やっと、王家直属の近衛騎士に叙任されたのだ。

 叙任されたばかりで、ほとんど任務に就いていなかったが、本来ならば今頃は王族の護衛をしていたはずだ。

 形も王家も違うが、こうして隣に『お姫様』がいるのは不思議な気がした。同時に、守らなければならないという義務感が生まれる。

 馬車の速度に合わせて吹きつける風が頬を撫でた。エルの白い顔の上で漆黒の髪が揺れて踊っている。

 アレクは、その横顔を見ていると、急に気恥ずかしくなって、目を逸らしてしまう。


「あの」

 ぎこちない声で言うと、エルがようやくアレクに視線を向けた。

「なんでしょうか、アレクシール卿」

 笑顔のまま、むすっとした声で答えられ、アレクは苦笑いする。

 笑ったまま怒るなんて、女の子は器用だ。わざわざ、『アレクシール』と呼ぶ辺りが、突き放された感じがして傷つく。

「アレクで良いですよ、呼ばれ慣れているので」

「それでは、親しい仲のようで嫌です」

「親しい仲じゃいけないんですか」

「私、男の人に興味はありませんから」

 周囲に聞こえないように声を抑えているとはいえ、公然と興味がないと宣言されてしまった。本当に掌を返したような態度である。


「俺のことも興味ないですか」

「ないですね。むしろ、嫌いです」

「理由を聞いてもいいですか?」

「そ、そんなの、どうでもいいでしょう」

「よくないですよ。好きになるのに理由はいらないけれど、嫌いになるのには理由があるものだと、よく本物のアディが言っていました」

 理由を聞いた途端にエルは口篭り、俯いてしまった。

 アレクは道に溢れた民衆に向けて、時々愛想よく手を振りながら、横目でエルに視線を送る。

「男だからです。あなたを見たとき、本当に綺麗だと思ったのですよ。そして、強くて気高くいらっしゃった。舞台の上に立つ女優のように見えて、本当に憧れたのです……それなのに、男だったなんて。私の夢を全部壊された気分です」

「エル様は相手が男だというだけで、ご自分の気持ちを簡単に覆してしまうんですか」

「当たり前ですッ!」

「じゃあ、その理由は?」

 再び質問すると、エルはばつが悪そうに考え込んでしまう。少し意地の悪い質問をした気がしたが、律儀に考える仕草がとても愛らしく思えた。


「考え方が、合わないのです……男の人は、すぐに女を馬鹿にします」

「じゃあ、考え方を合わせる努力をしますよ。魔法使いだって、本当はいるかもしれないし。これでも、俺のことは嫌いで興味も持てませんか?」

 エルはアレクからますます視線を逸らし、顔を真っ赤にしながら唇を噛み締めた。頭に血が昇って、肩がプルプル震えているのがわかる。

 すぐに顔を赤くして、本当に面白くて可愛いお姫様だと、微笑ましくなった。

「ずるいです。私に質問ばかりしてッ。馬鹿にしているのですね!?」

「じゃあ、エル様が質問してください。俺はなんでも答えますよ」

 アレクの言葉にエルが振り返り、口を半開きにした。だが、すぐに頬を染めながら顔を逸らしてしまう。

「えっ、と……そんなことを言われても…………あなたなんかに質問することなど、ありませんッ」

 その様がおかしくて、アレクは思わず笑みを漏らしてしまった。

 彼の態度が気に入らなかったのか、エルはますます不機嫌そうにキィッと厳しい視線を寄越す。

 アレクは、そんなエルの目の前に左手を差し出して、軽く笑ってみせた。


「馬鹿にしないでくだ――」

 だが、次の瞬間、エルの顔が驚きで染まる。

「どうぞ」

 アレクの左手から、魔法のように現れた白い薔薇の花。その花を見て、エルは黄昏を宿した瞳を真ん丸に見開いた。

「すごい、どうやって……」

「本当は魔法使いもいるかもしれないって、さっき言ったじゃないですか」

 アレクは白い薔薇をエルの胸につけて、ニッコリと笑ってやった。


 昨夜、恥を承知でシャレットに教えてもらって練習した簡単な手品だ。

 このまま理不尽な理由で嫌われるのは、どうしても納得がいかない。なんとか仲を取り戻せないかと考えた苦肉の策だ。残念ながら本物の魔法ではないが、話のきっかけにはなるだろう。

 なんとなく、エルの笑顔が見たかった。

 彼女の笑顔は白い花のように透明で、明るくて美しい。公務で貼り付ける仮面のような笑みではなく、心からの笑顔は誰よりも魅力的だった。その笑顔が見られなくなってしまうのは、とても惜しい。

 初めて会ったとき、彼女の中に憂いのようなものを見た。けれども、アレクと話しているときの彼女はとても楽しそうで、魅力的な笑顔を見せる。それが嬉しくて、彼女の笑顔はアレクの心を和らげてくれた。

 ずっと傍で見ていたい。そう思うのだ。

 アレクは不安になりながら、エルの顔色をうかがう。彼女は未だに不思議そうにパチパチと眼を見開いて、薔薇を見ていた。

 だが、やがて、パッと花が咲くように顔を上げる。


「すごい……あなたは、本当の魔法使いだったのですねっ!」

 え、本当に信じちゃうの!?

 アレクは内心で驚きつつ、乾いた笑声を上げた。エルは愛らしい微笑を浮かべながら、アレクに尊敬の眼差しを注いだ。

 完全に、アレクを魔法使いだと思い込んでいる。

「あ、あはは……簡単なものしか出来ませんが」

「それでも、すごいです。少しだけ見直しました」

 これは、バレたらまた嫌われるかもしれないんじゃないかと頭を過ぎったが、せっかく、エルの興味を引き付けたので、今更種明かしも出来ない。詐欺師になった気分で、少し複雑だ。

 しかし、最低男から少しだけ昇格したことは喜ぶべきだろう。


「あ、勘違いしないでくださいよ……私は、魔法使いとしてあなたを尊敬しているだけであって、やっぱり、男の人は嫌いですから」

「わかってます……でも、少し興味を持ってくれたのは、嬉しいですね」

「だから、勘違いしないでください」

「わかってますから。なんだか、殿下って可愛らしいですね」

 少しと言わず、かなりの天然っぷりを発揮されて半ば呆れていたが、逆にそれが可愛らしいと思いはじめた自分は、末期症状かもしれない。

「か、可愛らしい!? なにを言っているのですかッ。わ、私など……!」

 よくわからない弁明の言葉を並べて慌てるエルを見ながら、アレクは笑った。

 

 

 

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