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第11話 こんな失恋、あんまりだろ!?

 

 

 

 アレクとエルは神妙な面持ちで対峙し、お互いに気まずくなりながら俯いた。

「この方は、ベルモンド侯爵家の三男、アレクシール・ド・ベルモンド様でございます。アドリアンヌ様の双子の弟君です」

 淡々としたシャレットの説明を聞きながら、アレクは肩を落とした。

「騙すつもりはなかったんです……いや、騙していましたけど……アディがいなくなって、代わりに俺が。勿論、アディを見つけたら、ちゃんと入れ替わるつもりでした。それは、本当です」

 アレクは必死になって、弁明になっていない弁明を並べた。

 それを聞くエルの眼は無表情に近い。むしろ、軽蔑されているような気がした。


「あの……」

「騙されていたことなど、どうでもいいのです。お互い様ですから」

 エルは仮面のような表情のまま言い放つと、後ろで髪を結っていた絹のリボンを解く。

 しゅるりという衣擦れの音と共に、夜を映す黒髪が背中に広がった。

「エアハルトは兄です。私の名はエルフリーデ・フォン・グリューネ。あなたと同じ双子の身代わりです」

 女だと知った時点で予想はしていたが、改めて本人から事実を聞くと、なかなか衝撃的だった。


「どうして、エアハルト様の身代わりをなさっているのですか?」

 なにも言えなくなったアレクの代わりにシャレットが口を挟む。

 エルは少しの間、目を伏せて口を閉ざしてしまう。が、やがて、決心したように顔を上げた。


「お兄様――ハルは……伝説の魔法使いになるための修行に出ているのです」

「……………………は?」


 エルの言葉に、アレクは思わず我が耳を疑ってしまう。

 なんだか、とってもメルヘンチックなことを大真面目な表情で言われた気がする。

 もう一回。もう一回言って!


「城にいては、修行になりません。だから、一年ほど前から私が時々入れ替わってハルの代わりを務めています。今回は一週間ほど留守にするということでしたので、そろそろ帰ってくると思うのですが」

「ちょ、ちょっと待ってください。魔法使いって、いったい……!?」

「英雄ジークフリートに仕えた魔法使いガウスのようになりたいそうです。私もハルの夢が叶うように、誠心誠意、協力するつもりです」

「いやいや、問題はそこじゃなくてですね。魔法なんて、存在しないんじゃないんでしょうか?」

 素直な疑問を述べると、エルはガバッと身を乗り出して、アレクの前に迫った。

「そんなことないですっ! 私は幼い頃から、ハルの夢を聞いて育ったのですよ。ハルは必ず、魔法使いになってくれるはずです!」

 それは、兄妹揃って夢見がちのアホなのか、単にエルが兄に騙されているのか……今の時点では判断し難いが、エルの方は完全に魔法使いがいると信じて疑っていないようだ。そして、魔法使いになりたい本物のエアハルトの代わりを演じている。


「どうして、信じてくれないのですか。ハルは必ず、魔法使いになれます」

「いや、でも、本物の魔法使いなんて、見たことあるんですか?」

「見なくても、いるのはわかります」

「はあ……」

 薄々勘づいていたが、エルは超がつく天然なのではないだろうか。

 必死で魔法使いについて語りはじめた彼女の姿を見て、アレクは頭が痛くなった。


「これだから、男の人って嫌なんです。どうして、そんなに夢がないのですか? 毎日、なにを楽しみに生きているのでしょうね。社交界でも、口を開けば狩りや自慢話ばかり。下品なことばかり言う方もいるのですよ。信じられません! そのくせ、女のことは端から馬鹿にして……腹が立つにもほどがあります!」

 急に掌を返したように男の悪口を並べはじめたエルを前に、アレクは面食らった。こちらが男だと知った途端に酷い言われようだ。

 先ほどまで、恥じらいながら頬を赤く染めていた乙女は何処へ行った。むしろ、こっちの方が幾分、男らしい気がする。言っていることは、全然男らしくないが。

 いや、女でも今時魔法使いを信じている人間なんて、いないと思う。だが、それを口にすると、物凄い勢いで怒られそうなので、やめておいた。


「信じられません。私の夢をなにもかも打ち壊して……男なんて最低な生き物です。男など、この世にハルお兄様一人いてくだされば充分です!」

「そこまで否定するかっ!?」

「当たり前です。特にあなたは最低最悪です! 私の想いを踏みにじって……やっと、理想のお姉様(・・・)に出会ったと思っていたのに。あんまりです!」

「お、お姉様? り、理想の……?」

 エルが鋭い視線でアレクを睨み、猫のような態度で威嚇する。そこまで嫌われるようなことをしただろうか。

 アレクは必死に自問自答したが、答えは見つからない。強いて言えば、抱き締めてしまったことくらいだが、あの状況なら「勢いだった」で済まされそうなものである。そう信じたい。

 ああ、でも、エルを抱き締めると良い匂いがしたなぁ。花の蜜のような香りを思い起こしてしまい、アレクは首をブンブン横に振った。これでは、ただの変態だ。


「アレク様の過失はさておき」

 やり取りを見兼ねたシャレットが口を挟み、話題を変えようとする。

 過失があった覚えはない。さておかれてしまっては堪らないと思ったが、シャレットの顔がいつになく神妙だったので、アレクは閉口した。

「殿下のお命を狙う人間がいることは確かです。狙撃に使われた矢は、間違いなく殿下を狙っていたのですから」

 シャレットの言葉に反応して、それまで黙っていたメイドが、狙撃に使われた矢を出してみせる。

「精度の低い銃よりも、矢の方が命中率も高くて狙撃にはピッタリですわ。相手は、確実に殿下のお命を狙おうとされていたのでしょうね。キューピットの矢であれば歓迎なのですが、このような物騒なもので殿下を狙うなど……今度会ったら、このギーゼラが地獄へ送ってやりますわ!」

 ギーゼラは何処から出したのか全くわからない大剣を振り回しながら、悔しそうに奥歯を噛んだ。この様子なら、容赦なく相手を地獄に送れそうだ。

 常識を度外視した使用人に突っ込む気力もなく、アレクは苦笑いした。

 魔法使い云々の事情はともかく、王子の命が狙われているとなったら大変な事態である。


「国王陛下たちは、エアハルト殿下とエルフリーデ殿下の入れ替わりに気づいているのですか?」

「気づいていないと思います」

 シャレットの問いにエルは申し訳なさそうに首を横に振った。

「でも、入れ替わっている期間、エル様の姿が見えないと、怪しまれませんか? っていうか、本当にアレで気づかれないんですか?」

「私は普段、離宮に住んでおりますので! それに、私の演技は完璧なので、気づかれているはずがありません!」

「な、なんで俺に対しては、そんなに怖い目つきするんですかッ」

 エルが自分に対する受け答えだけガラッと態度を変えるので、アレクは辟易して黙っていることにした。


 危ないので、早く本物のエアハルトに帰ってくるよう連絡を取れないか。王子と城の周辺警備を強化するように計らう。安易な外出はしないなど、大方の話を聞き流しながら、アレクはエルの顔を見据える。

 明らかに、態度が違う。男だと知られた瞬間に、敵意を剥き出しにされている気がした。騙していたからというよりも、男という生物が受けつけないのだろう。

 そこまで嫌うことはないじゃないか。

 アレクは声を出せないまま、重く肩を落とした。




「大丈夫ですか、アレク様」

 部屋に帰るなり、寝台に突っ伏してしまったアレクにシャレットが呆れた声をかける。

「良かったではありませんか。あちらの道に踏み込まずに済んで」

「そうだけどぉ……って、お前、なに言ってんの!?」

「アレク様が殿下にときめいていらっしゃることくらい、誰だって気づきますよ。絵に描いたような落ちっぷりは、三流小説みたいで面白かったですよ」

「面白がるんじゃない! っていうか、そんなんじゃないって!」

「素直ではありませんね……熱烈な抱擁までなさっていたというのに」

「あーッ! 言うなーッ! それ以上、言うなーッ! っていうか、お前見てたの? いつの間にか帰ってきてると思ったら、黙って見てたってのかっ!」

「……おや、本当なのですか。アレク様は、わかりやすいですね。因みに、私が帰ったのは、事件の少し後ですよ。従者がいつからいたかくらい、把握しておいて欲しいものです」

「…………」

 執事の策にはまって、アレクは悔しさで唇をプルプル震わせた。

 最近、シャレットの物言いが容赦ない気がする。なんでも出来るのは結構だが、口の悪さは改善してほしい。どうして、善良な聖職者に弟子入りしてくれなかったのだろう。


「しかし、残念ですね。すっかり、殿下に嫌われてしまって」

「黙れッ」

 不貞腐れたように吐き出しながら、アレクは頭の上に乗ったカツラを投げ捨てる。

 エルは明らかにアレクを好意的な目で見ていた。

 しかし、それは同性としての『アドリアンヌ』であって、異性としての『アレクシール』ではなかったのだ。

 たまに見せたアレクの男っぽさは彼女にとって、カッコイイ女性として映っていたのだろう。

 女性歌劇団の男役に憧れるような姫である。アレクを男として認識してなどいなかったのだ。

 それを態度で嫌と言うほど示されて、アレクは完全に打ちのめされてしまった。とりあえず、どうにか関係修復だけでも出来ないものか……襲撃者のことは他の者に任せても良いかもしれないが、この件についてはアレクがなんとかしなければならない。


「カッコイイとか思われたのは嬉しいよ……でも、女としてって、傷つく……俺、そんなに女々しいか!?」

「まぁ、女顔であることは否定出来ませんね」

「う、うるさいッ! 少しは慰めろ!」

 いくらなんでも、馬鹿にしすぎだろう。アレクはシャレットを睨むが、当の執事は涼しい顔で紅茶など淹れて「アレク様、どうぞ」などと勧めてくる。

「そういや、お前今日は何処行ってたの?」

 紅茶のカップを受け取りながら、アレクはぶっきらぼうに問う。

「秘密です。アレク様が知ったら、少し面倒……いえ、厄介になりそうですから」

「俺には言えないって言うのかよ」

「なにか収穫があれば、お話しますよ」

「ふぅん」

 隠し事をされるのは、あまり好きではない。自分だけが問題の外側に放り出されて、気持ちが悪かった。

「まあ、せいぜい頑張ってください」

 鼻で笑われた気がして、アレクは眉間に皺を寄せる。

 だが、アレクは意を決してシャレットに向き直った。


「あのさ、シャレット。頼みたいことがあるんだけど……」

 

 

 

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