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第10話 男だったり、女だったり!?

 

 

 

 一人で部屋を訪れたアレクを、エルは大喜びで歓迎した。


「アドリアンヌ様、ようこそ。どうか、ごゆっくりとお過ごしください」

 白い頬を薄紅に染めて、エルが弾けるように笑った。

 昨日の花嫁衣装効果で、やはり、少女のように見えてしまう。今日はしっかりと濃紺の軍服を着込み、髪も一つにまとめてあるというのに、不思議なものだ。


 アレクは目のやりどころに困って、エルの部屋を見渡した。

 読書家なのだろうか。部屋には大きな書架が置かれ、びっしりと本が並んでいる。表紙の擦り切れ具合などを見るに戯曲や文学が好きなようだが、王子らしく歴史や経済などの本も備えてあった。


「本がお好きですか?」

 明るい陽が射し込むバルコニーに案内しながら、エルが笑う。アレクは急いで視線を戻しながら、曖昧に笑った。

 何種類もの花や、テーブルクロスで彩られたテラスは可愛らしい昼食会場となっている。どう見ても、貴婦人のお食事会(女子会)の風景だ。

「いえ、たくさんの本があったので、つい」

「そうですか。よろしかったら、なにかお貸ししますよ。そうそう、先日、コルネリア歌劇団が上演した新作戯曲の脚本を譲って頂いたのです。きっと、アドリアンヌ様もお好きだと思って! 私の部屋……いえ、別の部屋には、もっとあります!」

 コルネリア歌劇団は確か、女優しか存在しない劇団だと聞いている。男役も女がこなしており、巷の女性たちに大変人気があるらしい。

「昨日のアドリアンヌ様は、まるで、カロリーネ様のようでした。美しかったです……あ、カロリーネ様は劇団の人気の女優なんです。男役をさせたら右に出る者はいません!」

「へ、へぇ……そうなんですか」

「興味ありますか?」

「ま、まあ?」

 男役の花形女優の名を出されて、アレクは顔を引き攣らせた。

 どうやら、エルは昨日のアレクを疑う様子などないようだ。しかも、完全に女優的ななにかだと思っている。

 身代わりがバレても困るので悪くはないが、男としては少々悲しかったりもした。本物の騎士なのに。


「エル様は、殿方らしくない趣味をお持ちなのですね」

 そう言うと、エルは明らかに動揺した様子で目を伏せる。

「そ、そうですね……男らしく、ないですよね。少し気にしていたのですが、アドリアンヌ様はこのような男はお嫌いですか?」

 不安そうな表情で見据えられ、アレクは思わず口を噤んでしまう。

 そのような言い方をされては、これ以上、質問を続けることは出来ない。上手く逃げられた気がして、少し複雑になった。


 昨日から、ずっと気になっていた。

 エルの肩に触れたとき、どうしても違和感を覚えてしまったのだ。


 あまりにも、筋肉がなさ過ぎる。


 王宮育ちの王子とは言え、名目上は王国騎士団長の職に就いている。腕が悪かったとしても、それなりに鍛えているのが当然だ。そうでなくては、剣を持つことさえ出来ない。

 アレクも腕の筋肉や肩幅などは隠せないので、仕方なく、いつも肩口や袖がふんわりと広がった長袖のドレスを着ている。


 それなのに、エルは剣を握ることが出来るかどうかも怪しいほど、筋肉がない気がした。

 柔らかくて、ふにふにしていて……どちらかと言うと、女のような身体だ。ついでに、良い匂いもした!

 エルが女であれば、全て説明がつく。

 しかし、どうして、エルが男装しているのかまではわからない。


 物語の中なら、世継ぎ問題のアレコレでいろいろ理由がありそうなものだ。

 しかし、グリューネ王室の場合は他に男子も生まれているし、面倒な継承問題も存在していない。

 女が男装している理由が見当たらず、アレクは自分の勘違いなのではないかと思いはじめてしまう。

 だいたい、正面から「実は女ですか?」とか聞けるはずがない。間違いだったら、絶対に気まずくなる。合っていたら合っていたで、その後どうすれば良いのか皆目わからなかった。

 俺にどうしろって言うんだよぉ! アレクはテーブルに頭を打ちつけて叫びたくなるのを必死で我慢した。


「どうしましたか?」

 無意識のうちに観察していたアレクを見て、エルが首を傾げる。アレクは慌てて視線を逸らしながら、皿の上に乗った肉料理を切り分けた。

「い、いいえ、なんでもありませんっ」

「そうですか。そうだ、今度は一緒にお出掛けしませんか? 離宮の近くに、綺麗なお花畑があるのですよ」

 ふんわりとした笑顔で聞かれて、アレクは困惑する。

 思考が女の子過ぎやしないか? 男なら、無難に歌劇か、良いところを見せようと狩りにでも誘いそうな場面なのに、何故、お花畑なんだ。

 中には、そういう趣味の男がいないこともない。異国から嫁いできた令嬢のために、一生懸命に共通の話題や趣味を作って気を引こうとしているのかもしれない……あまりに隠す気がなさすぎて、もう逆に疑わしさが薄れてくる。

 ますますわからない。それとも、これを狙ってわざと演技しているのだろうか。考えれば考えるほど、ド壷にはまる気がする。

 二人きりの昼食は、ぎこちなく進む。


「アドリアンヌ様は、どちらがお好きですか?」

「へ?」

 考え事をしていたせいで、ついエルの話を聞き漏らしてしまった。上の空だったアレクに対してエルは怒りもせず、最初から丁寧に説明してくれる。

「食後のお飲み物です。紅茶が良いですか? それとも、コーヒーが良いですか?」

「えっと……じゃあ、紅茶でお願いします。コーヒーは苦味が少し苦手で」

「そう言うと思っていました。ルリスでは、紅茶が好まれますからね」

 エルはニッコリと笑いながら、紅茶のポットを持って自分で注ぎはじめた。

 ルリスでは東方から入った苦味の強いコーヒーではなく、紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れて飲むのが、貴族の嗜みになっている。それを心得ているのか、エルはアレクのカップに、甘い砂糖とミルクを入れてくれた。


「あ、これ」

 デザートとしてテーブルに並んだマカローニュを見て、アレクは思わず声を上げた。

「はい。気に入ってしまいましたので、調べて作ってみたのです……メイドが」

 恥ずかしそうに俯きながら、エルが笑った。

「エル様は、いつもお菓子を作ってらっしゃるのですか?」

「そうですね。暇があったら、作りますよ……メイドが」

 さり気なく鎌をかけてみるが、『メイドが』という言葉を免罪符に予防線を張られてしまった気がした。

 隠すつもりがないように見えて、実は必死で隠している?

 いや、しかし、そもそもの隠しどころを間違えている。アレクはエルの考えていることが、ますますわからないまま紅茶をすすって、マカローニュを口に入れた。


「美味しいですね。先日のクッキーも、とてもお上手でした」

「そうですか? よろしかったら、またいつでも焼きますよ! ……メイドが」

 嬉しそうなエルの笑顔を見ると、なんだか、心の中が温かくなる。最初は大人しくて物憂げな印象を受けたが、笑顔の方が断然似合うと思った。


 本当に女だったら……考えながら、アレクは胸の奥が高鳴るのを感じた。

 女だったら、どうするのだろう。相手は仮にも、姉の婚約者である。アレクはエルを騙して、この場にいるのだ。

 本当は好きになってはいけない相手だというのに、なにを望んでいるのだろう。

 もしかすると、自分は彼が女であって欲しいと望んでいるのだろうか。だから、こんなにも、目の前の笑顔が愛らしく見えてしまうのだろうか。そうだとすれば、重症である。そちらの世界になど、皆目興味はないというのに。


「見てください、アドリアンヌ様。鳥が花を咥えていますよ」

 庭の花を啄ばんで飛び去る鳥を見送って、エルが声を上げた。その笑顔を横目で見ながら、アレクは何度目か知れぬ溜息を吐く。

 溜息を吐くと幸せが逃げるというのは、本当かもしれない。

 息と共に光が胸の中から逃げ、代わりに、黒い霧のように重い不安ばかりが残っていく。


「…………?」

 不意に、鳥を視線で追いかけていると、庭の木が動いた気がした。目を凝らすと、太陽に反射してなにかが光る。

「危ない!」

 気がつくと、アレクは反射的に身を乗り出してテーブルを倒していた。高価なティーセットや紅茶が散乱し、細かい装飾の施された椅子も派手に倒れる。

 エルの座っていた椅子に突き刺さった矢を見て、アレクは青褪めた。そして、押し倒して腕の中へ引き込んだエルを見下ろす。


「殿下、何事ですかッ! あら、これはこれは……って、そんな場合じゃないようですね。残念ですわ」

 騒ぎを聞いて、部屋の外に待機していたメイドが慌しく入室する。

 彼女はすぐに状況を把握すると、何処からか巨大な剣を取り出して構えた。どう見ても両手持ちの剣を軽々と片手で振りかざしたまま、矢を放った間者を追って庭へ駆ける。

 今時の執事やメイドは、何処の国もあんなのばっかりなのか!? アレクは思わず突っ込みそうになったが、腕の中でエルが動くので、口を噤んだ。


「アドリ、アンヌ……様」

 エルがか細い声を上げた。涙で潤んだ藍色の瞳がアレクを見上げている。エルは細い腕でアレクの腕を掴み、小刻みに肩を震わせた。

「エル」

 自分でも、なにを考えていたのかわからない。気がついたときには、本能的にエルの身体を強く抱き締めていた。震える背中に手を回し、服越しに熱と鼓動を感じ取る。

「ア、アドリアンヌ様? あ、あの……っ」

 動揺するエルの口を塞ぐように、腕の力を強くした。華奢な身体が折れてしまいそうに思えたが、そんなことを気にする余裕はない。


「アドリアンヌ様ッ」

 だが、エルが叫ぶような声を上げるので、アレクは我に返った。そして、二つのことに気がつく。

 一つは、抱き締めたエルの胸に明らかな膨らみがあること。なかなか貧相げふんげふん、小振りだが、紛れもなくそれは《《女についているもの》》である。


「あ……や、やばっ」

 もう一つは、先ほどの衝撃で、頭の上に乗せていた長髪のカツラがズレてしまったこと。

「あ、あ、あああ……アドリアンヌ様……男の人ぉぉぉっ!? そんな……!」

 エルは先に大声を上げて、そのまま卒倒してしまう。

 ゆっくりとよろめく彼――もとい、彼女を抱きとめて、アレクは溜息と一緒に幸せを全部吐き出した。

 

 


 

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