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第1話 花嫁は俺!?

 

 

 

 ――お父様、お母様。

 家出させて頂きますわ。愛するあの方と、一緒に暮らすことに致しますの。

 ああ、ご心配なさらないで。アディは必ず、幸せになりますわ。だから、探さないでください。


 アドリアンヌより。




 † † † † † † †




「絶対にイヤだぁぁぁぁぁあああっ!」


 王侯貴族の邸宅が立ち並ぶ王都の中心部。美しき太陽の宝珠と称されるルリス王国の都は、この日も輝かしい光で満ちている。

 華やかな都に構えられた豪奢な屋敷――ベルモンド侯爵家の別邸から、断末魔が上がる。


「来るな! 絶対にイヤだ! そんなことするくらいなら、死んだ方がマシだぁぁっ!」

 声の主、アレクシール・ド・ベルモンドは侯爵家の三男という身分もかなぐり捨てて、空色の瞳に薄っすら涙を浮かべた。彼は頭についた可愛らしい花飾りを投げ捨てると、一目散に廊下を駆ける。

 背中で燃えるような黄金の髪が広がり、動きに合わせて波打った。

「お待ちください、アレク様。国とベルモンド家の命運がかかっているのですよ!」

 アレクを追いかけるのは、漆黒の燕尾服に身を包んだ執事シャレット・コストレである。彼は赤みがかった茶髪の下で眼鏡を押し上げると、浅く息を吐いた。


「知らないよ! 俺は陛下の近衛騎士なんだぞ!? 選ばれたばっかりなのに、あんまりだ。こんなこと出来るかよ! 上手くいきっこない!」

「男なら、腹を括ってくださいませ。アレク様の主たる陛下も、それを望んでいます」

「だからって、なんでこんなことッ」

「つべこべ言わずに、黙ってお縄について頂きましょう!」

 アレクの従者も兼ねるシャレットの家系は、代々ベルモンド家に仕えてきた実績がある。そのため、シャレットは主たるベルモンド伯爵の命を忠実に遂行しようとした。

 アレクは窓から逃げようと、枠に足をかける。だが、それを阻止するために、シャレットがなにかを投げつけた。

「ひぃっ!」

 窓枠と壁に突き刺さった銀のナイフを見て、アレクの顔からサァーッと血の気が引く。アレクが身体を硬直させていると、シャレットは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「危ないだろ! っていうか、ただの執事が何処で身につけたんだよ、そんな特技!」

「昔、執事修行の一環でサーカスにお邪魔しておりまして」

「執事ってのは、そんなに過酷なのか!?」

 銀光を放つ投擲用のナイフをチラつかせながら、シャレットが爽やかに笑う。

 何処へ逃げても無駄であるという宣言だ。

「さあ、参りましょう。アレク様」

 アレクは肩を落としながら、項垂れるしかない。


 床をズリズリ引き摺る桃色のドレスが重く感じる。


 ――仕方がない。身代わりを立てるしかあるまい。


 国王の一言によって、アレクはとんでもない役目を負わされてしまうこととなった。

 事の発端は、ルリス王国とグリューネ王国との間に上った婚姻話である。両国は数年前まで国境を巡って戦争状態だったが、和平を結んでからは、親交を深めようと歩み寄りの努力が成されている。

 同盟を結ぶことになった両国は、婚姻によって結びつきを強めるため、ルリスから姫を嫁がせることになったのだ。

 白羽の矢が立ったのは、王家の血筋を引くベルモンド侯爵家の令嬢アドリアンヌ。結婚適齢期であり、王族の血も濃い彼女が適任とされたのだ。


 しかし、


「なんで、家出なんかするんだよ。アディの馬鹿ぁっ!」

「正確には、駆け落ちでございますね」

 揺れる馬車の中でアレクが悲痛な苦情を唱えると、シャレットがさり気なく訂正を入れる。

 シャレットは品の良い笑みを浮かべ、アレクの頭に女物のカツラを被せた。ご丁寧に手鏡まで見せてくれる。

「お似合いですよ、アレク様。伊達に、ご姉弟で同じ顔はなさっていませんね」

「遠回しに女顔とか言うなよ!」

「遠回しではございません」

「より悪いだろ、それ」

 嫁ぐのは、姉のアドリアンヌに決まった。しかし、隣国へ嫁ぐことを嫌ったアドリアンヌは、あろうことか、恋人と駆け落ちしてしまったのだ。

 相手の素性は全く不明。同時期に消えた貴族の公子はいないという話なので、庶民が相手だったのかもしれない。


 しかし、国家を上げた結婚であるため、そのようなことは許されない。結婚前に逃げ出すなど、貴族の子女にあるまじき行為だ。相手国に知られれば、ルリス王家の名にきずがつく。

 そのために、アドリアンヌの双子の弟――アレクを身代わりにしてしまおうと、国王から命令が下ったのだ。


「絶対、無理だ……俺、男だよ? 男に嫁ぐなんて……」

「しばらくの間だけです。必ず、アドリアンヌ様を見つけて連れ帰りますので」

「一生、見つからなかったら、俺どうなるんだろう……」

「あちらのお怒りを買って処刑されるか、殿下から気に入ってもらえるように誠心誠意お尽くしするしかありませんね」

「サラッと、怖いこと言わないでくれ。どっちもイヤだ」

 これから自分の身に起こることを想像して、アレクは背筋がゾッとした。

 だが、もう引き返せない。アレクを乗せた花嫁の馬車行列は既にグリューネの国境を越えてしまったのだ。


 目の前に用意された鏡を見る。

 そこに映った自分の姿は、まさしく双子の姉アドリアンヌと瓜二つであった。

 空の色を溶かした青い瞳に、ほんのりと色づく白い肌、燃えるような黄金の髪。常々女顔であることを悩みにしていたが、まさか、姉と同じものを着て化粧をするだけで、こんな風になるとは思わなかった。

 何処からどう見ても、女にしか見えない。

 アドリアンヌの身代わりになるためには必須の条件だったが、同時に複雑な気分になる。一応、国王直属の近衛騎士に叙任されたばかりだというのに、これではあんまりだ。

 同僚たちには見られたくない。

 コルセットによって胴回りが苦しくて、悲壮感も五倍増しだ。これをつけていると、お腹が空いていても食べ物が喉を通らないので、元気も出ない。なんの拷問かと疑いたくなる。


「心の準備はよろしいですか。アレク様、いえ、アドリアンヌお嬢様」

「……帰りたい」

「まだエアハルト殿下にお会いしてもいないではありませんか、お嬢様」

「……俺、帰る」

「ダメです、お嬢様」

「お嬢様って連呼するな!」

「今はお嬢様ではありませんか」

 シャレットがニッコリと笑いながら、ナイフの刃をチラリと見せる。それに怯えながら、アレクは大人しく馬車の壁に張り付くしかなかった。




 † † † † † † †




 花嫁の馬車が国境を越えた頃、グリューネ王国の首都では。


 蒼く晴れ渡った夏の陽射しを受けて、街の中心部を流れる大河に銀の波が光る。その川に沿うように建てられた王宮のバルコニーで、溜息を吐く人物があった。

 溜息の主――エアハルト・フォン・グリューネは藍色の瞳を伏せた。そして、花嫁を迎えるため、賑やかに彩られた王宮前の広場を見下ろす。


「そろそろ、ですね」

 吐き出す言葉が重く感じる。

 ルリス王国から迎えられる花嫁を持て成す準備は着々と進んでいた。

 もうすぐ、王家に嫁ぐ娘のことを思って、エアハルトは何度目かわからない溜息を吐いた。爽やかな風が漆黒の髪をさらい、身にまとった濃紺の軍服の中に入り込んでくる。


「物憂げに王都を見下ろす殿下の図……堪りませんわ。そそられますわ。ああ、食べてしまいたい」

 エアハルトの姿を見て、何故かメイドが嬉しそうに身体をくねらせている。

 いつものことなので、さほど気にならない。それよりも、エアハルトは不安を吹き飛ばそうと、再び深い溜息を吐いた。

 けれども、溜息と共に逃げていくのは、不安ではなく、自信や希望のような気がする。


「花嫁に会ったら、なんと言えばいいのでしょうか……私がしっかりしなくてはならないのに、申し訳ない気がしてきました」

「殿下なら、大丈夫ですよ」

「そうでしょうか」

「そうですわ。それに、悩める殿下のお顔は本当に、美味しそうで……んんッ、失礼。わたくしとしたことが、邪なことばかり考えて、イヤですわ。でも、本当に素敵」

 再び妄想の世界に飛び込んでしまいそうになるメイドの脇を通って、エアハルトは部屋の中へ戻る。代々王子が務めるグリューネ王国騎士団長の証である真紅のマントが広がった。

 バルコニーから入る心地良い風を受けて、マントの真紅が鮮やかになびく。肩から下がった留め飾りが、濃紺の軍服の上で星のように煌いた。


「大丈夫だと、いいのですが」

 物憂げに呟かれた独り言は、静かな風に流されて消える。

 

 

 

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