第三話 釣りなのです~撒き餌投入~
「どんな化学物質が添加されているか分かったものではありませんのよ!」
と、称美ちゃんにがっつりと怒られました。
ヒト用の食べ物では無いので、安全性基準が低めなのは当たり前。配合エサを作った人だって、ちょっと口に入ってしまうことは想定していても、まさか人間がパクパク食べるとは思っていないのです。
完全に私たちが悪いです。
心配をかけてしまいました。
こういう時、称美ちゃんは本気で怒ります。
ハリセンボンもかくや、ってくらい膨れっ面でぷんすかと怒ります。
けれど、これまでに一度だって、私たちの奇妙らしい振る舞いや、料理あるいは釣りしか頭に無い生き方を……私たちそのものを否定したことはありません。
あくまでも私たちを案じて怒ってくれます。
そんな彼女のおかげで、陽毬ちゃんと私は思いっきり料理と釣りに邁進できるのです。
本当に、よくできた人なのです。
さらには、実家の飲料事業をある程度任されているらしいです。
学生にしてマネージャー職です。
もう規模が大き過ぎでよくわかりません。
ジンベイザメですら、尾ひれを巻いて逃げ出すほどの大物なのです。
でも、負けたままではいられません!
そんな感情を込めて、私はぐっぐっと団子を固めるのでした。
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「えいっ」
―――ちゃぽん
海に投げ入れられた団子が、大して溶けることもなく、ずぶずぶと海に沈んで行きました。
これで、海底にあった岩の窪み付近に2つの団子が設置された事になります。
そこから1メートル程離れた地点。磯を巡る緩やかな海流とが交わる地点にも、同じく2つの団子を投入しました。
「んー」
団子の没入した位置や、さっき探った海底の形状、水温、日差し、海流、潮の満ち引きなどなど。
海を取り巻く環境に思いを馳せながら、そっと眼を閉じます。
すると、まぶたの裏に鮮明な海底のイメージが広がるのです。
自分は海中に漂っていて、そこから海の中を俯瞰するように全体像が見えてくる、そんな感覚がやってきます。
いわゆる『鷹の眼』みたいなものです。ちょうど十三歳になった誕生日、いつも通りに釣りをしている時、突然開眼しました。
それまでも、ぼんやりとしたイメージは浮かんでいたのですが、鮮明に見えるようになったのはその時が初めてです。
こういうのを魔眼というらしいです。
その日、隣で釣りをしていた大学生に聞いたら、そう言っていました。
その人は、黒のレザージャケットにシルバーアクセサリーがいっぱいの、なかなかカッコ良いいファッションで、しかもビシッとポーズを決めながら、
『なん……だと!?間違いない。それは魔眼だっ!』
と自信満々に断言していたので、たぶん合ってます。
魔眼です。
ちなみに、この能力には『片吟の瞳』という名前があります。
その黒づくめの大学生に命名してもらいました。『鷹の眼』の海中バージョンなので『片吟の瞳』、だそうです。
結構、気に入ってます。
……あ!忘れてました。
ポーズを取りながらやるように、と大学生の人に言われていたのでした。
では改めて。
ゆるく開いた手のひらを、顔の前に持ってきます。
そこで少し溜めて、片目を見開く!
(解き放て『片吟の瞳』)
そう念じると、さっきよりも海中の様子が鮮明にみえる…ような気がします。
こういうのは気持ちが大事なのです。多分。
そうして魔眼を発動すると、私自身が海中へとダイブしてゆきます。
海中に浮かぶ私の左手には、ゆらゆら揺れる海藻群。右手には、この岩場から砂地へと続く緩い傾斜が五メートルほど続いています。
そして前方には直径3メートルほどの窪みがあり、その先はしばらく岩場です。
海流はその窪みの数メートル上を優しく撫でるように、前方から右側へと斜めに通ってゆきます。
そんな状況のなかで、団子たちは狙い通りの位置。
窪みの付近に二つ、そして窪みと傾斜の中間地点に二つ。
緩やかに表面が海中へと溶け出してゆくのが見えます。
「うん、完璧」
あえて溶けにくい配合エサを選択して、ぐっと固めに握りました。
それによって、海底だけに限定して魚たちを誘惑するのです!
途中で溶けてしまうと奴らを、フグなどに代表される餌取り達を、誘き寄せやすくなってしまいます。
奴らが群がってしまえば、もうどうしようもありません。
多くの釣り人たちが、奴らを回避する術はないかと日夜頭を悩ませて、実際にいくつかのテクニックを生み出してはいます。
それなのに、どこからともなく奴らが続々と群がって来て、チヌの為に用意した本命エサをパクパクしやがるのです!
本当に腹立たしい!
ですが、それもまた釣りの楽しみ。
そう思い込んで、穏やかなることを学ばなくてはいけません。
でないと余計に釣れなくなります。
なにはともあれ、団子の配置は完璧です。
さっさと次の準備に取り掛かります。
(瞑れ『片吟の瞳』)
魔眼を一旦封印すると、私は手早く仕掛けの準備に取り掛かったのでした。