第③話 参観日です~親御さん+α~
迷彩色で偽装されたコンクリート製の建物。
その中にいるのは私と見知らぬ三人の大人たち。
後から入ってきた私に、自然と視線が集中します。
「うっ……」
……流石に緊張します。
そんな心境を察してくれたのか、仕事の出来そうな男性が私に向かって声をかけてくれます。
「これで全員が揃ったのか?」
え、いや、知りませんよ!?
でも知らなくて当然の筈なのに、この人のテキパキとした雰囲気の所為で、私が何かをしでかしたみたいに感じてしまいます。
謎の罪悪感によって、意味もなく謝罪しそうになった所で、
「はい。その通りに御座います」
振り向くと、さっき私を案内してくれた老紳士、花森さんが綺麗にお辞儀をしていました。
このテキパキとした男性は、花森さんに話しかけていたんですね。
安心しました。
……というか、何時の間に戻ってきたのでしょうか?
まったく気が付きませんでした。
「なら、まずは自己紹介だね」
男性はそう言って、キビキビと話し始めました。
彼の名前は十六夜壌砥。年齢は四十五だそうです。
この人がトップに立っているなら、十六夜財閥はきっと凄い財閥なんだろうと思わされてしまいます。
あと、とても厳格で真面目そうな人ですね。
十六夜称美さんのお父さんだそうですが、正直に言ってあの腹黒愉快犯とは似ても似つきません。
母親か祖父母のほうに似ているのでしょうか?
そんなことを思っていると、自己紹介を聞いた女性が声を掛けます。
「ほぉ、お前があの破天荒ジジイの息子か」
「祖父と知り合いですか。父が世話になったようですな」
ポニーテールとタイトなジーンズの似合うその女性は、少し荒っぽい言葉遣いでした。
ただ、言葉自体は汚いのですが……不思議と嫌な感じがしません。
おそらく年齢は四十代だと思うのですが、何だか大人っぽさが感じられません。
若々しくて無邪気な雰囲気です。
「まぁな!色んなもん食わしてやったよ。なぁ、スイスイ?」
……スイスイ?
「スイスイと呼ぶな。私には波澤翠という立派な名前がある」
「ったく。相変わらずノリが固てぇな」
「貴女も相変わらずノリが粗雑ですね」
「んだと、コラ」
唐突に喧嘩が始まった、のですが……何だか慣れた感じがあると言うか、二人とも自然体です。
会話から察するに顔見知りのようですから、いつもこんな感じなのでしょう。
「大人の言い争いを前にして、随分と落ち着いているな」
「え?あ、はい」
十六夜壌砥さんが声を掛けてきました。
「二人とも本気じゃないというか、どこか楽しそうなので」
「ほう、その歳でそれだけ見えているのは大したものだ」
「あ、ありがとうございます」
財閥のトップに褒められました。
照れるというか何というか、気持ちを持て余します。
「十六夜の人間に目をつけられるとは、こいつぁ将来有望だねぇ」
あう、寄ってたかって褒められます。
どうしたらいいか分かりません。
「照れてる。可愛い」
はう!か、か可愛い!?一番反応に困ります。
ていうか、そう言う波澤翠さんの方が圧倒的に可愛いです。
「あ、あうあう」
「どうやら褒められ慣れてねぇな」
「それもまた可愛い」
も、もう、勘弁してつかぁさい!
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「さて、そろそろ可哀想だから自己紹介に戻るとすっかな」
や、やっと誉め殺しから解放される!
ありがとう、ポニテの無邪気なひと!!
うぅ、長かったです。
20分くらい褒めまくられたような気がします。
死ぬかと思いました。「死因は褒め殺し」の見出しで新聞に載るところでした。
でも何はともあれ、自己紹介へ戻ることに。
まず無邪気なポニテの女性が日向紅葉さん。
日向陽毬さんの母で、プロの料理人だそうです。
明け透けで縛られない感じが良く似ていて、なんだか納得です。
日向陽毬さんが料理の事ばかり考えているのは、きっと母親の影響だったんですね。
そして、クールな印象の黒髪ロングな方が波澤翠さん。
ポケット一杯のジャケットや、魚の絵を描いたキャップ帽。
肩に担ぐ細長いバッグも合わせて、まるで釣り人のような格好だな……
と思っていたら本当にプロの釣り人でした。
インストラクターとか釣り船屋さんではなく、自分の釣りを仕事にする人って実在するんですね。
正直、驚いています。
でも一番驚いたのは、彼女が桔梗トトキさんの師匠だったことです。
トトキさんが小学生の頃に二~三年だけ、とのことですが十分に凄いことです。
まさかプロの人に教わっていたとは。
もしかしたら、私が思っているよりも真剣に釣りをしているのかもしれません。
ただの釣り好きな痛い人だと思っていました。




