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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第三章
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第拾弍話 賞味いたしますわ~称美 重見天日~

 


 ーーーコンコン


「お父様、ちょっとよろしいかしら?」

「ん、構わんぞ」


 重たい黒塗りの扉を押し開き、お父様の書斎に這入ります。

 モノトーンを基調とした室内。

 乾いた本の香りと張り詰めた空気、静かなPCの作動音が響いている。

 そして、書斎机の向こう側に座するのは、眼光の鋭いお父様、十六夜いざよい壌砥じょうど


 ここはいつ来ても身が引き締まりますわね。

 あたかも刃物で皮膚を撫でられるかの様ですわ。

 ここはお父様の仕事場ですから、敢えて家具などの調度品をその様に配置しているのでしょう。


「で、どうしたんだ?」

「……実は、お願いがあって参りましたの」


 訝しげな表情を浮かべるお父様。

 やはり、少し気後れしてしまいますわね。


 これまでお父様に逆らった事などありません。

 彼に指示された内容を学び、

 彼に指定された学舎に通い、

 彼に指図された振舞を為す。


 そもそも、意見するという発想すら抱けませんでした。

 なにせお父様は『十六夜家』の『当主』。

 彼の言葉とは即ち『十六夜』の総意なのですから。


「……私、部活動を始めようと思いますの」

「そんな必要はない」


 鮸膠にべも無い返答。


「話はそれだけか?なら自室で勉学に励みなさい」


 取りつく島も無い態度。


 お父様からの先制攻撃に心が萎縮する。

 昨日までの私ならば、もう何も言い返すことが出来ませんわ。

 でも今日からは違います。


「……」


 萎縮した精神を悟らせぬよう、泰然として呼吸を整える。

 恐ろしくとも、引くに引けませんわ。

 幼い頃の私が背中を押してくるのですもの。


 私は私を裏切れません。


「何故、必要無いのですか?」

「そんなことも分からんのか」


 背を押す小さな手に力がこもる。


「えぇ、説明責任を果たして下さいまし」

「簡単な事だ。この家で学ぶ以上の成果が公立校の部活動で得られるとは思えん」


 成る程。

 ここで、『そんなことは無い』と言うのは簡単ですわ。

 しかし論拠を持たせるのが難しいですわね。


 ぎゅっ、と幼い手が袖を握ってきます。

 安心してくださいまし、過去の私。

 もちろん引き下がったりなどは致しませんわよ。


「私が自ら新たな部を設立いたします。組織運営の実地訓練になりますわ」

「それならば他家の子女を招いて、サロンでも主催すれば良いだろう」


 成る程。

 組織運営の訓練と、上流階級とのコネクション作り。

 一挙両得の案ですわね。


 この意見を打ち破る理屈は……思い付きませんわ。


「……」


 不利な状況ですわね。

 早く何か言わなければ、お父様に押し切られます。

 過去の私が心配そうに見上げて……いえ、挑戦的な笑みを浮かべていますわね。


「うふふ」


 笑ってしまいますわ。

 やはりお祖父様の血を引いていますわね。

 苦境にあってなお、寧ろ苦境であればこそ、心底楽しそうですわ。


 こちらを見つめる瞳は咲き誇る薔薇のよう。

 何かを期待するその瞳に、ついつい応えたくなってしまう。


 うふふ、そうですわね。

 理屈が無ければ、作れば良いですわ。


「何が可笑しい?」


 不利なはずの状況で笑う私を前に、怪訝そうな表情のお父様。


「いえ、可笑しくありませんわ。確かに合理的な案ですの」


「ふむ、」

「ただ、何事にも例外は御座いますわ」


 お父様が言葉を続けようとしたタイミングで反論。

 更に言い募ります。


「勧誘する予定の方々は、上流階級の子女たちよりも遥かに有為ですわ」

「ほう。大きく出たな」


 その根拠はなんだ?


 そう問いかけるお父様に、私は笑みを浮かべます。

 底なしの自信に満ちた笑顔を。


「勘、ですわ!」

「そんな理屈が通るとでも?」

「では、私の勘が外れているという根拠をお持ちですの?」

「そんなものは屁理屈だ!」


 苛立たしげに声を荒げるお父様。

 一旦同意して落ち着かせましょう。


「ええ、その通りですわ。今はまだ、屁理屈です」

「……どういう意味だ?」

「彼女たちの価値を、私が証明致します」


 無言で先を促すお父様。

 常にも増して眼光が鋭いてますわね。

 自然と言葉選びも慎重になります。


「……まず、勧誘予定の方は二名。一人は釣りの、もう一人は料理の才をお持ちですわ」

「ふむ」

「彼女たちの成長を私が手助けし、卒業までにトッププロに匹敵する能力を付けさせます。そしてプロと対決させて勝利することで、『プロ並みの女子中学生』という肩書きを作り出します。これは間違いなく大きな経済効果を生み出す種火となりますわ」


 お父様が表情を少し和らげました。

 恐らく、話の行き先を予測した上で妥当だと判断したのでしょう。


「……なるほど、悪くない案だが現実的ではないな」

「ええ、現状では利益を生むための具体的な手法が未定ですわ」

「つまり、そこを補う人員、あるいはアドバイザーが欲しいと言うわけだな?」


 うふふ。違いますわよ、お父様。


「いいえ、そこは私が責任を持って事を成します。ですから、釣り具販売部門と外食産業部門の店舗を幾つか、それとノンアルコール飲料開発部門の運営を譲ってくださいまし」


「なっ、……」


 驚愕のあまり、一瞬放心するお父様。

 ぽっかりと口を半開きにする姿なんて、こらまで一度も見たことないですわ。

 貴重な体験ですわね。


「……ふ、巫山戯るな!」

「巫山戯てなどいません、大真面目ですわ。御二人に成長を強いるなら、私も労を惜しむ訳には参りません!」

「仕事は子供のお遊びではないのだぞ!」

「うふふ、それは誰に対しての言葉ですの?」


 血の滲むような教育を受けたお蔭で、経営知識も外交手腕もその辺の社長並みには御座いますわ。


「……」

「……」


 私を覚悟を品定めするように、鋭い眼光が身体を射抜く。


「……」

「……」


 その見えない圧力から逃げることなく、目線を逸らさず真正面から受け止めます。


「……この愚か者が。もう知らん、勝手にするがいい」

「っ!それは許可するということですわね!」

「ふん。ただし何の手助けもせんぞ」


 じわじわと歓喜が足元からせり上がり、全身を熱く震わせます。


「ありがとうございますわ、お父様!!」


 幼い日の私は何時の間にか消え去って、

 胸の中心には、暖かな熱が美しく咲き誇っていました。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 常人を遥かに超える情報量を詰め込まれ、何時の間にか消え去ってしまった『自分』。


 その『自分』を確と取り戻し、

 当主おやに逆らって自ら行動し、

 そして仕事を任せろと要求すること。


 この三つの条件を満たした時点で、一人前と見做して仕事を任せるべし。

 そして子の動向をただ見守り、一切の口出しを禁ずる。


 これが『十六夜』流教育法、その最終項目であり、

 他の項目が修了前であっても関係なく、問答無用で適応される。


 彼女は晴れて、大人としての道を歩み出す。

 僅か十二年の人生を糧として。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 十六夜称美が書斎を退出した後。

 部屋に残るは、父の威厳という仮面を脱ぎ捨てた一人の男。


「……」


 本革の座椅子に身体を預け、白けた天井を仰ぎ見ている。


 称美の親離れは、歴代当主の中でも最速だった。

 破天荒で有名な、あのあかしまですら高校入学と同時期であったのだから、その早熟さは言うに及ばずであろう。


「……はぁ」


 退廃的な気分に支配されているのだろうか。

 あるいは彼なりの、区切りをつけるための儀式かもしれない。

 書斎机の引き出し、三段あるうちの上から二段目。

 鍵の掛けられたそれを解錠する。


 そして彼の妻が子を宿して以来、一度も開けることのなかったその引き出しに、ゆっくりと手を掛けた。

 中にあるのは手のひらサイズの黒い箱。

 金文字の意匠が施されたそれは、イギリス産の高級煙草だった。


「……一瞬だったなぁ」


 緩慢な動作で火をつける。

 フィルターから大きく息を吸い込むと、

 目を閉じ息を止め、早過ぎる親離れを噛み締めて、


「はぁ……」


 万感の想いと共に、13年振りの紫煙を燻らせた。



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