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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第一章
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導入 〜美食家たらんとする少女、十六夜称美〜

 皆様、ご機嫌麗しゅう。

 日差しが和らいだとはいえ、秋はまだ遠いですわね。ご自愛くださいまし。


 ……時候の挨拶って面倒ですわ。


 自分でやっといて何ですけれど、でもテンプレートな言葉をテンプレートに交わし合う、そんな表面ばかりで中身のない単純作業に何の意味が?


 もちろん時と場合、そして相手次第では高度な駆け引きが展開されることもありますわ。

 けれど、互いに互いを探り合う挨拶なんて、やっぱり面倒なだけですの。

 それこそ一挨一拶、禅問答じみていますわ。


 そもそも、簡単な対話では測れない価値というものが、この世には確かに存在いたしますの。 

 今目の前にいる御二方など、そんな価値を内包する好例ですわね。


 口下手で無口。

 けれどその分思慮深く、そして一事に専心する熱い熱い、

 何者にも劣る事ない熱量を内に秘めた少女、桔梗トトキ。


 口を開けば不可思議な発言ばかり。

 けれどその根底には、確かな彼女なりの感性と世界観、

 そしてそれを支える濃厚な経験を秘めた少女、日向陽毬。


 息の詰まる学園生活の中で、彼女たちと出逢えたことは、望外の幸運と言わざるを得ませんわ。

 それは(わたくし)が私自身の足で、なりたい自分への一歩を踏み出す、その契機となったのですから。


 そうして思索にふけっていると、傍らで静かに控える初老の、けれど年齢による衰えを感じさせず、むしろ歳の数だけ熟成を重ねた、まるでヴィンテージワインのように円熟した執事、花森がいつもより心なしか、微笑みを深くしているのが目に止まりましたわ。


 常に微笑みを絶やさない彼ではありますが、普段の安らぎを与える笑顔ではなく、それは彼自身が安らいでいる表情にみえましたの。

 常に隙のない彼がそんな顔をするというのは、私にとって少し嬉しくなる事柄ですわ。

 それに、まだまだ子供扱いされる事も多いので…それは、あくまでも私の行いに付随して、キメ細やかで完璧なフォローをされてしまう、という意味ですわよ?

 当然ながら、失礼な態度を取られるという事ではなく、私に至らなさがあればこその、子供扱いですわ。


 ともあれ、そんな花森のちょっとした隙を見つけたのは、はしたないのは承知ですが、少し高揚してしまう事柄ですわね。


「どうしたの、花森? なんだか嬉しそうですわね」

「失礼致しました。少し、若かりし頃が思い出されまして」


 この花森はもともと、十六夜財閥の先代当主であり、世に名を馳せる美食家でもあり、そして私の祖父でもある十六夜暴(いざよい あかしま)、その執事として彼に長年仕えてきた大ベテランですわ。

 その若かり頃とは、おそらくお祖父様と世界を飛び回った時代のことでしょう。


 私も、少しは成長している。

 尊敬するお祖父様に、近付くことが出来ている。


 そのことが嬉しくて堪りません。

 もしも近くに誰も居なければ、ミュージカルのように歌い出したい気分ですの!


「……ふむ、お嬢様」


 つい上機嫌になり過ぎて、無意識に日傘をクルクルと回していたのを見咎められたか、と思いましたが、そうでは無いようですわね。 彼の目線は、私が敬愛する若き釣り師と、一流料理人の卵である御二方を見ています。


 つられて目を遣ると、いつもなら元気に野原を跳ね回って野草や昆虫を採集したり、突然「閃いた!」と言って道端で調理を始める陽毬さんが、今は興味深そうにトトキさんを見つめています。


 かと思えば、今度はこちらの方へ全速力で駆け寄ってきました。


「へい、よいしょっち!」


 彼女の愛称に対する感覚は、かなり独特なものがありますわ。

 更に言えば、その時々で呼び方が変わるのも特徴的ですわね。


 きっと、「名称」というものに興味が無いのでしょう。

 過程を飛ばして本質だけを見つめる彼女らしいですわ。


「イザビー、前に飲んでた海外産の紅茶は持って来てる?」


 どうやら、私の持参している紅茶がお目当のようですの。

 この部では、トトキさんが魚の調達し、陽毬さんがそれを調理する。

 ならば私はというと、御二人を軽く援助するだけで、あとはただただ新鮮かつ絶品な魚料理に舌鼓を打つ、という訳では御座いません。


 主な私の役割はというと、陽毬さんが創り上げた料理に最適な飲み物を提供していますの。

 というのも実は私、経営手腕の修行も兼ねて、飲料開発部門を取り仕切る仕事を実家で任せて頂いておりまして。そこで、ちょくちょく欲しい代物を作って頂いてますの。

 いわゆる、職権乱用というやつですわね。


 けれど、飲み物と料理は切っても切れない水魚の関係。

 お祖父様もそう仰っていました。全くもってその通りですわ!

 それら二つの要素が絡まりあうことで、互いが互いを高めあうのです!!


 それはさておき、紅茶でしたわね。

 

 よく見ればトトキさんは頬を上気させていて、身体もほんの少しフラついているように見受けられます。

 典型的な熱中症の初期症状ですわね。さすが陽毬さん、よく見ていますわ。


 更に言えば、本来は利尿作用のある紅茶を飲ませても、十全な水分補給にはならないので熱中症対策には不向きですの。ですが、この紅茶でしたら利尿作用の元である苦み成分、カフェインが除去されているため、その心配はありません。


 そんな理屈を、曖昧なままに正しく処理して結論に着地する。常に料理人として生き、経験と感覚を磨き続ける、そんな彼女であればこその芸当ですわね。


「花森」

「陽毬さま、こちらをどうぞ」

「ありがとね、イザビー!花森さん!」


 パタパタと駆け出す彼女を、花森と見送ります。

 ついつい二人して、孫でも見るような表情を浮かべてしまいますわ。


 視線の先ではトトキさんに、紅茶と一緒に蜂蜜レモンのキャンディドフルーツを差し出していますわね。

 レモンには疲労回復に効くクエン酸やビタミンBとCが、それを漬けた蜂蜜にはミネラルが豊富に含まれていますわ。さらに、隠し味の塩が発汗によって失われたナトリウムを補完してくれますの。

 まったく、将来が楽しみ過ぎて、保護者目線になるのを禁じ得ませんわ。


 さて、トトキさんも回復して釣り師モードに入ったところで、そろそろ目的地も近付いてきましたわね。


 長い長い砂利道を抜けて視界が開けると、

 そこにあるのは、眼を焼くような輝かしい大海原、

 そして、黒々と険しい磯の岩肌。


 本日の肴は、如何様かしら。

 きっと、昨日よりも美味しいに決まってますわね。

 だって御二方は日々、成長を続けているのですもの。


 そんな溢れんばかりの期待を胸に、三人で海を望みながら、私はいつもの掛け声を発します。


「みなさま、今日も部活動(ライフワーク)に勤しみますわよ!」

「「おー!」」


 私たちの背後では、きっと花森がまた優しく微笑んでいる、そんな気配を察しながら。

 けれど今は悔しさよりも安らぎに包まれて、サカナ部はいつものように、活動を開始いたしますわ!!


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