第拾壱話 賞味いたしますわ~称美 原点回帰~
リムジンに揺られること約10分。
十六夜家の豪邸が見えて参りました。
「……ふぅ」
苦しいですわ。
心に巣食う靄を払おうとしたのに、寧ろ存在感が増してしまうとは。
けれど、存在感を得た事ではっきりしましたわ。
いえ、はっきりしてしまいましたわね。
この靄はクラスメートたちへの嫉妬などでは無いですわ。
ただの不甲斐ない自分への苛立ちですの。
自由に生きる人達を見て、自らが如何に強く縛られていたかを認識したのですわ。
『家柄』などという、ありもしない幻想に。
お嬢様学校の頃は、あれ程忌避していたというのに、世間一般で見れば私も十分に『家柄』の虜囚だったのですわ。
「……ふふ」
情けないですわね。
その正体不明だった苛立ちをぶつけるために、わざわざ無関係な桔梗さんと日向さんを呼び出しておいて、結局こちらが叩きのめされた訳ですから。馬鹿みたいですわ。
「お嬢様、到着致しました」
「……ふふ」
正門を潜り抜けた先、玄関前のロータリーに停車するリムジン。
黒塗りのサイドドアを開けて、丁重にエスコートして下さる運転手の竹口さん。
静かで滑らかな運転に定評がある方ですわね。
お蔭でゆったりと今日の反省ができましたわ。
「いつも通りの丁寧な走行ですわね。感謝致しますわ」
「っ!!……お褒めに預かり、光栄です」
一瞬驚かれましたわ。
そう言えば感謝を伝えたのは初めてですわね。
自分で思っているより、私は高慢であるのかもしれません。
そんな自省の念を抱きながら、玄関扉を開けて下さる竹口さんを見ていた時でした。
「おお、ちょっと見ぬ間に大きくなったのぅ!」
「……お祖父様?」
庭園の方から声をかけてきたのは、物心付いてからは一度も会ったことのない祖父でした。
世界的に有名な美食家で、まだ見ぬ料理を求めて地球狭しと飛び回る、とても破天荒な方だと伺っていますわ。
聞いていた以上に、力強い雰囲気を持っていらっしゃいますわね。
頂点に立つ者のオーラが滲み出ています。
「なんじゃ、ワシのことは覚えとらんのか」
「ええ、申し訳ありませんわ。お祖父様」
私が幼い頃の写真でならば、見たことはあるのですが……。
あと、しれっと心を読んできましたわね。
流石は先代当主ですわ。
一代で食料品部門を十億円規模にまで押し上げた、その手腕は伊達や酔狂ではないということでしょうか。
「ふぉふぉふぉ、ただの酔狂じゃよ」
また読まれましたわ!
今回は気を張っていたつもりでしたが、どうやら仮面を取り繕っても、彼の前では無駄のようですわね。
……そう、取り繕っても無駄、ですわ。
無意識の内に、あの二人のことが脳裏に浮かんでしまいます。
「ほう、何か悩みがあるようじやの」
ちと話してみるといい。
お祖父様は真っ直ぐな瞳でそう言って、無邪気な笑みを浮かべます。
それ瞳は桔梗さんそっくりで、そしてその笑顔は日向さんに似て……
……いえ、逆、なのでしょうか?
精神の深い所では、お祖父様の姿を覚えていた?
だからこそ、あの二人に……?
「……少しお悩み相談、させて下さいまし」
「もちろんじゃ!可愛い孫の頼みじゃしのぅ」
嬉しそうに顎を撫でるお祖父様。
ふと何かを思い付いたのか、少し悪戯っぽく口角を上げましたわ。
「そんじゃ、久し振りにあのゲームでもしながら話をするかのぅ」
「ゲーム、ですか?」
「うむ。壌砥のヤツには内緒じゃぞ?」
その後、お祖父様がこっそり隠し持っていたテレビゲーム機で遊びながら。
これまでの私自身のことをぽつぽつと話して。
それをお祖父様は、一つ一つ頷きながら聞いてくださいました。
カメの甲羅を蹴飛ばす度、ぽろぽろと言葉がまろび出て。
赤帽子の配管工がブロックを叩く度、幼い日の記憶が顔を出す。
話が進むにつれて、配管工も先へ先へと進んで行って。
そうしてハンマーを投げてくる亀と戦う頃には、『十六夜』という大き過ぎる仮面に覆い隠されて、何時の間にか見失っていた私自身を思い出していました。
「……私は私だったのですね」
「ふむふむ。 して、どうするんじゃ?」
孫の成長を喜んでいるのでしょうか。
ニヤニヤしながら私の返答を待つお祖父様。
そうですわね。
一先ずの目標設定は出来ましたわ。
「うふふ、秘密ですわ」
「ふぉふぉふぉ、そうかいそうかい」
また心を読まれたのでしょう。訳知り顏で笑っています。
まあ実際、お祖父様の方が何枚も上手なので仕方ないですわね。
今は、まだ。
「ふぉふぉ。良い面構えになりおったの」
そう言って笑うお祖父様を尻目に、私は早速行動を起こします。
「おや、もう動くのか?せっかちじゃのう」
「御免なさいお祖父様。じっとしてはいられませんの」
お祖父様の部屋から退出しつつ、私は悪戯っぽく微笑みました。




