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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第三章
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第拾壱話 賞味いたしますわ~称美 原点回帰~



 リムジンに揺られること約10分。

 十六夜家の豪邸が見えて参りました。


「……ふぅ」


 苦しいですわ。

 心に巣食うもやを払おうとしたのに、むしろ存在感が増してしまうとは。


 けれど、存在感を得た事ではっきりしましたわ。

 いえ、はっきりしてしまいました(・・・・・・)わね。

 この靄はクラスメートたちへの嫉妬などでは無いですわ。

 ただの不甲斐ない自分への苛立ちですの。


 自由に生きる人達を見て、自らが如何いかに強く縛られていたかを認識したのですわ。

 『家柄』などという、ありもしない幻想に。


 お嬢様学校の頃は、あれ程忌避きひしていたというのに、世間一般で見ればわたくしも十分に『家柄』の虜囚だったのですわ。


「……ふふ」


 情けないですわね。

 その正体不明だった苛立ちをぶつけるために、わざわざ無関係な桔梗さんと日向さんを呼び出しておいて、結局こちらが叩きのめされた訳ですから。馬鹿みたいですわ。


「お嬢様、到着致しました」

「……ふふ」


 正門を潜り抜けた先、玄関前のロータリーに停車するリムジン。

 黒塗りのサイドドアを開けて、丁重にエスコートして下さる運転手の竹口さん。

 静かで滑らかな運転に定評がある方ですわね。

 おかげでゆったりと今日の反省ができましたわ。


「いつも通りの丁寧な走行ですわね。感謝致しますわ」

「っ!!……お褒めに預かり、光栄です」


 一瞬驚かれましたわ。

 そう言えば感謝を伝えたのは初めてですわね。

 自分で思っているより、私は高慢であるのかもしれません。


 そんな自省の念を抱きながら、玄関扉を開けて下さる竹口さんを見ていた時でした。


「おお、ちょっと見ぬ間に大きくなったのぅ!」

「……お祖父様?」


 庭園の方から声をかけてきたのは、物心付いてからは一度も会ったことのない祖父でした。

 世界的に有名な美食家で、まだ見ぬ料理を求めて地球狭しと飛び回る、とても破天荒な方だと伺っていますわ。

 聞いていた以上に、力強い雰囲気を持っていらっしゃいますわね。

 頂点に立つ者のオーラが滲み出ています。


「なんじゃ、ワシのことは覚えとらんのか」

「ええ、申し訳ありませんわ。お祖父様」


 私が幼い頃の写真でならば、見たことはあるのですが……。

 あと、しれっと心を読んできましたわね。

 流石は先代当主ですわ。

 一代で食料品部門を十億円規模にまで押し上げた、その手腕は伊達や酔狂ではないということでしょうか。


「ふぉふぉふぉ、ただの酔狂じゃよ」


 また読まれましたわ!

 今回は気を張っていたつもりでしたが、どうやら仮面を取り繕っても、彼の前では無駄のようですわね。


 ……そう、取り繕っても無駄、ですわ。

 無意識の内に、あの二人のことが脳裏に浮かんでしまいます。


「ほう、何か悩みがあるようじやの」


 ちと話してみるといい。

 お祖父様は真っ直ぐな瞳でそう言って、無邪気な笑みを浮かべます。

 それ瞳は桔梗さんそっくりで、そしてその笑顔は日向さんに似て……


 ……いえ、逆、なのでしょうか?


 精神の深い所では、お祖父様の姿を覚えていた?

 だからこそ、あの二人に……?


「……少しお悩み相談、させて下さいまし」

「もちろんじゃ!可愛い孫の頼みじゃしのぅ」


 嬉しそうに顎を撫でるお祖父様。

 ふと何かを思い付いたのか、少し悪戯っぽく口角を上げましたわ。


「そんじゃ、久し振りにあのゲームでもしながら話をするかのぅ」

「ゲーム、ですか?」

「うむ。壌砥じょうどのヤツには内緒じゃぞ?」




 その後、お祖父様がこっそり隠し持っていたテレビゲーム機で遊びながら。

 これまでの私自身のことをぽつぽつと話して。

 それをお祖父様は、一つ一つ頷きながら聞いてくださいました。


 カメの甲羅を蹴飛ばす度、ぽろぽろと言葉がまろび出て。

 赤帽子の配管工がブロックを叩く度、幼い日の記憶が顔を出す。


 話が進むにつれて、配管工も先へ先へと進んで行って。


 そうしてハンマーを投げてくる亀と戦う頃には、『十六夜』という大き過ぎる仮面に覆い隠されて、何時の間にか見失っていた私自身を思い出していました。



「……私は私だったのですね」

「ふむふむ。 して、どうするんじゃ?」



 孫の成長を喜んでいるのでしょうか。

 ニヤニヤしながら私の返答を待つお祖父様。


 そうですわね。

 一先ずの目標設定は出来ましたわ。


「うふふ、秘密ですわ」

「ふぉふぉふぉ、そうかいそうかい」


 また心を読まれたのでしょう。訳知り顏で笑っています。

 まあ実際、お祖父様の方が何枚も上手なので仕方ないですわね。

 今は、まだ。


「ふぉふぉ。良い面構えになりおったの」


 そう言って笑うお祖父様を尻目に、私は早速行動を起こします。


「おや、もう動くのか?せっかちじゃのう」

「御免なさいお祖父様。じっとしてはいられませんの」


 お祖父様の部屋から退出しつつ、私は悪戯っぽく微笑みました。




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