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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第三章
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第捌話 賞味いたしますわ~称美 吹影鏤塵~


 眩しい朝陽が窓から校舎内を照らす。

 空っぽの教室にはわたくし以外に人の姿はなく、飼育されている観賞魚の影だけが揺れていますわ。


 今の時刻は午前7時00分。

 授業開始には程遠い時間ですわ。

 日の出ている間は、人の動きによって空中に舞い上げられていたほこりたち。

 しかし人の気配が絶えると、それらは重力に従って床へと舞い降り、そのまま静かに眠っている。

 その透き通った空間を壊さぬように、そっと足を踏み出す。


 この静かなひと時を堪能しつつ、教室の後ろにある花瓶へ花を生けるのが習慣ですの。

 お高くとまっていると思われて変に妬まれたりしない為の処世術。

 その一環として始めたのですが、今では欠かせない朝のリフレッシュとなっていますわ。



 県立・・上弦かみつる中等学校。

 わたくしが足繁く通う、この教育機関の名前ですわ。

 ええ、一般的な公立校・・・ですわね。


 小学校までは上流階級のみが通う、所謂いわゆる『お嬢様学校』でした。

 しかし、それでは世間を知らないまま育ってしまう。

 故に、一度は市井しせいようを学ばせるために敢えて公立校へ通わせる。というのが、父上の教育方針だそうですの。


 限られた世界に閉じ込められて、ちょっとした外出もままならなかったわたくしからすれば、まさに人生最大のイベントでしたわ。

 入学前日など、ワクワクして眠ることが出来なかった程ですわね。


 話に聞いていた一般的な世界。

 映像でしか知らない世界。

 わたくしにとってはファンタジーに等しい世界!


 本当に一般の方は『家柄』に縛られる事がないの?

 本当に休日は自由を許されるの?

 本当に下校時は街へ繰り出して、寄り道なるものをするの?

 それらを実際に体験した時、一体どの様な光景が広がるの?


「……うふふ」


 そうして楽しみにしていた頃が、確かにありましたわ。

 現実を知った今のわたくしにとっては、本当に遠い過去ですわ。


 いえ、一般的な世界についての事前情報に間違いはありませんでした。

 ただわたくしが狭量な人間だった、というだけの話ですわね。


 上流階級に属さない方は、多大な自由を謳歌しておりましたわ。

 私が父からの教育を詰め込まれている間に。


 一日中、ずっと勉強部屋に押し込められ。

 外出できるのは社交パーティのみ。

 無論、そこでも有力者たちとの顔合わせばかり。

 初等学校でも、存在するのはライバルたちとの競い合いだけ。

 家の格式を声高に自慢し、派閥を作り求心力を見せ付ける。

 そこにあるのはうふふおほほと表面をつくろった牽制合戦。


 けれど一つの不満も有りませんでしたわ。

 だってわたくしにとっては、それが普通だったのですから。

 他者を導き統べる者の責務だと、恵まれた環境に生まれた者の義務だと思って、当然の様に努力して来ましたし、それを怠る一部の上流階級の人間を軽蔑してすら居ましたわ。


 しかし、そうして自己研鑽をさせられている間に、一般の方々はこれ程までの自由を謳歌していようとは!

 そして大半の方が、有限な時間を湯水の如く空費していようとは!!


 信じられませんでしたわね。

 彼等かれら彼女等かのじょらほどの自由があれば、わたくしならばもっと……。


「あ。称美さん、おはよう。今日も早いね」

「うふふ、おはようございますわ」


 仄暗いモノを持て余していると、朝早く登校してきたクラス委員長である益有ますあり霧子きりこさんが登校されました。


 悪感情を払ってくれて助かりましたわ。

 最近は気が付くと、このような詮無いことを考えている時がままありますの。

 心理学で言うところの不健全状態ですわね。

 早く精神を持ち直したいのですが、学校に来るたびにダメージを受けるので如何いかんともし難いですわ。


「……称美さん。ちょっとお願いがあるんですが、話を聞いてもらえますか?」

「ええ、構いませんわよ。何かしら?」

「ありがとうございます……」


 何か含むところのある感謝ですわ。

 平素へいそからキチンと御自分の芯を持っていらっしゃるのに、この歯切れの悪さは彼女らしく無いですわね。

 どうしたのかしら?


「実は、桔梗トトキさんと日向陽毬さんの事なんですけど……軽く注意してあげて欲しいんです」


 成る程。

 彼女は確かにクラス委員長としての責務を、クラス全体の平和をより良く保つ事にあると理解し、それを正しく果たそうとしていらっしゃいますわ。

 素晴らしいですわね。


 けれどそう(・・)であるか故に、今回の行動はせませんわ。

 自分で言うのもなんですが、発言力の強すぎるわたくしが不用意に注意しようものなら、数人のクラスメートが桔梗さんと日向さんをイジメの標的にしかねませんもの。


 ですからあまり大事おおごとにしない方向で、あくまでも自らの手が届く範囲で、クラス委員長を全うされているのが益有さんですわ。

 となれば、大体の事情は察せますわ。

 大方、問題児をなんとかしたい担任教師の差し金でしょう。

 二ヶ月後には授業参観なるものが控えているそうですし。


 その辺を踏まえて考えると断っても構わないのですが……ただ、わたくしも彼女たち問題児二人と、話したい事がありましたので丁度いいですわね。


「なるほど、承りましたわ」

「あ、でも注意するときは……」


 心配そうに言い募る彼女を遮って、私は微笑みを浮かべます。


「うふふ、心得ていますわ。穏便に済ませますのでご安心を」



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