第伍話 賞味いたしますわ~一献カプリチオ~
トトキさんと2人。
特に何をするでもなく、心地良い雰囲気に身を任せていた時でした。
耳に装着するタイプの通信機から、ピピピッと着信音が響きましたわ。
「うふふ、来ましたわね」
陽毬さんのサポートなどを行っていた花森からの連絡ですわ。
料理のラインナップを報告する手筈になっていますの。
早速右手を耳元に当てて、通信をオンに。
「お嬢様、料理が完成間近にございます」
「偵察ご苦労ですわ。報告をお願い致します」
「鯖の湯引き、水菜、酢味噌を使った前菜。
黒鯛の潮汁。
鯵と黒鯛のお造り。
以上の三種となっております」
どうやら、チヌそのものを活かす品目にしてありますわね。
普段なら少なくとも一品は、チャレンジングな物を創作するのですが……。
「うふふ」
今回はトトキさんの想いの詰まったチヌを、最大限に味わう事に注力した料理構成にしたのでしょう。
素晴らしいですわ!
陽毬さんの独自な料理センスに目を取られがちですが、しかし彼女の積み重ねてきた料理研究は、繊細な味の調和にこそ強く活かされますの。
「うふふふ」
あまりの期待感に、つい身悶えしてしまいますわ!
「……涎が垂れてる」
ポケットの多く付いたジャケットから、ハンカチを一枚取り出して私の口端を拭いてくれます。
「あら、ごめんあそばせ」
「ううん、大丈夫」
顔色一つ変えずに、ハンカチでトントン。
いつもの事だから問題ない、といった反応ですわね。
少し恥ずかしくもあります。
しかし一方で、学校などでは見せない姿を知って貰えている事が、それを当たり前と思ってくれる事が、堪らなく嬉しいですわ。
すっかり口元が綺麗になり、ハンカチをまたポケットに仕舞うトトキさん。
なんだか名残惜しいですわ。
「……で、ご飯出来たの?」
「あ、そうでしたわね」
陽毬さんか腕をふるった、質素な魚料理たち。
それら珠玉の三皿にどんな飲み物を合わせましょうか。
お造りですから、日本酒が王道。少し外して白ワイン、あるいはスパークリングワインも悪くないですわね。
……ええ、私は未成年ですわよ?
けれど味は知っています。
残念ながら、本物ではありませんが。
何を隠そう、十六夜グループ傘下である『満月ドリンクス(株)』の、ノンアルコール飲料部門を統括しているのは、この私ですの!
そこでは、新たなコンセプトドリンクとして、実在する日本酒やワイン、ウィスキーなどを完全再現したノンアルコールドリンクを研究、製造、販売していますのよ!!
料理と酒類は、切っても切れない関係性ですもの。
美食を志すのであれば、絶対に避けては通れないポイントですわ。
……職権濫用?いえいえ、ちゃんと市場調査なども行った上で、この商品は売れる!と判断したからこそ、うちの部門で販売していますのよ?ちなみに市場調査の結果、もしも需要がないと解った場合は私費で開発する気でしたわ。
そんな私情混じりで始めたプロジェクトでしたが、医者にアルコールを禁止された方や、お酒が好きなのに酔いやすい方、アルコールアレルギーの方など、主に『飲みたいけれど飲めない』というジレンマを抱えた消費者に人気が出ましたの。
価格も本物より少し手頃なくらいですから、代用品としても愛用されていますわね。
それと、特典のプレミア商品が大当たりしていますわ!
というのも、稀少なヴィンテージワインや、製造終了となった幻の酒など、数十万~数百万するお酒の再現品も勿論出来ますの。
しかも開発の手間は、一般的なお酒を開発する場合と大して変わりません。
お得ですわね。
そんなお手軽プレミア商品ですが、当然ながら欲しがる人は幾らでもいます。
それらを敢えて販売せず、通常商品に付いている応募券の景品として、消費者の方にプレゼントしていますの。
何せそれら稀少な酒類の価値は、味だけでなく物珍しさにも拠っていますから、大量生産大量消費を行えば、あっという間に飽きられて販売数が激減してしまいますの。
それに、通常のノンアルコールドリンクも売れ難くなりますし。
そんなわけで、あくまでもプレゼントのみで流通させたのですが、読み通りの大当たり!
商品自体の完成度も相まって、それらの商品は飛ぶように売れましたの。
おかげで、元々小さかったノンアルコール部門は急成長したのですわ。
おっと、話が逸れましたわね。
つまりは味が完全再現されたノンアルコールを、あくまでも試飲として好き放題飲むことができますの。
トトキさんと陽毬さんには、試飲して簡単に感想をレポートして頂いています。
テスターとして飲む、という体ですわね。
こちらに関しては、職権濫用の謗りを免れませんわ。
さて。
本日の肴には、何を合わせたものか……悩みますわ。
ここはやはり、米の味わいが豊かな純米吟醸かしら?