第肆話 賞味いたしますわ~星屑サイレント~
日の沈んだ夜空に浮かぶのは、上白糖を散りばめたような綺羅星たち。
その柔らかなスポットライトに照らされて、巨大なチヌと共に薄っすらと微笑むトトキさん。
「チヌ、獲った」
淡々とした、クールな一言。
陽毬さんに宛てたその言葉は、しかし表面的なシンプルさとは裏腹に、眼を見張るほどの熱量が言外に籠められていますわ。
その挑戦的な想いは、私にまで伝わって参ります。
「おっしゃあ!任せろトキりん!!」
感化された陽毬さんが、威勢良く叫びを上げる。
いつにも増して気迫を迸らせていますわね。
素晴らしい!
過去最大の釣果を叩き出し、陽毬さんの心に火をつけて。
ファインプレイですわよ、トトキさん。
今日の部活動はきっと、いつも以上に熱いものとなりますわね!
約40㎝のチヌを手に走り去る、若き料理人の背中をトトキさんと一緒に見送ります。
調理の補助は花森に任せて、私は十全に仕事をこなした我らが釣り師を、しっかり労うことと致しますわ。
……それに「まだまだ釣り足りない」という気持ちが燻っているようですからね。
ちゃんと諌めて監督する必要が有りますわ。
先程から落ち着かない様子で、右見てウズウズ、左見てソワソワ。
今すぐにでも船に飛び乗って、沖堤防へと出発しそうな雰囲気。
あぁ、愛らしいですわ!
でもキチンと注意しなくては。
これもまた部長として、ひいては十六夜としての責務ですもの。
とは言いつつも、微笑ましいという思いは止められませんが。
「うふふ、仕様がありませんわね。まだ釣りをするのでしたら、比較的安全なポイントで行って下さいまし」
「……うん、わかった。まったり釣る」
そんなわけで、比較的に安全な釣りポイントまで移動した私たち。
星明りに薄く照らされ、ゆっくりと揺蕩う小波。
少し遠くから聞こえる潮騒が、岩礁に染み渡っては消えてゆく。
時折聞こえるリール歯車の回転音と、空を裂く釣竿の穂先だけが周囲に緩急を与えている。
穏やかで、ほんの少し淋しい世界が広がっていますわ。
私もトトキさんも、ただ海を見つめて座っている。
そこには言葉も目配せすらも御座いません。
それでも、確かに互いの存在を感じあう。
……何だか感傷的になってしまいますわ。
(折角ですし、日頃の感謝を伝えてみようかしら)
そんな想いが湧き上がった、まさにその時でしたわ。
トトキさんに先を越されたのは。
「……いつもありがとう」
「っ!!」
ま、まさか、あの無口なトトキさんが!
大事なことほど背中で語るトトキさんが!
口に出して感謝の述べている!!
なんて尊い一瞬なのでしょう!!!
嬉しさと驚きが綯い交ぜとなって、ついつい言葉を失ってしまいます。
先に謝意を伝えなかったのは、本当に僥倖ですわね。
「驚き過ぎ」
そう言って少し頬を膨らませるトトキさんも愛らしい。
ついそんな事を思ってしまったのは、ご愛嬌ですわ。
「「……」」
天使の様なトトキさんに呼び寄せられたのか、私たちの間に再び沈黙が訪れます。
そこにあるのは、先程と同じく揺蕩う小波と、淡く聞こえる潮騒の音。
けれど。
なぜか周囲を包む静寂からは、一握りの淋しさが消えて失せて。
そこには不思議な温かさだけが残されていました。