第弐話 賞味いたしますわ~お嬢様マネジメント~
目映い陽光の降り注ぐ荒磯に、波飛沫を従えて立つトトキさん。
相変わらず、画になりますわ。
手にしたロッドには錘だけが下げられている。
いつも通り、海底を探るつもりですわね。
竿先が鋭く空気を裂き、遠方へと錘が投擲される。放物線を描いて飛んでゆき、滑らかに着水して水底へと沈んでゆく。
それを見届けたトトキさんも、静かに意識を海中へと沈めてゆく。
深く集中していらっしゃいますわね。
ただ、釣り以外の事に気がまわらなくなるのが難点ですわね。せめて自分の体調管理くらいは、自分で出来るようになって貰わなくては困りますわ。
このまま放っておけば脱水症状になるまで……いえ、なったとしても気付かないでしょう。
特に今日は、その傾向が強いですわ。
それ程までに彼女の憧れは、プロの釣り師 波澤翠は大きな存在なのでしょう。
「……」
『偉大な存在に挑む』
脳裏にお祖父様の背中が過ぎりますわ。
日傘を握る手にじっとりと汗が滲んだことで、自身が緊張と興奮を覚えていることを悟ります。
私も平常心を保てるかどうか。自信がありませんわね。
なら私は、トトキさんを戒める言葉を持ちませんわ。
今日のところは大目に見るしかありません。
致し方無いですわね。
頃合いを見て、花森に水分補給をさせると致しましょう。
一方で陽毬さんはというと、頭の後ろで手を組んでトトキさんを見つめていますわね。
熱心なその瞳には、眩い対抗心が煌めいていますわ。
互いをライバルと認め合い、互いに刺激しあって高め合う。
美しい関係性ですわ。
普段から料理に対して燃え盛る陽毬さん。
そんな心の炉へと、燃料を盛大に焼べてゆく。
瞳に宿る輝きが次第に増幅され、膨れ上がって……そろそろ動きそうですわね。
「「……」」
勘の鋭い陽毬さんに悟られぬよう、私と花森は緩やかに身構えましたわ。
目線の先で陽毬さんは、傍に置いた巨大リュックを漁り、その場に折りたたみの台を設置しました。
さらに、陽光を反射して妖しく光る包丁と、ヌルヌルと震える様が若干卑猥なコンニャクを「お嬢様」分かっていますわよ!品位に欠けると言いたいのでしょう?理解はしていますが、そう感じてしまうのですから仕方ないではありませんか!
……まあ、花森に読み取られてしまった私に非がありますけれど。
十六夜家には、相手の表情や挙動から内心を予測する読心術が存在致しますの。今は花森のほうが長けていますが、私の方も……おっと、話が逸れましたわね。
陽毬さんがその場で調理を始めたので、安心して気を抜いてしまいましたわ。
どうやら、この磯を離れて何処かへ、具体的には背後に広がる藪の中へ、突入することは無さそうですわね。
もちろん、普段なら自由に動き回って頂いて構わないのですが、本日に限っては少し都合が悪いんですの。
そうして気を揉んでいる間にも、陽毬さんはコンニャクを鮮やかにスライスして……。
「?」
包丁捌きは普段通り、華麗にして流麗。
まるで包丁が勝手に舞い踊っているかの様ですわ。
しかし、出来上がったコンニャクの切身はと言えば、厚みも形状も何もかも、ほぼ全てが不揃いな有り様。
ここから一体何が作り出されると言うのでしょう。
「よし、完成だぜ!」
「!?」
「ただの不揃いなコンニャクですわよ?」
そう問い掛けるよりも早く、単なるコンニャクの切れ端に軽く醤油を付けて、一枚一枚味わいながら口へと運ぶ陽毬さん。
なるほど、そちらのパターンでしたのね。
料理を作るのではなく、料理の研究を行なっていたのでしょう。
おそらくは切り方と味の関連性、それも刺身を想定したものですわね。
肉や魚を使用出来ない精進料理に於いては、代用品として刺身にコンニャクを使用する事がありますの。
そんな事前知識も無しに、さらりとコンニャクを選択するあたり、陽毬さんの高い料理センスが垣間見えますわ。
「ふむふむ、奥が深いんだよ」
瞳を閉じて、しばらく考え込みます。
「……うん、とりあえず方向は決まったかな!!!」
かと思えば、唐突にバッ!と両手を振り上げる陽毬さん。
本日のメニューが定まったようですわね。
一体どんな逸品なのかしら。
想像するだけで、興奮のあまり垂涎を禁じ得ませんわ!!!
「もう、ヨダレが垂れてるよ?」
何時の間にか目の前にまで来ていた陽毬さんに、クッキングペーパーで口端を拭かれてしまいました。
本当に滴っていたようですわね。ごめんあそばせ。
ともあれ。
トトキさんも陽毬さんも、本日の部活動に向けて気力は十分。
あとは、御二人が安心して全力を注げるように、私が少しサポートをするだけですわ。