第6話 料理するんだよ~捌く!その1~
「よっこいしょと」
業務用の広々とした調理台に、どすん!と鈍い音を響かせるチヌ。
空調の効いた室内はヒンヤリしてて、とってもいい感じ。
「最高ですなぁ」
だって外よりも魚が傷みにくい!
クーラー考えた奴には、全力の一皿を振舞ってあげたいっす。
あとは冷え冷えのクーラーボックスも用意してあるし。調理がすんなり出来るように、調味料とか調理道具の配置も済ませてる。
新鮮さを保つ環境は整ってますな!
さらに、チヌ自体も保存状態バッチリ。
だってこのチヌ、気絶状態なんだよね。
死んだように見えて、
なんと!
まだ死んでないんですね~。
「おまえはアヴドゥルか!」
「その思考は、やや不謹慎かと存じます」
花森さんにも心を読まれたんだよ!
なんなの!?十六夜家の関係者はみんな心読めちゃうの!?
当然のたしなみってやつですか?
「ん?」
……ってことは、わたしもトトッキーもサイコメトれるようになるね。
相手の食べたいものが、一瞬で分かっちゃう訳ですな。
「うーん……」
あんまり要らないかな?今でも割と分かるし。
むしろ、『調理道具の声が聞こえる能力』のほうが便利だね。
かなり話が脱線しちまったぜ。
本当に言いたかったのは、死んでないから死後硬直とかも始まってないよ!ってこと。
要するに、鮮度を落とさないための対策は万全!!
でも余裕かましてもいられない。
時間が経てば経つほど、鮮度が落ちるのは間違いないからね!
ここからは頭も身体も、料理人モードに切り替えてくよ!
「早速始めますか、相棒!」
右手に握り締めた包丁(もちろん洗浄済み)に語りかける。
もちろん返事はないので、さっさと相棒の背をチヌに押し付ける。
ーーージャギジャギジャギ!!!
包丁がチヌの上を滑る度に、キラキラと輝く鱗片が舞い踊る。
頭の片隅で「あとで掃除が大変だなぁ」と思いながらも、右手は迷いなくウロコを剥いでゆく。
活け締めで三枚に下ろす動作は、もう何千回もやってる。ほっとけば身体が勝手にやってくれるんだよ。反復練習って便利だね!
それで反対側の頭の片隅では、料理の完成図とそれが出来上がるまでの行程をイメージ。
今回作るのは前八寸と刺身と汁物。
晩御飯が食べられなくなっちゃうから、うちの部では白御飯は無し無しルール!
その代わり、よいしょっちが料理にバッチリ合う飲み物を、ビシッと選択してくれるから大丈夫なんだよ!
お酒とおつまみ的な構成だね。まぁ、お酒を飲んだことは無いんだけれ…
ーーーシャッ!
「うぉお!」
中骨までの切り込みが、一回で完璧に決まった!
大っきい魚を下ろす時には、背中と腹から包丁を入れて、中骨までザックリ切り込む。
今まさに、その工程をやってるんだよ。
簡単そうに見えるけど、きっちり切らないと上手く切り離せない!
そうなると無駄に時間はかかるし、ぬるーい手で身をペタペタ触る時間も増えるしで、もう最悪なんだよ。
だから普通は、失敗しないように何度も切るんだけど…。
ーーーシャッ!シャッ!シャッ!
残り3回分の切り込みも、全部が一撃で完了!!
手応えが全く違う!
今日の包丁捌きは絶好調だぜ!
瞬く間にサク取りも完了。あ、サクってのは「スライスしたら、もう刺身ですよー」って状態の大きい切り身ね。
で、魚体からサクを取り出すから『サク取り』。
修行先の店の板前さんが教えてくれたんだよ!
でも、なんでサクって言うのかな?
とは思うけど、味に関係無いから何でもいいね!
なんてことを考えてる頭は置き去りにして、わたしの身体は腹骨とかを処理しまくる。
「はい出来た!」
上身と下身の背側と腹側、計4枚のサクが完成なんだよ。
さて、上身だけを用意しておいたクーラーボックスに置いといて。
急いでチヌのアラ(頭とか骨とか)を処理しなくては!
頭を割るときは、ちょっとだけストップ。
反復練習はしてるけど、それでも難しいし危ないんだよ。
残ってる頭の片隅も使って集中力を高める。
「ふぅー……」
なけなしの体重を込めて、押し込む!!!
「……ふっ!」
ーーーザグッ、ズドン!
よし。
上手く真っ二つに出来た。
片方の頭は脇に避けといて、他のアラに塩をパラパラ~。
で、取り合えず放置。
こうすることで、水分と一緒に臭みもとれちゃうんだよ。
……って言ってる場合じゃないね。
「スピードアップ!」
ここからもモチロン、時間との勝負!!
刺身を完璧なタイミングで提供するには、1分どころか、1秒1刹那も無駄には出来ないんだよ!!!