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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第一章
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導入 ~釣り師に憧れる少女、桔梗トトキ~

 はじめまして。

 桔梗(ききょう)トトキと言います。

 ……いきなりですが、ここで格言を一つ。


『魚釣りとは、深遠な数学のようなものだ』


 これは、アイザック・ウォルトンという作家の言葉。

 次の釣りに備える時はいつも、この一文が頭に浮かんできます。


 狙った魚を釣るための道筋を立てて、竿を選び、糸を選び、仕掛けを選び、それらを組み合わせて、底知れぬ海中へと投げ入れる。


 それは、最適解を得るための理論を考察して、演算装置を選び、数式を選び、定理を選び、それらを用いて茫漠な自然法則へと挑んで行く、そんな行程に似ていると思うのです。


 でも、そうして試行錯誤をいくら繰り返したって、思い通りには釣れてくれなくて。

 釣りの底知れなさを痛感させられながらも、確かに深遠な数学かもって納得します。


「ふふ」


 でも、そうやって幾度も失敗したって、諦めるどころか「次はあれを試そう」「ここを変えてみよう」ってウキウキしながら再挑戦してしまうのだから、数学者も釣り師もかなり酔狂な人種なのかも。

 自分のことながら、つい笑ってしまう滑稽さです。


 そんな酔人(狂人?)を志す私は、今日も今日とて海釣りに向かっていました。向かっていたのですが、しかし、


「うーん」


 おかしいです。

 いつもなら天候を感じ取りながら、今日の釣りについて戦略を練っているはずなのに……。

 気がついたら釣りそのものについて考えてしまっています。


「どうしたの、トトっちゃん?」


 そういって心配してくれたのは、その小さな身体に、料理人になる夢とアグレッシブさを詰め込んだ元気っ子、日向陽毬(ひゅうが ひまり)ちゃん。


 いつも気の向くままに動き回っているけれど、意外と周りの事をよく見ている。例えるなら、冬の回遊魚みたいな子です。

 一つの事をやりだすと、他の事が頭からポロポロ落っこちてしまう私には、到底マネの出来ないことで、少し羨ましいときがあります。


「上手く集中できない」


 これを言ったのは私です。

 何かを言葉にするとき、語尾をどうしたら良いか未だに解らないのです。

 どんなチョイスをしてもピンと来ないので、いっそのこと断定口調にしています。


 自由な陽毬ちゃんはもちろん、お嬢様の十六夜称美(いざよい しょうび)ちゃんも、疑問に思ってはいないようなので、もう断定口調のままで良いかな、と最近では思ってます。


 ……というか、やっぱり集中できていません。

 なぜ、語尾について考えているのでしょう。

 普段なら今頃、釣りの事で頭がいっぱいいっぱいの筈なのに。


 首を傾げる私に、陽毬ちゃんがまばゆい笑顔を向けます。


「そういう時は、これだよ!」


 彼女は背負った巨大バッグから、水筒と大きなガラス瓶を取り出しました。

 瓶の方には、キラキラする黄色い物体が籠められています。


「それはなに?」

「キャンディードレモンだよ!」


 きゃん……なんでしょう。

 手渡されたそれをよく見ると、それはどうやら輪切りのレモンが、砂糖でコーティングされたもののようです。キラキラしていたのは、表面の砂糖でした。


 取り敢えず、試しに一口。


――――カリッ!じゅわっ。


「んんっ!」


 薄い飴を噛んだような楽しい食感と共に、程よい酸味によって私の唾液があふれ出しました。味わう程に柔らかな甘みが…多分レモンをはちみつに漬けてあるんだと思います。甘すぎず、けど酸っぱすぎもせずで、あいかわらず最高の塩梅です。


 そこですかさず渡された水筒には、香り高い紅茶が入っていました。口内で残っていた砂糖の甘みとわずかな酸味が、紅茶の風味と混ざり合って互いを引き立て合い、そしてほのかな余韻を残して流れ去ります。


 我慢できなくて、もう三枚ほどもらいました。

 舗装されていない砂利道で歩きながら食べているのに、なんだか庭園でティータイムをしているような気分です。


 こんなおいしいものを作れる陽毬ちゃんも、それを最大限引き立てる紅茶をセレクトした称美ちゃんも、やっぱり流石の一言です。負けていられません。



 ……気が付けば、感覚もかなり戻ってきていました。


 普段通りに、周囲の気温を、風の湿り気を、陽射しの強さを、ちゃんと鋭敏に感じ取れていて。

 まるで魔法、いいえ、撒餌で活性を上げられた冬魚みたいです。


「うん、絶好調」


 ばっちり脳内も魚まみれです。


 回遊魚な陽毬ちゃんと、ジンベイザメみたいに優雅さ溢れる称美ちゃんに、レモンと紅茶のお礼を言った後、万全になった五感を駆使して、今日の気候情報を改めて精査してゆきます。


(っ!これって……)


 自然へと意識を傾けると、その瞬間に既視感が襲ってきました。


 この感覚は味わったことがある、どころか、忘れたことはありません。

 これに気が付かなかったということは、本当に絶不調だったのでしょう。


 肌をなめる陽射し、程よく乾いた空気、夏と秋が7対3くらいの外気温。

 間違いない。これは、あの日・・・と同じ。


 彼女に、憧れのあの人に出会った日と、全く同じ気候条件です。


 ついにこの日が来た。


「よし」


 今日はチヌを釣ろう。

 そう決めました。

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