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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第一章
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幕間その1 ~トトキと学校~

 幼い頃に憧れた、あの背中に近づきたい。

 それが私にとっての最優先事項。


 いつも頭の中は釣りのことで埋め尽くされていて。

 不器用な私は釣りとその他を両立することが出来ません。

 何か他の事をしていても、気が付けば釣りに傾倒してしまうのです。


 そんな私にとって、学校という場所は少し悩ましいものでした。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 あちこちで朝の挨拶が飛び交う、始業前の爽やかな喧噪。

 それらを軽やかに泳ぎきって自分の席に着く。


桔梗ききょうさん、おはよう」

「おはよう」


 隣の席の人に挨拶を返しながら、教科書のカバーをかけた雑誌『月刊 釣りの神髄』を机の上にセット。

 さらに机の中にも横幅15㎝くらいある黒いラジカセ(自宅の物置にあった)を押し込んで、手の中にはワイヤレスのイヤホンをこっそり握り込みます。


 これで、授業中に釣りを勉強する環境が整いました。

 いつもの事ですが周りのクラスメートは呆れ顔です。


「……」


 こういう時、少しだけ眉の下がる気持ちがします。

 私は釣りのプロになりたいのです。

 でも学校に行かなくては両親が心配そうにするので、釣りに行きたいのを堪えて毎日登校しています。

 だからこうして学校にいる時点で、私が求めるものは得られているのです。

 もちろんテストの点が悪くても心配されるので、前日にしっかりと予習しています。その時に分からないところがある場合は授業を聞いて、それでもダメなら先生に聞いています。釣りの時間が削られるので予習は必死です。予習にだいたい2時間ほどかかりますが、それで授業の時間は全部節約できます。


 でも、その結果『成績は良いのに不真面目』というレッテルが貼られてしまいました。


「ふぅ」


 そうして呆れられるだけなら大丈夫なのです。

 けれど、中には嫌悪や敵愾心を向けてくる人もいるので、ちょっとだけヘコみます。

 最適だと思える努力をしているだけなのですが、他の人たちはそう思っていないようなのです。


 さらに言えば、敵意のほうが分かりやすくて楽だったりします。

 そもそも関わろうとはして来ませんし。


 一番大変なのは親切心で干渉してくる人たちなのです。


「桔梗さん」


 脳内でも、『噂をすれば影』は適応されるようです。

 さっそく張本人が登校して来ました。


「おはよう、委員長」

「おはようございます」


 折り目正しく礼をする彼女こそが、このクラスの学級委員長。優しくも生真面目そうな目元と、低い位置で括ったツインテールが目印の、えっと名前は…………。


「……?」


 委員長という呼び名が定着しているので、思い出せませんでした。やま……何とかさんだったような。


「どうかしましたか?」

「ううん」


 名前がなんだったか思案していたら、不審がられてしまいました。

 しばらく怪訝な表情をしていましたが、すぐに気を取り直します。いえ、取り直してしまいます。


「そんなことよりも。桔梗さん、ちゃんと授業を受けてください!」

「うーん」


 始まってしまいました。お説教タイムです。


「教壇に立っている先生に失礼です!」

「うむむむ」


「真面目に授業を受けている人も不愉快さを感じてしまいます」

「むむむ」


「どうしてクラスの和を乱そうとするのですか」

「むぬぬぬ」


「もう!唸ってないで、なんとか言ったらどうですか!」


 委員長の言葉はすべて、紛れも無い正論です。

 それでも自分を曲げられない私には、むーむーと唸るくらいしか出来ません。


 そうして持久戦をしていると、いつもの如く休戦を告げるチャイムが鳴ります。

 キーンコーンカーンコーン、と始業を告げる音が響いてきました。


 学級委員長として規範であらねばならない彼女は、困った子を見るような表情を向けながらも自席へと戻って行きました。

 いえ、違います。『ような』じゃない。

 自分がクラスにとって、いえ学校にとっても困った子なのは理解しているのです。


 委員長は別に嫌な人ではありません。

 ワガママみたいな正義感や、自己陶酔したいだけの親切心ではないのです。

 『委員長となったからには責務を全うしよう』という責任感から来る正義と、『クラス全員が仲良く楽しく過ごせたらいいのに』という純粋な願いが、彼女の言葉に乗って届いてくるのです。


 それを思うと心臓のあたりが、アメフラシみたいにぐねぐねしてきます。

 委員長の気持ちに応えてあげたい、とは思います。

 それでも釣り師を目指すこの気持ちは止まりません。


「むぅ」


 担任の先生が話をする中、罪悪感を募らせながらも海洋情報について報じるラジオに耳を傾ける。


 相反する気持ちの混ざり合う、そんな汽水域みたいな日々。

 少しずつ学校が嫌になってきて、どんどん心の眉が下がってしまって。


「桔梗トトキさん、ちょっとお時間よろしいかしら?」


 だからこそ、そんな鬱蒼とした気持ちだったからこそ、私はきっと死ぬまでこの瞬間を忘れない。



「貴女にはクラスの一員としての自覚が足りていないように見受けられますわ」



 心に巣食うアメフラシを全て、遠くの海へと押し流すことになる、その始まりとなった邂逅。

 十六夜いざよい称美しょうびと初めて言葉を交わしたこの瞬間を。



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