第六話 釣りなのです~トトキ vs フグ~
ふぐの出現。
それは悪夢のはじまりでした。
一匹釣れた時点で嫌な予感がした私は、足元に比重軽めの配合エサを四~五回ほど撒きました。
団子にもなっていないエサたちは、海面付近をふわふわと漂っています。
暫くすると……。
「ん」
来ました、ふぐです。
ざっと見て三匹ほど寄ってきました。
放っておけば、あと数匹は来るかもしれません。
これで狙いのポイントにふぐが増えるのを阻止するのです。
まあ、焼け石に水かもしれませんが。
とりあえず、夕マズメと上げ七分の重なる時刻までは、一応まだ余裕があります。
継続して正面の窪みを狙いつつ、しばらく様子を見てみましょう。
―――チャポン
ふぐが釣れました。
―――チャポン
また、ふぐ。
―――チャポン
今度はサバ、でも次はふぐ。
その後も
ふぐ、
ふぐ、アジ、ふぐ
ふぐ、ふぐ、ふぐ、ふぐ、ふぐ
ふぐアジふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐ
ふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふ
「HUGUUUUUUUUUUU!!!!!」
陽毬ちゃんが物凄い全力で上体を反らしています。石仮面でも付けたのかな?と心配になるくらい本気の叫びです。
とはいえ、ふぐの猛攻が始まって三十分が経過しました。
釣れる魚はずーっとこの調子なので、仕方ないかもしれません。
時折右手側の駆け上がり傾斜にも釣り針を入れたり、本命エサをチヌの好物であるサナギに変えてみたりと色々試しましたが、ダメです。ご覧の通り圧倒的にふぐだらけ。
エサも無料ではないので、こうも無駄になるとなかなかに腹立たしいのです。
……そろそろ秘密兵器であるコーンの出番かもしれません。
え、どういうこと?
って思うかもしれませんが、チヌはコーンも食べます。というか何でも食べます。
海の生き物が農産物で釣れるわけあるか!
と言いたくなりますが、『スイカでチヌを釣った』なんて話があるくらい何でも食べてしまいます。
彼らはとにかく悪食で有名な魚なのです。
そんなわけで釣り針にコーンを付けて団子に包みます。
我ながら、ちょっとシュールな仕掛けです。
しかし、これでチヌ以外はエサに無反応なはず。
そうは言いつつもチヌだって、コーンにある程度慣れていないと食べてくれなかったりします。
「ふっふっふ」
しかし問題ないのです。
こんな事もあろうかと、はじめに投げ入れた団子エサには少量のコーンを混ぜておいたのです!
一時間前の私、グッジョブです。
なかなかの策士です。先見の明があります。
早速、コーン付きの仕掛けを投入です。
しばらくすると…
「んっ!」
少し浮きが沈んだかと思うと、一気に引き込まれました。
ついに来た!!!
まだ『片吟の瞳』の発動条件が揃ってなかったので、使用することなく普通に釣りをしていたのですが、チヌが掛かりました!
どうやら本気を出すまでも無かったようですね。
そろそろ狙っていた時合い、夕マズメと上げ七分の頃なのでタイミングもばっちり。
ここからしばらくは、チヌをじゃんじゃん釣りまくるのです!
……そう思っていた頃が私にもありました。
あの後、巻き上げた釣り糸に付いていたのは残念ながらふぐでした。
「なんでやねん」
ついついエセ関西弁が出てしまいます。
陽毬ちゃんの影響かもしれません。
おそらくコーンを事前に撒いたことで、ふぐも慣れてしまったのだと思われます。
策士、策に溺れました。海だけに。
「……」
「どうかしましたか、トトキさん?」
「ううん、大丈夫」
駄洒落がつまらな過ぎて自らダメージを負ってしまいました。
ガックリと膝をつく私に、称美ちゃんが声をかけてくれます。
かなり仕様もない事で、無駄に心配させてしまいました。
ただ、本当に仕様もない駄洒落でしたが、悪いことばかりでもありません。
あまりの下らなさによって思考が冷静になり、改めて現状を振り返ることができました。
そして思い出したのです。
なんと、足元や海底に撒き餌を追加するのを忘れていました。
撒き餌のこまめな調節は、釣りの重要なテクニックなのです。忘れるなんてあり得ません。
さっきまでは、ふぐばかり釣れる状態に陥ったせいで、気付かぬうちに精神が切迫していたようです。
穏やかな心からは程遠い状態では、釣れるものも釣れません。
改めて目を閉じて、凪いだ海に佇む自分をイメージします。
今の精神状態に合わせて、幾つも広がっていた波紋が少しずつ減衰し、やがて疎らになり、そして消え去りました。凪いだ海の真ん中で、ゆっくりと息を吐き出します。
目を開けると、感覚が澄んでいました。
海の照り返しからは、光の繊維が一本一本感じ取られて、潮風からは海の粒子の当たる感触が一粒ずつ認識できます。
もはや、さっきまで思い通りにならなかったはずの海は、両手の中に収まりそうなほど身近です。
いつの間にか、情報は十分に積み重なっていた。そういうことでしょう。
魔眼の解放条件が既に満たされていたのです。
ここからが、私の全力全開。
「くくく」
―――シュバッ!
指ぬきグローブが嵌められた手を、勢いよく前に持ってきてポージングします。
魔眼を教えてくれた人が、「皮肉に笑ってポージングの後、魔眼を解放するといいよ」と言ってたので、ちょくちょく実行してます。
もちろんやらなくても発動できるのですが、割とカッコ良いポージングだなと私個人も思っているので採用しています。陽毬ちゃんと称美ちゃんはいつもの如く微妙な表情で見ていますが、やったほうが少し集中力が上がるので自重しません。
ふふふ、チヌ達よ。
覚悟してください。
―――解き放て『片吟の瞳』




