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プロローグ

一話、二話の次に投稿しました。あれ?って思った方、あなたの記憶違いじゃありません。

 暗闇に、光が灯った。


 光は複雑に組まれた俺の指先から生まれ、そして音もなく空中へ浮かんで止まる。

 焚火が揺れるように、あるいは呼吸を繰り返す生き物のように、その光の強さは刻々と変化し、まるで安定しない。

 ふらふらと、これも不安定な動きで光は言った乗れの目線まで上がったかと思うと緩やかに弧を描いて落ちて行き、どうにか俺の丹田の辺りの高さで浮いたり沈んだりの幅を小さくしながら、やがて止まる。その頃には、光の強さの振幅も、同様にほんの小さくなっている。


 なんとか光が勝手に消えたりはしないようだと判ると、ようやく俺の方の力が抜けた。指の印を解いて固まった手と手を過ぎ合わせて温める。

 体感ではかなり長い間そうしていたような気がするが、実際は数分が精々の所だろう。しかし、疲れた。


 魔術は、精神力を消耗する。


 お嬢様からそうは聞いていたが、聞くのと現実にやってみるのは大違いだった。

 人間はよく自分が持っている精神的な力を過大評価する、と兄弟子の誰かが言っていた。その時の文脈では、つまり今生で何とかしようと思っても実際にはそうはできないという話ではあったのだが、しかし実体として精神力を消費する活動をしてみると、それは身につまされる言葉ではあった。


 ああ、いや。

 精神力ではなく、魂そのものを消費している――の、だったか。


 浅学な身にはどの道理解が追い付かない、異世界の理学の話だ。

 この世界にやってくる時に得た多少のアドバンテージがあるとはいえ、あっさり自家薬篭中のものとしたお嬢様の理解力は目を見張るものがある。


 ゲームをしてたからな、という台詞には韜晦もあろう。

 だが、確かに現実とは異なる複雑なルールを自得するという作業に関して、その積み重ねについて、俺はあの人の足元にも及ばないのだ。

 俺は自分の身体と三尺八寸の棒きれで遊んでばかりいたから。


 剣道馬鹿だったから。

 屠龍之技――とはいいえて妙ではある。


「なあんだ。【屠竜之技ドラゴンスレイヤー】殿は意外に元気ではないか」

「む」


 背後からかかった声に振り向くと、【喰屍姫メリフィリア】がいた。

 キャンプの見張りという名の休息を取らされた俺とは違い、彼女とお嬢様はキャンプへ通じる通路へ魔避けの結界を張りに出ていたのだが、こちらは早く済んだらしい。

 手馴れているというのもあるだろう。

 彼女はこの迷宮ダンジョンで、長い時を過ごしてきたというのだから。


 地族の獣人(アース・エレメント)の証である獣耳が揺れる珊瑚色の髪に、眠たげな瑠璃色の眼。

 琥珀色の肌を包むのは防刃付与エンチャントされた紫水晶うすむらさきのドレスである。佩盾スカート腹巻コルセット、膨らんだ胸板むねあてなどの要所は流石に金属性なのだが、着用者の女性らしい稜線フォルムと不思議に調和している。

 手にしているのは当人の背丈より長い長柄斧ハルバード。刃渡りから柄まで、装飾めいた文様ルーンが細かく刻まれている。


 その物騒な得物をのぞけば、およそ戦いに向いた出で立ちには見えない。

 しかしこれが地属聖人(プ リ ー ス ト)にして斧術使い( ファイター)たる姫騎士(ロ ー ド)にとっては普通なのだろう。立ち振る舞いも堂々とした優雅なものだった。


 ドラゴンスレイヤー、というのは俺の事である。もちろん本名などではない。

 メリフィリア、にしても、本名ではなく通り名の類である。

 この世界にはごく親しい人以外に本名を名乗る習俗はない。丁度、俺たちの世界には裸で出歩いたり、財布の中身をそこら辺でぶちまけたりする習俗が無いように。


 名前は、魔術にとって最も大切な要素だから、この世界では軽々しく教えたりしてはいけない――と、お嬢様からきつく言われている。

 その代わりに賜った仮名が、これである。

 確かに俺はドラゴンを倒したし、本名は屠龍之技( じだいおくれ)の代表例みたいなものだが、しかしこれは少々素面で口に出されるには恥ずかしい。


「そんなに、落ち込んで見えたか?」

「見えたというかなんというか。【神器遣い(アイドルマスター)】が【神器アイドル】を失ったら大抵目も当てられないことになるというのが通り相場なのでな。なにせ心を通わせ魂の一部を共有する仲だ。そのまま廃人と化す者も少なくない。だから、ドラゴンスレイヤー殿が健気にしておられるのは吉祥よ。我ら三人にとってのな」


 三人、というのは無論俺とお嬢様とメリフェリアの事である。

 そのことが、どうにも俺の気を重くする。


「……なあ。あいつは」

「無理だ」


 何も言わないうちから、メリフェリアに否定された。

 反論したくとも、俺には何の材料もない。魔術に絡むあらゆることについて、俺は無知だ。


 俺が知らないことは、仕方がない。今はお嬢様やメリフェリアがいるから問題はない。

 だが、それ以前には、あいつが助けてくれていたのだ。

 気持ちの持っていきようが無くてうつむいた俺に、メリフェリアは幾分言葉を和らげてつづける。


「私にとっても、あれは長年をかけて追い求めた起死回生の一手だったよ。失って惜しくないはずはないし、出来うるものなら取り戻したい。何か費やして取り戻せるものなら、己の命以外は大体差し出したって良いとも思って居るさ。だがな」

「無理なんだろう」

「……うむ、まあ」

「それは、わかった」

「わかったって、お主……」


 なんだか、メリフィリアの方が途方に暮れている。

 なんだか意地悪をしてしまったような気がして、俺はメリフィリアに向き直った。


「別に、無い物ねだりをするわけじゃない。光明があるうちには、諦められるものでもないというだけで」

「そういういい方は、卑怯だぞ」

「だから意地悪をしているわけじゃない。勝った負けたは勝負の常だし、どうしようもない別れだっていくらでもあることは、弁えてるんだ」

「そうか。流石、修羅道(ゲ ヘ ナ)の人間はいう事が違うな」


 今度はメリフィリアがへそを曲げたみたいに俺から目をそらす。

 頬まで膨らませて、実際にへそを曲げたのかもしれない。


「聞いてるぞ。ニホンとかいう貴様の故郷は地震と雷と火山と大山嵐の盛り場であると。冬には豪雪、夏には猛暑、その間には大雨と大風が幾度も襲うと。そしてそんな大事にも、碌々話のタネにもならんと。だから――」

「ああ。俺の家族の時もあんまりニュースにはならなかったな」


 ぽつりとつぶやいた俺の言葉に、こんどこそメリフィリアは目を白黒、顔を赤くしたり青くしたりする。もったいぶった話し方をするくせに、その性根は驚くほど素直だ。

 しまった、と思う。

 普段ならこんな湿っぽくさせることは言わないのだが。やはり俺は少々参っているらしい。


「……【鵬程万里( カラヴィンカ)】めは、そこまでは言っていなかったぞ」

「ああ。こっちこそ不躾だった」

「貴様は、またそういう事を言う……」


 カラヴィンカ、というのはお嬢様の事だ。

 昔からお嬢様と呼んでいる。俺の剣の師匠である人の、娘。故郷では同級生でもあった。


 しかし自分で決めた渾名らしいが、英語ではなさそうだし一体どこの言葉やら。一時期ハマっていたというドイツ語あたりだろうか?

 そんなことを考えていたからか、背後からかけられた声にははしたなくも驚いてしまった。


「そいつはそういう性分だ。死ぬまで治らないよ、きっと」


「……お嬢様」

「カラヴィンカ。丁度よい、お主にも話がある。近う寄れ」


 あいよ、という気のない返事と共に。

 メリフィリアの手招きに応じて、彼女とは反対側の暗闇から一人の少女が光の中へ入ってくる。


 まず目に飛び込んでくるのは、いつもひたりと相手を見据える鳶色の瞳。

 俺も背は高い方だが、お嬢様も男子と遜色ないくらいには背が高い。

 髪は金糸雀色に染めていたのが、長い迷宮暮らしで地の濡羽色が見えてきている。逆に、陽の差さないここでは日焼けも抜けて、懐かしい鴇色の肌に戻っている。


 その頭頂から生えた羽の形をした幻影オーラは、メリフィリアが獣人であるのと同じように風属の鳥人(ウインド・エレメント)であることを示す聖痕だ。この世界へ召還される過程で、天国を見た後遺症なのだという。

 分厚いマントを羽織り、罠除けの錫杖を手にした略式の僧正ビショップ姿だが、山鳩色の制服だけはこの世界に来る前から変わりがない。


「魔除けの魔法はかけてきた。ドラゴン相手に、どれだけ効果があるかは疑問だけどな」

「最低でも呼び鈴が割にはなるさ。来るのが判っておれば、なんとかなるじゃろう」


 四大属性に属する結界魔法は俺には扱えない。

 俺に扱えるのは、剣と、あいつが手慰みに教えてくれた第五属性( ア カ シ ャ)に属する魔力魔術だけである。

 つまり、今の俺に残っているのは光をともすのもやっとな魔術のみなのだ。


「本当に、なんとかなるのか?」

「なんだよ。いつになく弱気だな。どんな局面でも顔色一つ変えずに淡々としてるのがお前の持ち味だろうが。魔術の使いすぎじゃないか」

「実際、それはあるじゃろうな。慣れない魔術はつとに心を蝕む。逆に言えば、慣れじゃ、慣れ」


 からからと笑うメリフェリアは、しかしすぐに表情を真面目なものに戻した。

 そのまま、顔を触れんばかりに近づけてくるのだから俺はつられて後ずさってしまう。


「のう、ドラゴンスレイヤーよ。よくわかってはおらなんだようだが、我らがこの局面を打破できるかどうかは、お主にかかっておるのだぞ?」

「……俺に?」

「そうじゃよ。故に、心して聞け。これよりこの迷宮最後のドラゴンを狩る算段を語る。しかる後に準備をして、決行じゃ」


 それは姫騎士の名に恥じない決然とした物言いではあったが、俺には性急に思えた。

 お嬢様も同様であったらしい。


「待てよ。勝手に独りで先走るな。あのドラゴンの謎を解かなきゃ、私達には為す術がない」


 そう。

 彼のドラゴンを斃すには、その不死身の謎を解かねばならない。

 俺はかつてドラゴンを倒した。それはお嬢様とメリフィリアにしても同じだ。だが、あの最後のドラゴンだけは倒しても倒しても復活するのだ。


 天国を見たことによってお嬢様が得たのは風族の魔法と魔術の叡智、それに【鑑定】の能力である。

 この世界の現象について、この地の生まれであるメリフィリアよりも詳しいはずのお嬢様にさえ分からないという異常事態を、メリフェリアはどう考えているのだろうか?

 はたして、返ってきたのは身も蓋もない言い分であった。


「別に謎でもなんでもない。妾にはわかっておったんじゃよ、お主らに伏せておったことがあるのでな」

「おい」

「怒るな、怒るな。最後まで聞けば致し方なしとお主も折れるさ。そう、これは聞くも涙、語るも涙の話故な」


 反則だ、ミステリの原則にもとる。

 そんなようなことを言っているお嬢様を差し置いて、俺はメリフィリアに話の続きを促す。


「結局、お前は何を黙っていたというんだ?」

「大体全部について、かな」

「全部?」

「この迷宮の成り立ちと、そこに住まうドラゴンについて。かつてこの迷宮にあの魔剣を携えてドラゴンを狩らんとした騎士について。騎士とドラゴンの戦いの顛末と、魔剣の異世界を巡る遍歴について。そして、妾がその魔剣と共にお主らを召還するに至った経緯について。そして、あのドラゴンが不死身である理由について」


 俺は絶句する。

 それは、確かに全部だ。あのドラゴンのみならず、この迷宮のみならず、話は俺やお嬢様や、そしてあいつの所にまでつながってくるのだという。


「って、本当に全部じゃねーか!」

「だからそう申しておろうが、カラヴィンカ」


 急くな、となだめるようにお嬢様をいなすと、メリフィリアは敷物を広げる。

 長くなる話故、と言われて促されれば俺もお嬢様も素直に従う他ない。


 魔術の修行と称して俺に急須ポットを押し付け、加熱の魔法を使わせると、自身の背嚢から何か小さな干し菓子を配る。

 俺が淹れたお茶と共に口に入れなければとても噛み砕けない代物ではあったが、久しぶりの甘味にお嬢様の雰囲気も多少は丸くなった。

 それを見計らってか、メリフェリアは語り始めた。


「カラヴィンカは知っておったな。ドラゴンスレイヤー殿も、言われただろう。この世界で、本当の名は強い魔力を持っている。故に軽軽な事では明かせぬ。それは、自身の最も罪深い所を明かすよりも重大な事だからな」


 どこかで、雷が鳴った気がした。

 もちろんそれは気のせいだ。だが、俺がこの世界に呼ばれたあの時にも、雷が鳴っていた。

 俺とお嬢様が珍しく一緒に下校することになり、あの惨劇を見て、そしてあの夜の最後の惨劇を俺が手にかけたあのときにも。


「――手始めに、妾は本当の名をお主らに明かそうと思う」


 もちろんそれは気のせいだ。

 どこかで、雷が鳴った気がした。

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