この残酷な世界で
なんか楽しくなってやってしまいました。
続編でラブコメしたいなぁとか思ってます
「……今日のところはここら辺にしておくか」
「待ちなさい!!逃がすと思ってるの!?」
交差点に人通りは無く、車の気配も無い。
アスファルトはところどころ剥がれ、まるで激しい戦闘が行われたかのような様相を示している。
「……止められると本気で思っているのか?」
そんな自信に満ちた声にコートの男と相対する彼らは声を詰まらせる。
「……また気が向いたら相手にしてやるよ」
コートを着た男はスゥッと姿が薄れていく。
「待ちやがれ!!」
そんな叫びも虚しく彼はその場から消失した。
「ご苦労だったな」
「……別に気が向いただけだ」
「報酬はいつも通りだ」
とあるビルの最上階で先程のコートを着た男と威厳を持った男性が淡々と会話を進めていた。
コートの男は踵を返し、部屋を後にしようとする。
「気を抜くなよ……我が息子よ」
「……」
返答は無く、バタンとドアが閉まる音のみが部屋に木霊した――――――
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
ベッドがギシギシと音を立てる。
高校生位の青年がベッドの上でのたうち回っているためだ。
「何だこれ!?何だこっれ!!?地獄か!?そっか!!地獄か!!じゃあ、納得だわ!!」
全力で叫ぶ青年のすぐ傍には黒いコートが脱ぎ捨てられている。
そうして一頻り叫んだ青年は枕に顔を埋めて声を押し殺しながらすすり泣き始めた。
「うっ……うぇっ……ひぐっ……」
世に言うガチ泣きである。
「マジ何やってんだろ……俺」
思い出すのはこの世にも奇妙な世界が始まった瞬間のこと。
何のことはない朝のはずだったのに。
そもそも黒いコートを着た男、柳 雄也は至って健全な高校生のはずであった。
成績はそこそこ、部活動は熱心に行うそれなりの好青年。
そんな彼がある朝目が覚めたら、不思議な違和感を感じた。
(あれ?あんな中二っぽいコート持ってたっけ?)
掛けられてる上着の中で一際異彩を放つそのコートは彼の記憶には存在しないものだった。
(まぁ、いっか)
基本的に細かいことは気にしない彼はそんな違和感もスルーした。
そう、ここまではスルーできる範疇だった。
『それでは朝のニュースです。昨晩の魔人ゴーマンですが、無事センレンジャーに討伐されたようです。具体的な被害についてですが――――――』
人生でここまで一度聞こえた物事に対して理解が追いつかなかったことは無いだろう、と雄也はこの時のことを今でも時々回想する。
「は?」
「フン、奴らも懲りんな。もう少し頭を使えばいいものを」
同席していた父は気に入らなさそうに目を細めながら鼻を鳴らす。
「あらあら、いいじゃありませんかあなた。所詮は羽虫ですよ?」
「フッ、それもそうだな」
「えっ」
母はいつものように穏やかに、しかしそれはそれはまた雄也の理解の範疇を超えた会話をいつもと変わらぬ様子でしていた。
「さて、そろそろ行ってくる」
「あらあら、そうですか。今日も遅くなるんですか?」
「あぁ、そろそろあいつらも叩きのめさねばならん」
「えっ」
なんだろう、なんか変だな。そんなことしか雄也は考えられない。
理解の範囲を飛び越えすぎて、厳格な父と穏やかな母の会話が異次元過ぎて、雄也は何も考えられなかった。
「お前にも再び出向いて貰わねばならん、頼んだぞ雄也。……いや、『死神』よ」
「えっ」
ダレデスカ、ソレ?
それからは激動の日々だった。
何故か妙に手に馴染むやたら長い日本刀と中二病全開のコートを羽織って妙な連中と戦ったり、意味の分からない痛々しすぎるコードネームを呼ばれ、コートを羽織るとやたら意味深なことをいうようになってしまったり、五レンジャーが出てきたり、魔法少女が出てきたり、仮面ライダーが出てきたりと日曜のヒーロータイムをごちゃ混ぜにしたかのような世界になっていた。
それだけでも雄也の理解の外なのに、父親がなんかの会社の表向きは社長、しかし本当は悪の組織のボスで、母親が大幹部、極めつけは雄也本人がその組織の特殊部隊を率いる最強の剣士だったと知った雄也は三日学校を休んだ。
むしろそれで復帰できたことを誰かに褒めて貰いたいと本気で思った。
父親は仕事のできるただのサラリーマンだったのに、母親はご近所付き合いをこよなく愛する穏やかな人だったのに、どうしてこうなった。
同様に、妹も弟もなんかの訓練中だった。
特に妹LOVEのシスコンだった雄也はこの事実が何よりのショックだった。
気分はブルータス、お前もか……だ。
弟は別にいい、だが妹よ……お前だけは普通にお兄ちゃんを癒して欲しかったよ……そんな感傷に浸ったのが、学校を三日も休んだ最大の要因だった。
この世界は残酷だ。
「止めなさい!!魔人ミドレイア!!私たちがやっつけてやるんだから!!!」
そう言って二人の少女が何かスマフォのようなものを取り出す。
お決まりの台詞を叫ぶ。
「「ぷるるんぷるるんきらっきらっ★らぶらぶほりでいあまーいショコラ!!なめらかクリームで一掃よっ♪撃滅少女!!ゴディバラブリー!」」
もう少しマシなネーミングと掛け声は無かったのだろうかとしみじみと雄也はビルの陰で隠れながら思う。
いつも思わずにはいられないこの思いを叫ぼうとしても結局はコートのせいで意味深な台詞に塗り替えられるのだが。
「ふんっ、現れたなゴディバラブリー!今日こそ我らは貴様らを殺す!!」
魔法少女相手になんてことを言うのだろうか、あの魔人は。
そう、この世界?はどんなに摩訶不思議でもアニメや漫画の世界ではなく、紛れも無く現実であり、怪我だってただでは済まない。
そんな世界なので悪人達の言葉はアニメとかの悪役より遥かにひどい。
この世界が、根本的な部分は同じなんだということも雄也は日々の中で学んだ。それでも元の世界と一緒で歪んでしまっただけとかパラレルワールドのようなものなのかとか完全な異世界なのかは未だに判断がつかない。
「くっ、強い……」
「ふはははははははははははは!!!!貴様らを倒したらどうしてくれようか!?裸にひん剥いて、吊るし上げてやろうか!?」
流石にえげつなさ過ぎる気がしないでもない。
ところで、今日ここに雄也がいるのはいつものように悪役としているのではない。
いわゆる非番なのだが、雄也以外の本気の悪人は下手するとヒーロー達を殺しかねないのでそういう時は第三者的な立ち位置で助けたりしているのだ。
これが雄也がこの世界を拒否しつつも悪役を続ける主な理由だったりする。
(部活も何故かやってなかったしな)
こっちの方が本命かもしれないが。
(さて、そろそろか)
結局、彼女達は敗北寸前だ。
いつでも飛び込めるように準備をする。
この世界の雄也は実際かなり強い。普通の日常を過ごしていた時より明らかに肉体は強靭で、敵を切ることも躊躇わない。
ありえない身体能力と異常なまでに戦い慣れてしまっているその精神は全てがおかしい。
だが、基本的に楽観的思考な彼はそれすらも『まぁ、いいか』と流してしまった。
そうやって雄也本人は考えている。
そんな思考回路は明らかに異常だというのに。
そんな異常な思考回路をしていても彼は中二病的台詞と振る舞いに深刻なダメージを受けるのだが。
(何も言わないで立ち去れよ……俺っ)
「……そこら辺にしておけ」(言っちまった……いや、まだセーフ!)
静かに言い放つ。
止めを刺そうとする魔人ミドレイアの腕を掴みながら。
「ッ!!!貴様はッ!!?」
「え?」
驚愕に全員の表情が彩られる。
「……勝敗は明らかだ、それに満足しておけ」(まだ……大丈夫だ……)
「死神といったか……何故我らの邪魔をする?邪魔立てするならば、貴様も殺すぞ」
死神は答えた。
「……お前に『死』を見せてやろうと思ってな」(俺が……死ぬ)
刹那、互いの武器が交差した。
「どうした、死神ぃ!!大口叩く割には大したことねぇなぁ!!!」
「……よく喋るな」
ギィン、ギィンと金属が火花を散らしながら激しくぶつかり合う。
魔人の得物は槍、本来刀と槍では後者の方が有利なはずであるのに、この世界、このレベルにおいてはそんな常識を嘲笑うかの如く雄也は攻撃を捌き続ける。
「ほらほらぁ!!!貴様を殺したら、すぐにそこの愚図共も片付けて――――――」
「……本当、よく喋るな」(俺を喋らせんな)
一瞬の出来事だった。
槍が砕けた。他でもない雄也の一閃によって。
「あ?」
「……終わりだな」(よかった……雑魚で)
未だに魔人は理解できていないような表情をする。
否、信じられないのだ。
己の敗北を。
圧倒的なまでの実力差を。
遅れて、恐怖が追いつく。
「ヒッ……」
「……どうする?」(帰れ)
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドタドタ逃げ出すその姿は何処か滑稽だった。
雄也にとって、ここまでは問題ではない。問題はここからだ。
立ち去ろうとする雄也を引き止めるゴディバラブリー(笑)。
「ま、待って!!」
「その……どうして助けてくれたんですか?」
戸惑うようなその声に雄也は心の中でその聞き方は不味いとなんとかして自らが返答しようとするのを押さえ込もうとする。決まっているのだ。こういう時、死神(笑)の自分の返答は殺人的だということを。
「……気が向いただけだ」(頼む!これ以上は止めてくれ!!)
「でも……あなたはッ私たちの……」
「……敵……か?」(何で若干間を空けてんだ!!)
「そうです!あなたは悪人じゃないですか!!……あの人たちと同じ……」
頭にぽんと手を置く。(何やってんの!?俺!?)
「……俺の美学に反するんだ」(美学!?初めて聞いたんだけど、俺美学あんの!?)
「美学……?」
「……そうだ、俺はむやみやたらに殺したくねぇんだ」(死神じゃねぇのかよ!!)
「だったらあたしたちと一緒に戦えばいいじゃない!?」
何かを考えるようにずっと黙っていたもう一人の少女が叫ぶ。
「思い返せば、あんたはいっつもあたしたちにも自分の組織にも無関心で!!どうしてあんたは戦うのよ!?」
疑問を吐き出す。膨らんだ疑問は叫びとなり、雄也の心を揺り動かす。
「……俺の目的の為だ」(いや、目的って何だよ!!あと、微塵も揺れ動いてねぇよ!!)
スゥッと雄也の姿が薄くなっていく。
「待って下さい!!」
「待ちなさい!!何であんたはそんなにも……!?」
少女達の叫びは死神には届かず、虚しく街中に響くだけだった。
(どんだけその場のノリで意味深なこと言えば気が済むんだ!!)
死神は今日もミステリアス。
この残酷な世界で柳 雄也は今日も生きていく。
ライブ感(笑)