秋雨
空には雲が満ちていた。その向こうにある月は新月を過ぎ、姿を見せ始めていた。雲を通り過ぎて地上に届く光は少ない。
雨は止んでいるけれど、地面は濡れたまま乾いていない。微かに吹く風が、湿度を多く含んだヒンヤリとした空気を運ぶ。
閉まっている窓の隙間から室内に入り込む空気を感じ取り、お座敷にある人影が窓の端へ視線を向けた。
「秋の空気か……。秋の雨、秋雨……。長い間……春雨と春巻きを混同していた。ぬぅ、キャベツとレタスの違いに近いのだろうか……。いや、姿は似ていないから違う。う~ん」
微かな月明かりが差し込む暗いお座敷の中に独り言が響く。
「おっと、暗いままだったか。電池式のランタンを付けよう。……まだ電池切れの心配はないだろう!
電池式のランタンに明かりを灯し、それをテーブルの中央へ置く。そして、それを背にしてテーブルに座ると、窓の外へ視線を向けた。
「涼しいというより、肌寒いな……」
そうつぶやくと視線を大き目のダンボールの方へ向ける。そこには薄手の毛布と、いい感じの大きさのクッションが2つ並んで置かれていた。
「10月……。九月が過ぎるの早かったように思うな……。どうも一人だと独り言が多くなってしまうものだ……。地の文の使役能力があまり成長していないということか。最近は文章並べをあまりしていなかったし……当然と言えば当然ですな」
顔を上げて天井を見ながら、姿なき地の文へ語り掛ける。何とも言えない地の文は”お座敷にふわりと気配が現れたと”文章を並べよう。
「どうも! …………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
地の文へ声をかけてから、使い魔を呼び出す呪文を唱えた。
「こんばんは! ……地の文さんもこんばんは!」
「こんばんは」
夜に会った時の挨拶の言葉を言い合う。言い合う二人の距離はいつもより近かった。
「あなたがテーブルに座ってるし、電池式のランタンがあるし……。問題はないよね?」
「そうだね! 問題はない……ないけど、近くてちょっと照れる」
「うん」
使い魔は頷くと、魔術師の隣に腰かける。
「秋ですな~」
「…………秋雨。春雨、春巻き……キャベツとレタス」
「ん? ……いや、ちゃんと知っていれば、春雨と春巻きの区別はつくよ!」
「名前とか似てると混同しちゃうことはよくあるよ」
使い魔は意識的なのか口調が棒読みになっている。
「まぁ、巻いてあるのが春巻きで、なんとなく線で雨を表現した感じのが春雨で……うん。大丈夫さ!」
「大丈夫そうだね!」
笑顔で応える使い魔は、魔術師のそんな一面を知って嬉しそうだった。
「いや……。正直なところ私は普通、誰でも知ってそうなことを知らないことが多い気がする」
「そうなの?」
「まぁ、あまり人付き合いをしてこなかったし。色々と経験不足は否めない」
「……わたしよりは知ってること多そうだけど?」
「そうでもないかな……。……経験不足を洞察力で補っているところも少なくない。その洞察力も衰える一方に感じる……と、弱気なことを言ってみたり! ……君にかっこ悪いところを見せて引かれないか不安だったりしている」
「そうそう引かないと思うよ」
「そう願おう! もし仮に万が一、キャベツとレタスを間違えたとしても引かないでおくれ!」
「う、うん」
使い魔は機会があったら、キャベツとレタスの違いを魔術師にしっかり教えてあげようと思った。
「洞察力があればキャベツとレタスを間違えないようにも思うのだけれど……。知識の偏りのせいもあるのかな」
「二つ並べてあれば間違わない感じ?」
「たぶん。……微妙に姿を変えて片方を置いてあった場合は、少し迷う感じかも……。経験値か! ……ん? 白菜??」
魔術師はキャベツとレタスを思い浮かべて、それが切られて分割されている姿に変化させる。そこになぜか白菜が加わって一人で少し混乱し始める。
「大丈夫?」
「……白菜は大丈夫そう。でも、キャベツやレタスに見えるように飾り付けられたら……ひょっとしたら」
「想像力が豊かだね!」
「ふっふっふ! 結構まじめだけど、こういう何気ない会話も良い!」
「そうだね!」
使い魔は少し肩を揺らしながら笑顔で応えた。
「おお! 肩と肩が触れ合った!!」
「当たっちゃった!」
お座敷の中には、ふざけ合っている雰囲気が漂っている。しかし――――。
「…………」
「…………」
「少し肌寒いですな」
「薄手の毛布持ってくる!」
使い魔は、大き目のダンボールの近くに置いてある薄手の毛布を取りに行った。その後姿を見ながら、魔術師は触れ合った肩に意識を向けた。
「雰囲気か……」
「どうかしたの?」
薄手の毛布を持って戻ってきた使い魔は、薄手の毛布を魔術師の右肩に掛けつつ、自分も同じ毛布に包まる。
「なんでもないさ! こうして触れ合うの良いなと思って」
一枚の薄手の毛布を二人で使っているので、二人の密着している面積は先程より多い。
「温かいね」
「君の柔らかい感じも良い感じで、なんとも気持ちがいい!」
「ちょっと太ったからね」
「いや、細いと思うけど」
「そう? ありがと」
使い魔は何気ない会話を楽しみながら魔術師と触れ合っているところへ意識を向け口元に笑みを浮かべる。
「そういえば……。私はあまり人付き合いをしてこなかったこともあって友人は多くない。その少ない友人の中で一番古い、名を覚えている友人……。数年前、彼に再会して感じたことがある」
「どんなこと?」
「彼も千年を生きているのだなと……」
「千年……」
「再会した頃の私は、あの頃を越えていた。千年といっても、共に……あるいは近くで歩んだ千年ではない。彼は彼だけれど、千年の時はやはり遠いと感じた。ちゃんと聞いたわけじゃないけど、彼は……彼も心辛い日々を生きているのだなと感じた」
「そういうことを話し合ったりはしなかったの?」
「うん。そういうところには、無闇に踏み込んでいいところじゃないと思っているからね。それに、踏み込ませない為の言葉……呪文も使っていたし……。相手から話してくれるなら、それはまた微妙に別だけど」
「人に話したくないこともあるよね……」
「……それから数年。話をしてない。彼には彼の時がある……その時の中でナニカをみつけて、心辛い日々を越える……と、私は期待を抱いた。自分勝手な期待だと思う……。でも、私にとって一番古い、名を覚えている友人……だからこそ期待してしまうのかもしれない。そして、そのナニカを視てみたいと……」
「信じてる……ってこと?」
「うん。なんだか上から目線っぽくなっちゃってるけど。私にとって男の友人として真っ先に思い浮かぶのは彼だから……期待してしまう。まぁ、彼が辛い日々を生きていると感じたのは気のせいという可能性もある。……正直、あの時もっと踏み込んで話をしていれば……と、思う日が来るかもと思うと怖かったりもする……」
魔術師は複雑に絡まり合った表情を浮かべて目を閉じた。
「きっと大丈夫だよ!」
「うん。ありがとう! ……現実の私も文章を並べながら……色々と考えてしまっている。けれど、自分が彼を救えたはず……と思うことは、ただの傲慢にも思える。千年の時は長い……私が知らない彼の時がある。逆に私が何かしたことが悪い方に向かう可能性もある。私とは性格もだいぶ違うし……。私は哀しみの水で、彼は怒りの炎」
「……」
使い魔は何も言わずに魔術師を抱き締めた。その際、微妙に毛布がずれてしまう。
「おお、おお! お胸が当たっておりますよ?」
「ふふっ! 当ててるんだよ」
魔術師がいつもの感じの返しをしてくれて使い魔は嬉しかった。
「お胸の感触で気持ちが落ち着いたよ。彼には彼の時がある。運命なら再び会うだろう……そのとき彼はナニモノになっているのだろう。魔王になっていたりして!」
「魔王って……ちょっと怖そうだね」
「私は魔術師……。一応、魔人という感じとして……。人と王……う~む、魔神になれるかな!」
「神~!」
「まぁ、君は女神さまだけどね!」
涼しい顔をしてサラッと言う。
「……きゅ、急に何言ってるの! ……もう!」
魔術師を抱き締めたまま、顔を上げると目が合う。
「文章並べを手伝ってくれてありがとう! そろそろ今回を終わりにしよう」
「どういたしまして! そんな風に見つめながらお礼を言われると照れるよ!」
「私も照れる! ……お胸の柔らかさをもっと感じていたいけど、薄手の毛布もずれ落ちてしまっているしテーブルの上でしばらく寝転がって休みませんかな?」
「テーブルに腰かけて座った状態から寝転がるあれだね!」
「そうそう。電池式のランタンは窓のところに置いて……」
電池式のランタンを窓のところへ置いて振り向くと、使い魔は大き目のクッションを取りに行くところだった。
「枕があった方がいいと思って……。……これでよしっと!」
「バッチリですな! ……横になる前にこちらに来ていただけるかな?」
「なになに?」
使い魔は何の警戒心も持たずに魔術師の側へ近づく。
「まず、こうして左手を君の背中のやや下へ回し、右手を左手のやや上に回す」
「これって抱き締められちゃう感じじゃない?」
「そうだね! ……思うのだけど、こうして君をギュッと抱き締めるの……とても気持ちがいいと」
「胸が当たるから? ……小さいけど」
「それもあると思うけど、精神的にかな」
「そうなんだ。確かに、気持ちいいね」
「さて、では……帰る前にテーブルに横になって少し休むとしよう」
「……うん」
使い魔は、魔術師に手を引かれてテーブルに腰かけ横になる。
そして、一枚の毛布と一つの大き目なクッションを仲良く使ってしばらくやすみ、そして帰っていった。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




