ボディーランゲージ
夏の暑さが和らぎ始めてしばらく経った時期。空は曇っていて、時折降る雨は地面を濡らしている。雲の向こうの月は中秋の名月を過ぎ、その姿を隠していく。
夜のこの世界は雨の手伝いもあり、この時期にしては肌寒い。
この世界の月は、現実の月よりも明るい光を降らす。雲を通して降り注ぐその光は、現実の晴れた月夜よりも明るい。そんな夜の中に、明かりが見える。それは窓からこぼれている光。
窓の中の室内には人影が一つあり、ボンヤリと空を眺めていた。その先には雲に隠れた月が滲んで見えている。
「今年も夏は過ぎて行く……」
テーブルに腰かけているその人影は、そうつぶやくと足元を見る。
「畳を外して石の床を出したこの場所……。ちょっと狭いけれど、プール的なのを置いて君とキャッキャしてみたかったように思う」
ここには今、人影は一つ。独り言……。
「しかし畳の一畳分の広さは、イメージするプール的なのを置くには狭い。置ける大きさの水を入れるものを考えると……四角……水槽。う~む、水槽を置いたとして……プール? ……何かが違うように思う。水槽だとすると、金魚とか……。そう考えると、水遊びではなくなってくるのか……」
人影はわざと眉間にしわを寄せながら独り言を続ける。
「水槽に金魚……。あの、あれだ……確かあの……ブクブク? も必要になってくる。……いや、別にここで金魚を飼おうといういうわけではなくて――――ん?」
独り言の途中で、ふわりと現れた気配に気付いた。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
人影が呪文を唱えて振り向くと、そこにはテーブルの中央辺りに座った使い魔がいた。
「こんばんは。なんだか久しぶりだよね!」
「こんばんは。そうだね」
使い魔の挨拶に魔術師は応える。
「…………キャッキャするの?」
自分が来る前の文章を読んで、とりあえず聞いてみる。
「プールの時期は少し過ぎてしまった感じがする。ので、君をくすぐってキャッキャ言わせるのも有りなのだろうかと、少し思ってみた」
「くすぐられるのはちょっと苦手だけど……」
苦手と言いながらも、内心ではくすぐり返してじゃれ合うのも楽しそうだと思っていた。
「そ、そうか! 反撃もありうるのか!? ……ああ、ふと外に目を向けると雨は止んでいる。現実での時間がまた過ぎたようだ」
魔術師は地の文を読みながら台詞を並べる。
「本当だ! ……今年も秋だね」
「そうだね。……秋。夜も長くなってきている。この夏はあまり文章並べの練習が出来ていなかったこともあるし、頑張らねば!」
「忙しかったの?」
「まぁ、それもあるし、日に当たる時間も増えてボンヤリしてしまうことも多かった。と、いうのもあるけど、現実の私が部屋の片付けをちょっと本格的にやっていたことも理由としては大きい」
「どうしてお部屋の片付けを本格的に始めたんだろう?」
尋ねながら使い魔は、テーブルの上に居座っている状態から、魔術師の左隣に移動して、テーブルから足を下して腰かける格好になった。
「感じ的には、なんとなくかな。まぁ、きっかけは色々あったかもしれない」
「きっかけ……。何だろう……夏と関係あるかな?」
「風通しをよくしようとしてね!」
「そ、そうなの!?」
「いや、その……冗談です。……そこそこ前に、通っていた中学校を自転車に乗りながら眺めて、色々思い出したりしたんだ。あの頃は、中学三年生の頃を……ある意味では目指していたのだろう……過ぎ去った過去に戻りたくて、自分の魂を失くしてしまう前に戻りたくて」
「……今も戻りたい?」
「ふむ、ボディーランゲージで答えると……こんな感じですかな!」
魔術師は、使い魔の左肩へ左手を回して抱き寄せた。
「お話の流れからなのかな。なんだか、こうされるのいつもより照れる」
無意識に照れた表情を隠そう左手が口元へと動く。
「おやおや、可愛らしい!」
「……。……」
使い魔は何か言おうとしたけれど、黙って魔術師の言葉を受け取った。
「中学三年生の頃を思い出して考えた……。あの頃の私にとっては重要で大切なモノだった。けれど、今の私にとっては? ……失くした魂がなくてもあの頃を越え、更には失くした魂を見つけて上手く馴染んで久しい今はの私には? ……あまり難しく考えなくても、上手く納まる答えは見つかったよ。その記憶は大切だけど、重要ではない。……と。まぁ、そんなこんなでお部屋の本格的な片付けが幕を開けたのでした!」
「あの頃という頃のあなたに、わたしが出会うことが出来たら力になれたかな?」
魔術師の話を聞いて、使い魔は真面目に聞いてみた。
「もちろん! 君がいればあっという間に解決さ! ……と、言いたいのだけれど、あの頃の私には誰の声も届かない……聞こえるだけ。届かない……。でも、今の私には大切な力になっている。ありがとう!」
使い魔は聞き終わると大きく息を吐いた。
「上げて下げて上げる……三段階。これは魔術?」
「効き目はどうかな?」
そう聞き返す魔術師の表情を見て使い魔は――――。
「ボディーランゲージ~!」
と、明るい声を出しながら魔術師に抱き着いた。
「なかなか強引な動きですな!?」
「……ちょっと、わたしらしくなかったかな」
何事もなかったような表情をしながら使い魔は座り直した。
「そうかもしれないね。……うむ、しっかりと覚えておこう!」
「そこは、見なかったことにしようって感じじゃないの!?」
「いいではないですか! ……まぁ、ちょっとビックリしたけど」
「だって、あなたの表情が真面目で、なんでかキュンとしちゃって……」
「そうだったのか! ……私も君の照れた表情にキュンと来てしまうぅ~!!」
魔術師は右手を自分の胸に当てて悶える演技をする。
「演技なんだ……」
「悶えるよりじっくり味わいたいし。……自分の右手を胸に当てるより、君を抱き締めた方が、より美味しそうだなぁ~」
「何かエッチなこと考えてない? 真面目な表情もするけど、あなたが変態なことも知ってるのよ!」
「ぬぅ? 語尾がいつもと感じが違うような?」
「気のせいでありませんことかしら?」
「き、気のせいだったか! ……えっと、なんだったっけ……。ああ、そうそう、と、いうことで、あの頃の品々を片付けることにしたのですよ。心機一転……。あの頃は人に戻るため……そしてこれからは人を越えるため……進みたいものだ」
「人を越えるって……」
「おぉぉ、微妙に引かないでおくれ!? 私にとっては、より魔術を極めていこうという感じだから。ほら、私は魔術師だし。ちょっとキツイ運動をしたり、考えを深めていこうという感じで……」
「わたしは邪魔になったりしない?」
使い魔は引いていた訳ではなくこの台詞のことが気になっていた。
「私の目指すところは高みではなく深みにある。深みに沈むほど深い闇……。今は闇をあてもなく彷徨う必要はない。君を意識していれば変に迷ってしまうことはないだろう! なので、君がいると安心出来る!」
「……ふふっ!」
笑顔の使い魔は、もう一度ボディーランゲージと言いながら抱き着こうかと考えていた。
「それもいいけど、座っているのも疲れてしまった。少しゴロゴロしたい……ご一緒してくれますかな?」
「もちろん!」
「ではでは……」
魔術師は立ち上がると、使い魔に手を差し出す。その差し出された手に自分の手を乗せて立ち上がる。そして二人は、二つ並べて置いてあるいい感じの大きさのクッションの上に横になる。
「涼しくなって来たし、何かかけないと風邪ひいちゃうね」
使い魔は、大き目のダンボールに手を伸ばして、そこから薄手の毛布を取り出した。
「では、準備も整ったので、少し休むとしよう……。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして!」
一枚の薄手の毛布を二人でかけて横になり、話をしたりしなが休んでから帰っていった。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




