退ける呪文
季節が進み、夏の暑さを帯び始めた空気。しかしまだ、夜の空気は涼しさを感じる。空にある月は、新月を過ぎて少し姿を見せ始めていた。
少し姿を見せている月は、現実の世界の月よりも明るく地上を照らしている。
月の光に照らされた世界、その世界にある建物の窓から違う光が漏れていた。開いた窓辺に置かれたその光は、風が触れても揺れないものだった。
「電池式のランタンですので……」
窓辺に現れた人影はそうつぶやいた。
「このお話は登場人物が地の文を読める設定です」
月を見ながら独り言をいう。
「さて、大体片付いたかな」
視線を月から室内に戻す。そこはお座敷と呼ばれている場所で、人影が振り返った先には絨毯が衝立のところまで丸めて置かれている。
テーブルがお座敷の端に立てて置かれていて、普段転がっている毛布やクッションなどは、大き目の段ボールに放り込まれていた。
「ちなみに、この窓のところの足元にあった畳は、移動してある。すぐ隣の畳の上に! そして、その上に片付けないでそのままだったストーブが置いてある」
人影は、台詞で部屋の状態を説明する。
「このところ、大き目なコップに蝋燭を入れて明かりを確保していたけど、火は熱いし、片付けで倒したりしたら大変だから……なので、電池式のランタンです」
月の光とランタンで照らされるお座敷の中は、読み書き出来るくらいに明るい。
人影が視線を立てかけてあるテーブルの方へ向ける。そこには、水の入ったバケツと新品の雑巾があった。
「さて――――」
一歩踏み出そうとした時、お座敷の中にふわりと気配が現れた。その気配は姿のないまま辺りを見回す雰囲気を漂わせる。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
人影がおもむろに呪文を口ずさみ、振り向くとそこには使い魔がいた。
「こんばんは!」
「こんばんは!」
笑顔の使い魔に、人影……魔術師も笑顔で挨拶をする。
「…………」
使い魔は笑顔からいったん表情を隠し、少し頬を膨らませる。
「どうなさいましたか?」
「わたしも片づけ手伝うのに……。一人じゃ大変だったでしょ?」
室内の状態に不満があるようだ。
「そこそこね。でも、結構暑くなってきたし、夏に合わせた環境作りは外せない」
「なおさら、わたしも手伝った方がいいはずじゃない?」
少し怒っている理由は、一緒に片付けがしたかったからだった。
「忘れないうちに、魔術師っぽいお話を並べてみたかったんだよ。ごめん……」
「……そうなんだ」
使い魔は自分が少し怒ってしまっていたことを少し恥ずかしいと思い直したりしていた。
「実は、まだやることが残っているんだ」
「それは、わたしがやるね!」
使い魔の明るい声が響く。
「お願いしよう……」
魔術師はバケツの方へ進み、バケツの水で新しい雑巾を水に浸してから絞る。
「どこか拭くの?」
「うん。そこの畳を外した石の床をね。それほど汚れてないと思うけど、綺麗に拭いておこうと思って」
使い魔に雑巾を渡しながら言う。
「じゃあ、拭くね」
雑巾を受け取った使い魔はしゃがんで石の床を拭こうとする。
「ああ、雑巾がけのフォームを確認しておこう」
「……ふぉーむ?」
畳が外されている一畳分のスペースを見て首をかしげる。
「うむ、まず雑巾を石の床に置く」
「こう?」
普通に石の床に雑巾を置く。
「次に両手を雑巾に乗せる」
「乗せたよ」
使い魔はしゃがんだ状態で両手を雑巾に乗せ、魔術師が何か変態なことを考えているのだろうと思い、なんとなく予測する。しゃがんだ状態の自分の正面に回り込んで、スカートの中を見ようとするのだろうと……。
「それもいいですな! ……しかし、今回は……」
それを聞いて、使い魔の思考がめぐる。『魔術師っぽいお話』、『雑巾がけのフォーム』この二つに何か関係があるのだろうか? と。
「雑巾がけのフォームは重要なの?」
「か……こほん。……左右どちらでもいいので、足を軽く後ろに伸ばして、お尻を上げる」
何か答えようとしたけれど、言いとどまり、使い魔の後ろへ移動してフォームの指示を出す。
使い魔は、左足を後ろに軽く伸ばしお尻を上げる。
「こ、こうでいいの?」
「うん。いい感じにワンピースにお尻のラインが出ていて、実にグットな感じだ~」
魔術師の口調は感動で彩られていた。
「えっと、雑巾がけのフォームの確認って必要? これくらいの範囲なら、普通に拭いた方が早いと思うけど?」
「……正直に言おう。ただ、君のお尻が見たかったんだ。シャイなので直球で言えなかったのだよ」
「……」
使い魔は無言で顔を魔術師の方へ向ける。
「それは軽蔑の視線ですか?」
「……違うよ。あなたが変態だってこと知ってるから、大丈夫だよ。……石の床を拭くね」
使い魔は普通にしゃがんで石の床を拭き始めた。
「えっと、大き目のダンボールにしまったクッションとかを出しておこうかな」
魔術師は使い魔を怒らせてしまったかもしれない……と、内心、心配していた。それもあって、クッションを並べながらも、意識を使い魔の方へ向けている。
「雑巾……少し黒くなってる。ちょっと汚れてるみたいだね」
「そっか、ありがとう。助かるよ」
「うん」
使い魔は特に怒っていない。雑巾で石の床を拭く使い魔が思っているのは、魔術師にお尻が大きいと思われたのだろうか……足が太いと思わなかったかな……だった。
「そんなことはないよ!」
地の文から使い魔の心情を読んで言う。
「大きいよ……」
「正直なところ、かわいいお尻で私は本気で感動した!」
「それはそれで、恥ずかしい……。……床、拭き終わったよ?」
「ありがとう。では、雑巾を頂こう」
「わたしが雑巾をすすぐよ」
魔術師の方へ顔を向けずにバケツの方へ向かい、バケツの水で雑巾をすすいで絞る。その後姿を見ていた魔術師は、改めて感動を覚えていた。
「なんだか、君の後ろ姿を見ていたら、華奢で大事に扱わないと壊れてしまいそうだと思った」
「実は結構、丈夫だったりするよ?」
「そうなのかな?」
振り向いた使い魔にタオルを差し出しながら言う。
「ありがとう。あれ? 月の光が強くなったかな」
「ふむ、どうやら現実での時間が流れたようだね……。そのタオルは、そこの立てかけてあるテーブルの足に掛けておいてくれたまえ~」
両手を立てかけてあるテーブルへ向けて、少しおどけて言う。
「…………魔術師っぽいお話って、どんなお話し?」
立てかけてあるテーブルの足にタオルをかけ、振り返って魔術師を見て聞く。
「まぁ、それほど期待するほどのことじゃないよ。たいてい自分が思いついたことなど、誰かがすでに思いついている……。とりあえず、大き目のクッションを並べましたのでゴロゴロしましょう!」
「うん」
二つ並んで置かれている大き目なクッションに二人は横になった。そこからも窓の外の月がよく見える。
「では、まぁ、お話ししてみよう。……最近、何度か聞いた言葉……以前にも何度も聞いているけれど…………憎しみは憎しみしか生まない……という言葉」
「それ、わたしも聞いたことある」
「復讐は憎しみしか……という、バージョンもあったかな。まぁ、それはそれで……。……憎しみは本当に憎しみしか生まないのかな?」
「……う~ん」
「印象としては、憎しみは扱い難いモノに思える。単に、私の好みじゃないだけかもしれないけれど」
「モノ?」
使い魔は、魔術師の台詞の中の、憎しみを”モノ”と表現して並べた部分が気になった。
「憎しみを擬人化……。憎しみは、孤独と違って大人しくはないからね」
「憎しみさん?」
「まぁ、そんな感じで。……えっと、私は召喚と使役を駆使するタイプの魔術師……という設定だったっけ? ……まぁ、とりあえず、そこをもとにして話を進めよう。使役……現れたモノによっては、扱いきれず、どこかにいってしまったり、逆に自分が操られたりしてしまう」
「わたしのことは扱いきれてる?」
「仲良しであることは確かだと思う」
「ふふっ!」
使い魔は楽しそうに笑い声を出した。それにつられて、魔術師も微笑む。
「これはこれで、逆に操られてしまう気も……。……こほん、とりあえず私は、憎しみが憎しみしか生めないとは思わない。憎しみは、力を生み出す。それが生き続けようとする力にもなる。それが幸せなのかはともかく、力を生み出すことは確かだ。その力を上手く扱えるかが重要」
「魔力?」
「ナニカを憎むことによって、憎む自分を認識し、それを自分と信じる。そこに魔力が生まれる……感じかな。憎しみに憑り付かれた人間も怖いけど、憎しみを使役する人間は……もっと怖そうだ」
「あなたは、憎しみさんを使役できる?」
「う~ん、私の中で、憎しみが力を維持出来るのか微妙だな。哀しみが、その力を中和させてしまうだろうし……。使役は出来るけど、憎しみらしさがない感じかな」
「そうなんだ。……わたしのこと憎んだりしないよね?」
「君を憎む? ……憎む……。う~~~ん。イメージしずらいな。愛が憎しみにかわる……。う~~~~ん。かわる? うーん」
「難しく考えなくていいよ? なんとなく聞いてみただけだから」
使い魔としては、ちょっと言ってみただけの台詞だったので、真剣に考える魔術師に悪いことしたな……と思っていた。
「とりあえず、君と過ごした思い出や記憶を憎しみにかえるのは無理そうだ。……君との付き合いも結構長いし……難しい。そもそも、憎むより哀しくなるだろうし……」
「……あまり言うの得意じゃない気がするけど……。あなたは、わたしのこと好き?」
「もちろん好き!」
使い魔は話の流れを変えることが出来たと、なんとなく感じた。そして、更に続ける。
「定番のも言ってみるね……。わたしのこと、どれくらい好き?」
「自分と同じくらいかな!」
「えっと、その答えは喜んでいいのかな?」
「もちろん!」
「わーい!」
使い魔は喜んだ。
「ありがとう。君の明るい所も好きだな!」
「えへ!」
照れを隠しながら笑い声を出してしまう。
「さて、”憎しみは憎しみしか生まない”という言葉……。これは、憎しみを退ける呪文としては。効果的だ。憎しみを上手く扱える人間は多くない。……なかなか優秀な呪文だと思う」
「憎しみさんを退ける呪文……。ちょっと憎しみさんが可愛そうな気もするけど」
「私は、孤独を理解してあげることが出来た。私にとって、孤独はすごく優しく視える。…………人は一人では生きていけない……。この呪文で孤独を退けることも出来る。まぁ、状況によっては、孤独を退けたそこにナニカが現れるかもしれない。まぁ、孤独を退けなくてもソイツは……」
「ナニカ……ソイツ? って何モノなんだろう」
「ソイツも孤独も憎しみも哀しみも、私の認識では神レベルのモノ……かな。高位の」
「神様なんだ」
「七つの大罪に対応する悪魔と似たイメージなのかな」
「七つの大罪……。あなたは色欲かな?」
「いや、私的には怠惰かな」
「エッチな変態さんなのに?」
「基本は紳士だと思うので! ……結構、面倒くさがりだし。……君はどれだろう?」
「わたしも怠惰かな。眠るの好きだし」
「なるほど! では、一緒にゴロゴロしながら転寝もしませんかな?」
「する~!」
元気に台詞を並べながら、使い魔は体を魔術師の方へ向けた。
「では、そろそろ今回を終わりにしよう。文章並べ手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして!」
いつもの終り際のやり取りをする。
「このあと、もうしばらく、引き続き一緒にゴロゴロ、転寝もしたりしてから帰りましょう!」
「そうしよう!!」
台詞の通りに、二人はもうしばらく、引き続きゴロゴロしたり、ちょっと転寝したり話したりしてから帰って行った。
という感じに、今回を終わりにしよう。




