柔らかくほのかにかにかすんで
空は曇っている。その雲の向こうには満月になりかけている月があり、雲を通しても世界を明るく照らしていた。
月の光で照らされる地上は濡れている。雨が降り注いだ跡……空を覆う雲に隙間が見えるけれど、雨はまだ降るかもしれない。
夜の涼しい温度と雨による湿度が相まって、ひんやりとした空気が漂っている。その空気は開いた窓から室内に流れ込んでいた。
「満月が近いのか……時の流れを早く感じる今日この頃だ」
窓の近くにあるテーブルに腰かけた人影は、曇り空を眺めながら台詞を並べる。
特に表情を浮かべずに空を眺め続けていると、衝立で囲まれた空間、お座敷と呼ばれているこの場所に、ふわりと気配が現れた。
姿が見えず気配だけのソレは、テーブルに座る人影の周りを漂う雰囲気を感じさせる。
「お行儀が割るけれど、ご遠慮なさらずにテーブルに乗ってしまうといい! ……ちょっと丁寧に言ってみました!」
独り言を言う人影の台詞に応えるように、ふわりと現れた気配はテーブルの上へ移動する。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
背後にいる気配に対して台詞を並べた魔術師は、少し体をひねりながら後ろを振り向く。
「こんばんは」
そこにはテーブルに座った使い魔がいて、微笑みながら挨拶をした。
「やぁ! こんばんは」
魔術師も笑顔で挨拶をする。
「ちょっと久しぶりな感じがする。……夢なのか、ゴールデンウィークは疲れた。というお話をしてた気もするけど……」
「それは、文章並べをする現実の私がしまい込んだお話しだね。まぁ、夢ってことにしてくれたまえ!」
「うん」
使い魔は素直に頷いた。
「さて、今回は――――」
魔術師は台詞を並べながら立ち上がる。
「――――君も隣に立ってくれるかな?」
「隣に立つの?」
静かにテーブルの上を移動して、足を下す場所を注意深く確認してから下りる。
「何故足元を確認?」
「なんとなく、罠があるかも? って思って」
身の危険を感じていないけれど、周りを見渡しながら答える。
「罠かはともかく、私がしたいことを有利に進めるための状況への誘導ではある」
「したいことって?」
警戒というより、好奇心を含んだ口調で尋ねる。
「うむ、まずこの右手をこうして――――」
台詞を並べながら、右腕を使い魔の背中に回す。
「――――そして、君を抱き寄せる」
「抱き寄せられちゃった」
魔術師がしたいことが何なのか解っても、使い魔は特に抵抗するそぶりを見せない。
「おやおや、逃げるチャンスを失ってしまうよ?」
「えっと……きゃー! 逃げ遅れてしまいましたわ!?」
棒読みの台詞を並べて、少し体を揺らし抵抗している風を装う。
「ふははは、もう逃げられないぞぉ~!」
魔術師も棒読みの台詞を並べる。そして、左手を使い魔の腰に回して抱き締める。
「……どうして、こうしたかったの?」
使い魔も魔術師の背中に両手を回し、優しい声で聞く。
「君を抱き締めたくて仕方なかっただけ。……なんだかこの満たされる感覚が素晴らしい!」
「わたしもギュッとされるの好き」
使い魔は体の力を抜き、魔術師に身を任せる。
「あまり力を抜きすぎると、力強く抱き締めてしまうよ?」
「痛くしないでね! ……なんちゃって!」
台詞を並べ終えてから使い魔は、魔術師の癖を思い出した。照れた時に余計な一言を付け加える癖を……。しかし、自分が並べた余計な? 一言はこの場合はどうなのだろう? と、魔術師に抱き締めながら頭の片隅で考えていた。
「今回も君は良い匂いだ~! 満たされ、安らぐ……これも幸せだな~!!」
「お風呂上がりだけど、ちょっと恥ずかしい」
「おお! 恥ずかしがる感じ可愛い!」
魔術師はそういうと深呼吸をした。
「もう! 深呼吸しちゃダメ!!」
怒った感じを出そうとした口調だけれど、どことなく甘えた感じの色があった。
「ははは! ……おや、満月が少し過ぎたかな」
笑い声を出して使い魔の背中を撫でながら視線を窓の外へ向け、空の月を見つけて言う。
「本当だ! ……その撫で方は何か探してるの?」
「うむ、服の下に装備する布の存在をね……」
「見つけれたかな?」
魔術師が、探しているものを見つけたことを知りつつ聞いてみる。
「う~む、念のため君のお胸の辺りを探してもいいだろうか?」
魔術師は抱き締める力を緩めて、少し距離を取って尋ねる。
「ダメ」
短く言うと魔術師に背中を向け、一歩移動する。しかし、すぐに首を曲げて魔術師の様子を窺う。
「ダメか~。では、お尻の辺りを探してもいいかな?」
視線を使い魔の背中から下の方へ移動させながら冗談っぽく聞く。
「……ゴロゴロしたいな~」
使い魔は聞こえなかったふりをして、大き目な段ボールが置いてある少し広いところへ歩き出した。
「あ、あの、ごめんなさい。ちょっと変態な感じをこじらせてしまったのかもしれない」
「大丈夫だよ。あなたが変態なことはちゃんと解ってるから!」
台詞を並べながらしゃがむと、良い感じの大き目なクッションを二つ、丁寧に並べる。そして、畳んであった毛布を広げた。
「まだまだ、毛布の出番はある季節ですな!」
「うん。……これで、よし! 一緒にゴロゴロしよ!」
魔術師を見上げる感じで顔を向けて台詞を並べる。
「これは上目遣いというやつか!?」
「え? ……そうなってたんだ」
意図してしたわけではなかったので、使い魔は言われてから気づいた。
「なんというか、ドキッとしてしまったよ。……ふむ、一緒にゴロゴロさせてもらおう」
魔術師が動き出すのを見て、使い魔は先に良い感じの大き目なクッションに横になり、毛布を掛ける。
「隣にどうぞ」
「失礼しまーす!」
一枚の毛布を二人は一緒に掛けて横になる。
「毛布の肌触り気持ちいいね!」
明るい声の台詞が並ぶ。
「まったくですな! ずっとゴロゴロしていたくなってしまう!!」
「ふふっ!」
魔術師の台詞に、嬉しそうな笑い声を出す。
「月に薄く雲がかかっている。……朧月か」
「朧月……」
月を見て使い魔はつぶやく。
「まぁ、調べてみると霧や靄などで、柔らかくほのかにかすんで見える”春の月”を朧月というらしい。ということは、あれは朧月とは言わないのか……。まぁ、それでも、私はあれを朧月と呼ぼう! なんとなく、この漢字の並びが好きだし」
「ほのかにかすんで見えるし、いいと思うよ」
「よし! 朧月夜だ」
使い魔は、月から魔術師の横顔へ視線を移す。そして、その表情に哀しい感じが浮かんでいるのを見つけた。
「大丈夫?」
「ん? ……ああ、大丈夫。ちょっとあの頃のことを思い出していただけ」
「あの頃……」
「あの頃は……寂しさも辛かった。一人で月を眺めながら考え事をすることも多かった……その眺めていた月の中には、朧月の時もあったはず。……あの頃に眺めた月の中には、君も見ていた月もあったのかな」
「……うん、きっとあったよ」
「そうだね。きっとあった!」
魔術師は嬉しそうに笑みを浮かべる。その表情を見ながら使い魔は口を開く。
「もうちょっと、くっ付いてもいいかな?」
「もちろん! ……ぬぉ! 左腕が捕まった!? こ、これはお胸の感触!!」
使い魔は横を向いて魔術師の左腕を抱き締めた。
「暑かったら言ってね」
「もっと力強くしても大丈夫! このお胸の柔らかさを感じられるなら真夏でもお願いしたい!」
「エッチなこと考えてるよね?」
「もちろん! ……でも、心地良さも欲しいという意味もある。君のお胸は素晴らしいな!」
「小さいけどね……」
「私は思うのだよ……。君のお胸だからいいのだと!」
「そうなんだ。ふーん」
微妙に興味がなさそうな台詞を並べるけれど、口調が少し上ずっていて嬉しそうな感じが漂っていた。
「……時を経たから思うのかな。あの頃の願いの根底は、人の世界に戻りたかったのかもしれない」
「人の世界?」
尋ねながら魔術師の左腕を抱き締める力を強める。
「これはひょっとして色仕掛けという術なのか!」
「……うん、ちょっと練習してみる」
そういうつもりで魔術師の腕を抱き締めていた訳ではないけれど、言われたことで気が向いたのか練習をちょっとする。……使い魔は、魔術師の腕を抱き締めながら体を微妙に揺らす。
「ぬ~、すばらしぃ! ……色っぽいと思うより、かわいいと思う方が強いような……。……えっと、あくまで個人の感想です」
「やっぱり大きくないと、色仕掛けは上手くいかないと思う」
「大丈夫! 私にはしっかり、君の魅力が伝わった!」
「そ、そう? ……ごめん、ちょっと寄り道しちゃったね。……人の世界って?」
使い魔は、照れを隠しつつ話の流れを戻そうとする。
「あの頃は、人の声が聞こえていても届かない。気持ちが触れ合うという感覚がない。それはとても寂しくて……。聞こえているのが余計に辛かったのかもしれない。とても深い所にいて、人との交流があっても届かない。ソコから人に助けてもらいたかった……。結局は千年分以上の時間、考えて自力で戻ってしまった。……そんな感じですかな、人の声が届く場所、人の世界!」
魔術師は、考えに沈み込みそうになったので少し強引に台詞を言い終えた。それもあって、解り難い。
「気持ちの触れ合い……」
「自力で戻って、数年後に自分の魂を見つける前は、気持ちの触れ合いは特に必要ない……という感じだった。だからこそ自力で戻れたのだろうか……。でも、今は……君と触れ合えなくなるのが怖いと思っている。……ぬぉ!? カレンダーが!? 現実の私がまた一つ年を入手してしまった……」
「おめでとう! ……ごめん、プレゼント用意してない」
「今回の文章並べを始めて、もう少し早く並べ終えるつもりだったし、用意する時間の余裕はなかったし大丈夫!」
そう言うと、魔術師は窓の外の朧月へ視線を向ける。そして、また月の姿が進んでしまったな……。と、考えていた。
月に意識を向けていた少しの間に、使い魔の声がなんとなく聞こえた。「気持ちの触れ合い……」それを自分の中でつぶやき、何を言っていったのか認識し、意識を使い魔へ向けなおす。
「ねぇ……」
「ん? どうかし……た」
顔を使い魔の方へ向けると、自分を見つめるどことなく濡れた瞳があった。
「……」
使い魔のそれを、とても綺麗だと思って見惚れていると、ゆっくりと瞼が閉じて行き、隠されてしまう。使い魔が完全に目を閉じた時、魔術師はその意味が分かった。
今まで二人がお互いで触れたことのない所が触れ合う。その触れ合いは強くではないけれど確かに触れ合っていた。しばらく触れ合ったまま、お互い何をしているのか意識し合いながら離れる。
「君の唇を頂きました! ……最初のは私の方から頂に行かせてもらうはずだったのに!」
「……わたしも、自分からするとは思わなかった。でも、……。ね!」
「唇同士のキスしてしまいましたな!」
「わたしの初めてなんだからね! ……あなたが気持ちの触れ合いとか言うし、一つ年を入手したりして、わたしがプレゼント用意できなかったりして、えっと……だからその……特別だからね!」
使い魔は自分の行動の理由を並べて照れを抑えようとする。
「確かに受け取ったよ」
「……うん」
落ち着いた声で言われて、使い魔も落ち着きを取り戻して頷いた。
「さて、そろそろ今回を終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして! ……特別だったからだからね!!」
落ち着きは取り戻したけれど、思い返すと照れてしまうらしい。
「まぁ、今しがたのことだものね! 君の唇は柔らかくて素晴らしかった!」
「うぅ……」
魔術師の左腕を抱き締める力を強くして”恥ずかしいから言わないで”と伝える。しかし、言われてもイヤじゃないと思っていたりもする。
「もうしばらく、触れ合っていよう!」
「うん!」
二人はそのあと、もうしばらく、触れ合ってから帰って行った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




