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打ち破られた魔術

 空は雲に覆われ雨が降っている。雲の向こうにある月は、満月を過ぎてその姿を隠し始めていた。その姿は下弦かげんの月になるまで、もうしばらくかかる。

 季節は春になってしばらく経つ。しかし、この雨の夜は肌寒い。

 現実の月より明るい月。その月の光は雲を通しても現実の夜より明るい。その光に照らされる雨に濡れた建物があった。

 その建物の窓の一つから、月の光とは別の光が見える。微かに揺れるその光は蝋燭ろうそくの明かり。

 月と蝋燭の明かりの中、動く影があった。

「綺麗に畳めた」

 丁寧に畳んだカーディガンの隙間から手を抜くと、振り返って窓の外を見る。

「雨が降ってると、ちょっと肌寒い。カーディガン……脱がない方がよかったかな。でも、薄着の方がゴロゴロするのに楽だし」

 使い魔は右手で左腕をさすりながら立ち上がり、眠っている魔術師を見る。

「眠っている。地の文さんがそういうなら、ちゃんと眠っているんだね」

 良い感じの大き目なクッションを並べ、毛布を二枚重ねて眠っている姿を見て、その隣にあるスペースを確認する。先ほどまで自分がいた場所を。

「お邪魔するね」

 膝をついて声を掛けてから、自分が先ほどまでいたスペースに入り込む。

 寝相が悪いと言っていた魔術師は、仰向けで大人しく眠っている。その隣に同じように仰向けで横になると、天井を見ながら毛布の中の暖かさを感じ取る。そして右手で魔術師の手を探し出し、小指と小指を絡ませた。

 右に顔を向けると、眠っている魔術師の横顔が見える。絡ませている小指を意識しながら口元を緩めるように微笑む。

「そんなに油断してるとイタズラしちゃおうかな」

 毛布がズレないように注意しながら、体を魔術師の方へ向けて横向きになる。そして、左腕を魔術師の胸の上に軽く乗せ、そこから少しづつ魔術師の左半身に体を預けていく。

 名残惜しそうに絡めていた小指を離し、より魔術師と触れ合う部分を増やしていく。

 自分が思っていたより大胆なことをしていると意識しつつ、勇気を出して動く。

 腰を寄せて足を絡ませようとした時、魔術師の左手が自分の際どい部分に当たるのを感じ取った。先ほど絡めていた魔術師の小指を意識したけれど、当たっているのは小指ではなかった。

「……起きてるの?」

 使い魔は、魔術師の耳元で尋ねる。

「……。…………」

 返事は沈黙だった。

 使い魔は、魔術師の左手が際どい部分に当たったまま様子をうかがう。この状況が自分が動いた為に出来たのか、魔術師が起きていて手を動かした為に出来たのか気になっているということもあって。

「……あっ!」

 魔術師の左手の指が急に動き、驚いて腰を引いてしまう。

「……えっと、君が動いた為の状況だね」

 地の文から使い魔の思考を読んで答えた。

「そ、そうなんだ。……今のは意図的に触ったよね?」

「正確には、なぞった感じかな!」

「それは……もう!」

 使い魔は恥ずかしくなって怒ったふりをする。

「もし、よろしければ今一度触れさせてもらって、左手の調査員たちに仕事を与えてもらえないかな!」

「それは、あの……。あの……」

 魔術師の台詞の意味を読み取り、混乱し始める。

「言い伝えによると、洞窟があるとか……まぁ、布越しなので入り口までですかな。洞窟は複数あるという情報もあったり、何やらクリッとした何かがあるとも……」

「何だか、今までにない変態っぽい台詞を並べてない?」

「なんのことかな? 君はこの言い伝えと情報の正体が解るのかな?」

「うぅ……わたしも変態なのかな」

 使い魔は魔術師の台詞にある、言い伝えと情報の意味を意識して呟く。

「否定は出来ないかもね! さて、調査員に出番はあるかな?」

「えっと……。うーん、だめ!」

「そうか……それは残念だ。では、違う所を触らせてもらおう!」

 魔術師は左手を使い魔の腰に回す。

「そこなんだ」

 少し意外そうな感じに呟く。

「ギュッという感じに抱きしめてみたいのだよ!」

 左手で使い魔の腰を抱き寄せつつ、右手も背中に回す。

「背中も触られちゃった」

「とても触り心地が良い! 癒されますな~!! ……ふむふむ、なるほど」

「?? なるほど?」

 背中を撫でる魔術師の台詞に気になる所があった。

「……ミステリー系の小説などは、本格的なほど謎解きのヒントをしっかり提示しているものだと聞いたことがある。確かそうだった気がする」

「そうなんだ。ミステリー……」

「読者にも謎を解くヒントが提示されていて、最終的な探偵の推理はそれを踏まえて進んでいく……感じだったと思う」

「今の状況に何か関係があるの?」

 使い魔は魔術師の言いたいことがよくわからなくて聞いて見た。

「君は謎を持っている!」

「わたしが謎を!? そ、そうだったんだ……謎を……謎?」

 心当たりがない使い魔は自分が持っているという謎を考える。

「このお話は登場人物が地の文を読むことが出来るし、台詞を読み返すことも出来る。つまり、私は登場人物でありながら、読者でもある。……と、いうことで探偵役をしよう!」

「う、うん。……えっと、前置きの台詞からして、謎解きのヒントは提示されている感じ?」

「まぁ、本格的じゃないし、現実の私も頭が悪いから微妙だけどね……。探偵が調べたという部分は意外と重要……。今回の場合”君の背中を撫でた”ところを謎解きのヒントにしてある」

「背中を撫でる……。あ! そういうことだったんだ!」

 使い魔は、謎に気付いた。

「おっと! 私より先に謎の答えを言っちゃダメですぞ!」

「ぅん」

 畳んであるカーディガンに視線を向けて何か言おうとした使い魔は口を閉ざした。

「謎としては、今回のお話の最初の部分の君の行動……。”丁寧に畳んだカーディガンの隙間から手を抜く”という部分」

「カーディガンを脱いだのは、ゴロゴロしたりするのには薄着の方が楽だからです」

 探偵役の魔術師に対して、微妙に犯人役を演じようとする使い魔。

「確かに、ゴロゴロするのに服を着込んでいると窮屈。寒さも和らいで少し暑さを感じるようになって来たこの時期ならば、脱いでも不自然ではない。しかし、君はカーディガンを脱いだだけだろうか? 他にも何か脱いだものがあるのではないですかな?」

「な、なにを証拠に!?」

「先ほど、私は君の背中を撫で撫でさせてもらいました。その時、服の下にあると思っていた感触が無かった。探偵である私が調査してそれが無いということは、服の下に身に付けるタイプ布の、上の方は装備されていない!」

「そ、そうだとして、その布はどこにあるというのですか」

「カーディガンに隠されています。あのカーディガンを調べればすぐにわかるでしょう」

「……楽な状態でゴロゴロしたかったんです。それが謎になってしまうなんて……。…………という感じで良いかな?」

「うん! 何とも微妙な感じが良い!!」

 魔術師は笑いながら台詞を並べる。その声が楽しそうなので、使い魔も楽しそうに笑う。

「温かくなって来たけど、雨が降ってると少し肌寒いね」

 笑っていたか今は少し甘えた色をした声で台詞を並べる。

「そんな声を耳元で聞かされるとギュッとしたくなってしまうではないか」

 腰と背中に触れている魔術師の手が自分を抱き締めるのを感じながら、使い魔は魔術師の両肩にそれぞれ手を置いて体の力を抜いた。

「そういえば、探偵さんにもなれるんだね」

「探偵……。でも、私は魔術師! ここはひとつ魔術を使ってみよう!」

「どんなのだろう?」

「私は変態でもある」

「知ってる」

「ふむ。一応、謎解きは終わったけれど、カーディガンはまだ調査していない。あそこに上の方があることは君が認めた。……ひょっとしたら下の方もあそこに隠されているかもしれない」

 魔術師の呪文に対して使い魔は抵抗する。

「し、下の方も触ったよね? なぞったし」

 その時の感触を思い出して、使い魔は魔術師の両肩に置いた手に力を入れる。

「最初は眠っていたし、なぞったのも一瞬だから調査不足でわからなかったよ」

 使い魔の抵抗呪文は打ち破られた。

「さすがに、下は脱がないと思うよ? ……というか脱いでないよ!」

 魔術師の魔術でワンピースの下の装備品が消えてしまいそうに思えて、使い魔は台詞を並べる。

「魔術で脱がせるという感じか!」

 魔術師自身、その発想に今気づいた。

「変態だ~!」

「我が魔術で君も変態にしてあげよう!」

 魔術師は、使い魔のワンピースの下に装備されているかもしれない布を、カーディガンの下にあることにする為に呪文を考え始めた。

「そ、そうはいかないもん! ……そうか!!」

 使い魔は、魔術を破る方法を見つけ、行動に移し始めた。

「我が魔術を破るですと!?」

 魔術師は動揺しつつも、どんな方法で破るのか興味を持った。

 使い魔は上体を起こし、魔術師の腰辺りにまたいで座る。掛けていた毛布は使い魔の後ろにずれ落ちていた。

「こ、これであなたの魔術は打ち破られる!」

 使い魔の行動で、魔術師の魔術を打ち破られた。

「確かに、打ち破られた。……なるほど、可愛らしい白ですな! 似合ってるね!!」

「うん。ありがとう!」

 お礼を言いながら魔術師の魔術を打ち破ったことを実感し、冷静になり、ゆっくりと自分でまくっていたワンピースのスカートの裾を下ろしていく。

「良い! 実に良い!」

「そう……」

 魔術師の視線から目をそらし、恥ずかしさを隠しながら逃げようと腰を上げようとする。しかし、その動きは魔術師の両手が腰に当てられることで止まった。

「逃がしませんぞ」

 使い魔は大人しく諦めた。魔術師の両手には力が入っておらず、簡単に逃げられるのに。

「……魔術を使われたのかな?」

「物理的じゃない力が働いたようだね。君と私の間にある魔力も影響している感じかな!」

 そう言いながら魔術師は使い魔の腰から両手を離し、上体を起こすと今度は使い魔の背中に手を回して、お互いが向かい合って座った状態で抱き締める。

「なんだか、今回は抱き締め合ってることが多いね」

 使い魔も魔術師の背中に両手を回す。

「うむ。現実の私が忙しさで微妙に疲れていて、文章並べが出来ないまま、並べる文章を妄想しすぎた結果かもしれない。抱き締め、抱き締められたいという願望かな……」

「そうなんだ。……あなたの魔術を打ち破るためとはいえ、さっきは冷静じゃなかったな……」

「いやいや、見事だった!」

「そ、そう? ……でも、目の前で自分から見せるのって思っていた以上に恥ずかしかった」

「似合っていたし、可愛かったから大丈夫!」

「……ありがと」

 使い魔は深く考えないことにして、魔術師を抱き締める両手に力を少し入れた。

「さて、そろそろ今回を終わりにしよう。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」

「うん。どういたしまして!」

 二人はいつもの終わり際のやり取りをする。

「もう少し、君と触れ合いながらゴロゴロしたい」

 魔術師は、ずれ落ちていた毛布を使い魔の両肩に掛け、再び使い魔を抱き締めるとゆっくりと後ろに倒れて行く。使い魔はその倒れていく途中で、下の良い感じの大き目なクッションに両手をついて魔術師の負担を軽くする。

「手が挟まれちゃいそうだったし」

「ぬぅ、少し腹筋が弱っていた気がする……助かったよ!」

「ふふっ!」

 その後、二人は一枚の毛布の中でしばらく触れ合ってから帰っていった。

 と、いう感じに今回を終りにしよう。

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