しんし
月は上弦の月の姿になろうとしている。半分ほどの姿を見せている月……その光の量は、満月の半分なのだろうか。季節などの関係で明るさが違う気もするけれど、難しいことはよくわからない。
空に月を見つけ、愛でる時、姿や明るさが違ったとしても、それが月であることに変わりはない。
雲と共に空に浮かぶ月……その光は、静かな夜の地に降り注いでいる。
ヒンヤリと冷たい空気の中に溶ける月の光、その中に屋敷はあり、窓の一つが開けられていた。
「外の空気は中より冷たい。……というか、寒い」
人影は台詞の途中で振り返りながら言う。
「それじゃあ、窓を閉めよう。……というか、何で開けたの?」
「なんとなく冷たい空気に触れたくなったから……かな」
再び開いた窓から外を眺めると、外から入り込む冷たい空気を感じる。
「そうなんだ。じゃあ、わたしも」
室内……お座敷と呼ばれるこの場所にある、もう一つの人影が立ち上がり、窓辺へ向かう。
「寒いけど大丈夫?」
「大丈夫。ストーブ点いてるし」
視線でストーブを示す。
「うむ、開いた窓から熱が逃げていくね」
「わたしたちの体温も、体から逃げていくね!」
そう言いながら、隣にいる人影に触れない程度に近づく。近づかれた人影は、なんとなく柔らかくて温かい感触をイメージした。
「おっと、立ちくらみが……」
わざとらしくふらつき、隣の人影の左肩に手を回してバランスを取る振りをした。
「大丈夫? ……一応、言ってみたけど」
「大丈夫な方がいいかな?」
「それはそうだと思う。……大丈夫だよね?」
大丈夫なのか少し不安になり改めて聞いてみる。
「残念ながら大丈夫だ。真面目に大丈夫じゃなければ、それを理由にこのまま君を押し倒してしまうという手を遠慮なく使えるのだが……」
魔術師は、真面目な顔で使い魔を見つめながら言う。
「真面目に大丈夫じゃなくてそうなったら……安静にしてなくちゃダメだよ?」
使い魔も、真面目な顔で応えた。
「ふっふっふ、それはそうだ。……でも、そうなった時、君と触れ合っていられたら最高だな」
「どこまでが冗談なんだろう……」
「意外と全部が本気だったりするかも」
自分の顔を見る使い魔の視線から逃げるように、月に視線を向ける。
「逆の場合……。わたしがそうなったら……優しく介抱してくれる?」
魔術師の横顔を見つめながら聞いて見る。
「それはもちろん! …………どさくさに紛れて色々な所をおさわり……と、言いたいところだけれど、そういう場合は、出来ないな」
「変態なのに?」
「紳士でもあるのだよ私は! ……う~ん、あれだ! そういう場合はボディーではなく、優しくしてハートを奪うんだ! 紳士の心得、第100条にそうあるし!」
大きく頷いて台詞を言い終わる。
「そんなのがあるんだ……でも、100個も覚えるの難しそう」
「いやいや、100以上あるよ」
「いくつまであるの?」
まっすぐに向けられる使い魔の視線に、魔術師は動揺し始めた。
「う、うん。……ごめん、ウソついた。そういうのあるのかな?」
「どうだろう……。ハートを奪うために優しくするの?」
まっすぐなままの使い魔の視線を受けつつ問われ、魔術師は考え込む。
「う~~~ん。紳士でもあり変態でもあるから……う~ん。どちらかというと……君に優しくしたいからかな」
嘘を吐いた罪悪感もあって、真摯に考えながら台詞を並べて答えた。
「わたしに優しくしたいんだ」
「うん。君の笑顔が見たいから」
魔術師は使い魔をまっすぐ見ながら言う。その視線は、まっすぐ向けている使い魔の視線と合わさり、二人はまっすぐ見つめ合う。
「…………あっ、えっと…………。そ、それは、紳士の心得の第何条?」
照れて頬に熱さを感じた使い魔は、とぼけて質問してみる。
「う、うむ。……”君の笑顔が見たいから”これは紳士として根本的な部分な気がするし、一条か二条……辺りにありそうな気もする。う~む、よく考えると紳士とはいったい……」
使い魔に言った言葉に照れてしまっていることもあり、最後は地味に話の流れを変えようと台詞を言い締めた。
「わたしも、あなたの笑顔見たい!」
「おお! ……嬉しいこと言ってくれますな! こ、このままでは、お互い照れ死んでしまうかもしれないよ?」
使い魔がどれくらいの照れを感じているのか探りつつ、自分の照れの限界を超えないように牽制する。
「あなたが照れ死なないように、これくらいにしてあげよう!」
明るい声で言い終わると、窓の外へ顔を向けた。火照った顔が外の空気で冷える。
「あれ? いつの間にか雨が降っている!? 照れ合戦に夢中になりすぎたか! ……普通に考えれば、現実の世界で日が経って天候が変わっただけだけど」
耳を澄ませると、雨音が大きく聞こえてくる。
「あ! 窓を閉めたいと」
「そうだね」
二人で仲良く窓を閉める。すると、雨音は小さく聞こえるようになった。
「雨雲で月の光が弱くなってる」
「久しぶりに蝋燭の明かりを灯そう」
魔術師は大き目のダンボールへ向かい、新しい蝋燭と大き目のコップを取り出し、コタツテーブルの上にセットして置く。蝋燭の火に照らされてテーブルが明るく照らし出される。
「ストーブ点いているけど、蝋燭の火も温かそう」
「温かいだろうけど、近づきすぎてヤケドしないようにね」
「うん、気を付ける!」
魔術師は座椅子に座ると、隣の座椅子に座るように使い魔を促す。
「さて、席に着いたところで怖い話でも……」
「えぇ!? そういう展開?」
ここ最近、魔術師の”あれは一体何だったのだろう??”の話が続いていたので、今回もそういう系なのかと思いつつ、確認する。
「体験というやつは、あの3つくらいだよ。思い直せば他にもあるかもしれないけれど……。まぁ、そもそも、怖い話をするのは苦手だ」
「……怖い話するの?」
改めて聞いて見る。
「いや、テーブルに蝋燭……怪談を話す雰囲気っぽく感じたから。……ロマンチックな雰囲気と紙一重な気もする……どっちの雰囲気がいいかな?」
「怖い話は苦手だから、ロマンチックな方がいいかも」
使い魔は、先ほどのやり取りを思い出しつつも、涼しい表情で台詞を並べた。
「ふむ、蝋燭の光が灯る部屋に男女が二人並んで雨音を聞いている。二人だけの空間……」
「コップに映ってる蝋燭の火の揺らめき綺麗だね」
「うん。ロマンチックな感じになって来た!」
「ふふっ!」
笑い声が口から零れ、使い魔は今回二度目の距離感、触れない程度に肩を近づける。
「この距離感。ついつい抱き寄せたくなってしまうではないか!」
言葉ではないメッセージを受け取り、魔術師は左手で使い魔の腰を抱き寄せた。
「…………」
「間違わずに受け取れてるのだろうか」
「どう思う?」
使い魔は魔術師の左肩に頭を預けながら言う。
「なるほど、なるほど。……良い匂いだ!」
「お風呂上がりで、匂いの結界があるから大丈夫!」
使い魔の行動には余裕が感じられる。
「しかし、やや暖かくなって来た今日この頃……。そこに更にストーブで結構温かい。汗も出やすいかも?」
魔術師が呪文を意識しつつ台詞を並べる。
「……ふぅ?」
魔術師の呪文で匂いの結界が少し揺らぎ、使い魔は頭を起こそうとしたけれど、魔術師の右手がそれを許さなかった。その右手は使い魔の頭を、髪が乱れないように気を付けながら撫でている。
「髪の触り心地も最高ですな!」
「そんなに綺麗な髪じゃないよ?」
「何をおっしゃるお嬢さん。とても綺麗でございます!」
「その台詞も紳士の心得?」
「何条にしようか?」
「ぅふ!」
使い魔は笑い声を漏らして、テーブルの上のコップに入った蝋燭の火を見つめる。
「さて、そろそろ、今回を終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「……。どういたしまして!」
ロマンチックな雰囲気に包まれていて、一瞬、魔術師の台詞の意味を上手く受け取れなかったけれど、いつもの終わり際の会話をする。
「今回も楽しかった!」
「わたしも!」
使い魔は、魔術師に撫でられている頭を意識しながら同意する。
「では、もうしばらく雨音を聞いてから帰るとしよう。付き合ってくれるかな?」
「いいよ!」
二人はその後、もうしばらく雨音を聞いてから、火の始末をしっかりして帰っていった。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




