聞こえる位置
時折、強い風が吹いている。空には月があり、その姿は十日夜の月に近づきつつある。上弦の月を過ぎ、満月の姿に向かう月の光は少しずつ強くなって行く。
冷たい風が音を立てている。姿が見えない風……、触れずとも、音でどこにいるのかなんとなく感じ取れる。姿が見えなくても存在する風。風には意志があるのだろうか、風は気圧の差で起きるモノだっただろうか……起きる気圧の差、それに意志を持たせるとしたら、それは風のものなのか、別のナニカのものなのか。
強い風が吹き、屋敷の窓を揺らす。その窓の向こうはお座敷と呼ばれている。お座敷には人影があった。
「抵抗しても無駄だ」
窓を背にした人影が言う。その人影は、正面にいる使い魔の右手首を左手で掴んでいる。
「……えっと?」
窓から差し込む月の光に照らされた表情には戸惑いが浮かんでいる。
「もっと怖がらないのかな?」
正面の人影の台詞を聞いて、掴まれている右手首を見る。顔のすぐ横なので、掴まれている具合がよく見えた。
「……やめて?」
使い魔は尋ねてみる。
「その『やめて?』はどういう意味のかな?」
「このシチュエーションだと、『やめて?』でいいのかなって意味」
「その台詞もありだね。……意味としては”ヒドイことしないで”というのを込めると良い感じかな」
使い魔は怯えた感じの表情を作ると台詞を並べる。
「やめて、ヒドイことしないで! ……どう?」
「ダメ」
正面の人影はそう言うと、右足を使い魔の足の間に差し入れた。
「そ、そんな上まで……」
使い魔のワンピースのスカートが、人影の足で少し捲れる。
「…………」
人影は沈黙を並べながら使い魔の目を見つめる。
「…………」
見つめ返す使い魔の目元の力が緩み、表情に色っぽさが滲む。
「えっと、表情と台詞はオッケーだけど、ダメということで!」
「…………。今回も変態さんだね!」
沈黙の中、目を閉じてから表情を笑顔にして言う。
「まぁね!」
笑顔を返しながら左手を下ろし、丁寧に使い魔の足の間から右足をどかして、使い魔の右隣に移動して正面の窓から月を眺めた。
「時々、強い風が吹いているね。……そういえば、今のやり取りは何か意味があるの?」
使い魔は今しがたの寸劇について尋ねてみる。
「意味……う~ん、意味というか、なんとなくかな! ……君を無理やり襲っちゃう感じを出してみたかった」
「そうなんだ! でも、掴む力をもっと入れないとそれっぽくないよ?」
掴まれている左手を軽く振りながらアドバイスをする。
「襲うより、こんな感じが好きだったりするし」
掴んでいた手を離し、指を絡ませながら手を繋いで言う。
「こういうの好きなんだ! わたしもこういうの好き!!」
繋いだ手を意識しながら、月の光に照らされている魔術師の横顔へ微笑みかける。
「えっと、立ち話もなんだし座ろう!」
照れを隠しつつ、魔術師は繋いだ手を引きながら移動し始めた。
「ふふっ!」
魔術師の背中を見ながら楽しそうな笑い声をだす。
「ストーブの火は点けた方がいいかな……。一緒に毛布を掛ければ乗り切れそうでもある」
「とりあえず、一緒に毛布を掛けてみようよ! ……」
言い終わってから、少し積極的過ぎたかな? と、なんとなく気にする。
「そうしよう! 君の体温を良く感じられそうだし!」
二人はいつもと同じ位置関係で座椅子に座ると、一枚の毛布を一緒に掛けた。
「暖かいね!」
「うむ、それに君は良い匂いがする!」
魔術師は深呼吸した。
「座っても月がよく見えるよ!」
使い魔は正面の窓から見える月を見て言う。
「うむ。……おや? 月の姿が変わって、十日夜の月っぽいな!」
「本当だ! ……そういえば”あれは何だったのだろう??”の、残り二つはどんなの?」
使い魔は前回を思い出しながら尋ねる。
「ああ、それじゃあ、二つ目を……」
魔術師は窓の外に見える月から視線を動かす。
「……」
使い魔も魔術師の視線を追って同じ辺りを見る。
「目を閉じても、音のする場所は大体わかるよね?」
「正確なのかは分らないけど、大体はわかるね」
視線をお座敷の角、その上あたりの天井へ向けたまま、隣の使い魔の声を聞く。
「二つ目は……幽霊っぽい内容」
「ゆ、幽霊?」
そうつぶやいて、魔術師の視線の先が妙に意味ありげに思えて怖くなり、顔を魔術師の方へ向ける。
「まぁ、前回同様に前置きをすると、あの頃に含まれる時期……。寂しさに蝕まれていて、幽霊でもいいから……という辺り。…………簡単に言えば精神面が不安定な感じの時の出来事」
「……」
天井へ視線を向けている横顔を静かに見つめる。
「あの頃は、人間より幽霊の方がわかり合えるかもしれない……とも考えたりしていた。一人、幽霊を求めて深夜に街灯の無い暗がりを散歩したりもした。木の葉のざわめき……。怖さもあった……」
「……何だか危ない気もする」
「い、いや、別に悪いことをしようってわけじゃないよ!」
「そうじゃなくて、一人で暗い所に行ったら危ないと思うよ」
「……。そうだね。……暗がりのベンチで寝てる人がいて、それが死神じゃないかと思いながら通り過ぎたこともあった。……正直、怖かったな。……あるいは死神でも? ……微妙かな」
魔術師は幽霊じゃなくて死神でもよかったのではないか? と考えたが、違う気がしてそのことに関する思考を止めた。
「どんな死神を想像したの?」
「え? あぁ、フードをかぶっていて中身は骸骨で大きい鎌を持っている感じかな。あの時はそう妄想していた」
使い魔は暗がりで、そんな死神に出会ったら怖いと思った。
「今なら、2次元的な美少女死神を妄想しそうな気がするけれど……、いや、コホン」
自分を見つめる視線に、なんとなく後ろめたい気がしてしまって咳払いをする。そして視線を使い魔に向ける。
「わたしが死神役になろうか?」
「う~む、それもいいね! そういうストーリー展開も……おっと、つい妄想してしまった! …………まぁ、そういうことを繰り返していた中の一度……」
「暗闇の中で幽霊?」
「いや、家に帰って眠って、暗い中で目が覚めた時に……聞こえたんだ。……男の苦しそうな呻き声のようなものが」
魔術師は再び視線を天井の辺りに向けた。
「その声……のようなものは天井辺りから聞こえていたの?」
「うん。……声が聞こえるのも、聞こえる場所もおかしい……。はっきり言って、怖かった」
「わかり合えそうになかった?」
使い魔の問いに、記憶を呼び起こしてから答える。
「ぅぅん、幽霊といっても、可愛らしい女性を想定していたところもあったし……。……そんな余裕は無かったかな!」
「ふーん、可愛らしい女性を想定。……エッチなこと考えたりしてたのかな?」
使い魔は少し機嫌が悪い振りをして問いかける。
「あの頃……。……ただ、一緒にいて欲しいと思っていたかな」
「…………。そうなんだ」
真面目な声で答えられて、使い魔も真面目な声で応えた。
「まぁ、二つ目の”あれは一体なんだのだろう??”は、そんな感じのことだよ。目が覚めた時はうつ伏せだった。怖くて、声のするところを見ることが出来なかったんだ……。だから、ソレの正体がわからない。目が覚めて夢じゃないという認識だけど、あの頃の状態……夢の可能性も否定は出来ない。……ただ単に誰かの声が反響して天井辺りで聞こえただけかもしれない。……怖くて正体を確認しようと、その時出来なかった以上、それを幽霊だと断定はできない」
「それは、幽霊を信じないってこと?」
「そういうわけじゃないよ。あれが心霊現象だったとしてもいい。ただ、確認できなかったんだ。……だから”あれは一体何だったのだろう??”なんだ」
魔術師は言い終わると使い魔へ視線を向ける。
「ん? ……わっ!?」
視線を合わせると、緩やかに肩に手を回されて抱き寄せられた。
「君といるとやっぱりいいな!」
「……ふふっ!」
嬉しそうな笑い声を出して、遠慮がちに肩に頭を預ける。
「今なら……あの時と同じことが起きたら確認出来るだろうか……。君と一緒なら、格好つけたい病の発作が出て確認できる可能性は高い!」
「わたし、怖いの苦手だよ?」
「まぁ、私は魔術師。守って見せるさ! ……おっと、格好つけたい病の発作が少し出てしまったか……。引いてないよね?」
魔術師は心配になって聞いてみる。
「どうかな! 想像に任せるよ!!」
「おぉ、任せてくれるのか! 想像……いや、妄想……てへり」
何かを妄想して一人で照れている。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫! 君のぬくもりで妄想力が強化されてるだけだから!」
「どんな妄想してるの?」
使い魔は気になって聞いてみるた。
「ふむ、妄想に任せるよ!」
「いじわる! ひどいよ!!」
と、使い魔は言うけれど目が笑っている。
「すまん、すまん! ……格好つけて、君に『ステキ』なんて言われてキスされたり! ……なんて感じかな!」
妄想を言葉にして再び照れ、窓の外の月に視線を向ける。
「月の姿は変わってない?」
「さっき見てから、現実の夜は明けてないはず……」
一応、月の姿をよく確認しようと視線を月に集中させる。
「わたしの呪文、効いたね!」
呪文? 魔術師はそれらしい文章列を記憶の中から探る。丁寧に探した為、ほんの少し時間が掛かった。
「……月の姿は――」
呪文に気付き復唱しようとした途中で、左の頬に柔らかいものが当たり台詞が止まる。
「……『ステキ』って台詞は無いけど、こんな感じ?」
耳の近くでそんな台詞が聞こえた。
「うん。やっぱり照れてしまうな! キスぅ!! 呪文で油断させられれしまった……。さ、さて、そろそろ今回の文章並べを終わりにしよう。今回も文章並べをつ手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして!」
いつもと同じ感じのやり取りをする。
「ストーブを点けなかったけれど、乗り切れたね」
「そうだね!」
「もう少し……このままでいたいのだけれど、いいかな?」
魔術師の台詞に重心を預けながら答える。
「いいよ! もう少し、一緒に温まろう!」
使い魔は楽しそうに声を弾ませて言った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




