持ち方
世界に雨を降らせていたソレのことは、きっと誰だって知っている。ソレのことを優しいと言えば、おまえは本当のソレを知らないと言うかもしれない。
確かに世界が違えばソレの種類も違う。けれど、どの世界のソレも本当は優しいはず……どうか、知るのではなく理解してあげてほしい。
ソレはとても強い力を持っている……時にそれが世界を覆い、その力を媒体として恐ろしいモノが生まれる。しかし、その恐ろしいモノを作り出したのはソレではなく自分だったりする。
自分が作り出したその恐ろしいモノに苦しむことも少なくない。あの頃、それに気付かず一人で戦い続けた……誰かの声が聞こえても届きはしない世界で。
この世界には丸テーブルとパイプ椅子が二つある。その椅子の一つに座りテーブルに突っ伏しているモノは寝息を立てていた。そこから数メートル離れた空間が揺らぐと人の形をした輪郭が現れ次第に確かな姿になる。その姿は大き目のバックを重そうに持っている魔術師だった。
寝息を立てているモノ……使い魔は魔術師が訪れたことに気付かずに眠っている。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
寝ている使い魔を起さないように小声で呪文を唱えてから、持っているバックを静かに下ろす。そしておもむろにバックのファスナーを開けて中から何かを取り出す。
「……ふぅ……ふぅ……」
「会話は交互……寝息の表現は意外と難しい。寝言を言わせる手もあるけれど……まぁ、いいか」
なんとなく自分が決めているルールに従うのを少し面倒に感じていたが、こういうシチュエーションも悪くないと思っていた。
使い魔に近づく魔術師は両手で箱を持っている。バックを重そうに持っていたけれど、この箱が重いわけでは無い。両手で持っているのは、魔術師がそうするべきだと思っているから。
テーブルで突っ伏して眠っている姿を近くで見て、両手で持っている箱を自分が開けるべきか少し迷うが、テーブルの真ん中あたりに静かに箱を置いた。しかし、置く時に出た小さな音に反応して使い魔は起きてしまった。
「……うん」
むくりと上体を起しゆっくり辺りを見回して魔術師を見つけると何故か頷いた。
「うん……」
それにつられて魔術師も頷く。
「ちょっと眠っちゃったみたい……うぅ、ちょっと寒い」
椅子に座ったまま両腕をさすりながら両足も上げて縮こまる。その姿を見て魔術師は言った。
「この世界の季節も秋の終わり頃みたいだね」
「じゃあ、もうすぐ冬になるの?」
「まだもう少し時間はあるよ」
「そっか……あれ? これは何?」
テーブルに置かれている箱に気付いた使い魔は首を傾げながら尋ねるが、すでにそれが何を意味する物なのかに気付いているので目が輝いている。その箱は綺麗な紙に包装されリボンがついていた。
「まぁ……あれだよ。君へのプレゼント……みたいなものでね」
照れ屋の魔術師は余計な言葉をつけてしまっている。
「ありがと! 開けていい?」
「もちろん!」
使い魔が立ち上がってから丁寧に包装紙を取ると白い箱が出てきた。箱の蓋に両手を添えると、魔術師と目を合わせる。そして目で頷くのを見てから蓋を開けた。
「わぁ!! 服だぁ!!」
「この世界も寒くなって来たからね……何か軽く羽織るものをと思って」
両手で箱から取り出したそれは、青いカーディガンだった。
「これがあれば暖かいね!」
「喜んでもらえたなら良かった」
「うん! ありがとう!! 似合うかな~!!」
使い魔は機嫌よくカーディガンに腕を通す。着る前の服装の描写は今までにあっただろうか……。
「さすがに長袖とはいえ、ワンピースだけじゃ寒そうだ」
魔術師は小声で使い魔の服装を描写した。服の描写は地の文のわたくしに許されていたのだろうか。ああ、そうだ。神の視点を持つわたくしには許されていたのだろう。服の描写はわたくしの仕事だったのか。
「えへへ、どう? 似合う?」
「似合ってるよ!」
「ふふ! 暖かい」
プレゼントがお気に召した使い魔に満足して、魔術師は使い魔の座る椅子の背もたれに両手を置いて座るように促す。
「この状況も文字を並べる練習になるけど、とりあえず座ろう」
「はい」
素直に返事をして椅子に座った。そして、魔術師もパイプ椅子一つ分の距離を開けた位置に置いた椅子に座った。テーブルには空の箱と包装紙が残っている。
「箱はいらないかな?」
「……いる! わたしが帰る時に持って行く。で、いいよね?」
使い魔のこの「いいよね?」は、持って帰ってもいいよねと、こういう設定でいいよねの二つの意味が込められている。
「ああ、問題ない」
「包装紙も綺麗……んん? あの大きいバックはあなたの?」
使い魔の視線は、前回は無かった大き目のバックに向けられている。使い魔は眠っていたので魔術師が持ってきたという描写をまだ読んでいなかった。
「そうだよ。プレゼントもアレに入れてきたんだ」
「大きいけど、他に何が入っているの?」
「さて? 色々入っているとしか今は言えない」
「ふーん、そっか。ちょっと気になるけど……」
「実際には、私自身があのバックに何が入っているのかわからないんだ」
「え? あなたが持ってきたのに?」
不思議そうな顔をして魔術師を見る。
「あのバックの描写には”大き目”というのと”重そう”と言うのがついている。つまり、空気を読む必要があるけれど、あのバックに入りそうなものなら何でも取り出せる」
「何でも取り出せるの?」
「何でもと言っても空気を読むという制限を設けてあるけどね」
「空気……ふぅむ」
「とりあえず後、五つ何かが入っている。という設定もつけよう」
「どうして?」
「今回は置いていくつもりなんだよ。何かを取り出して先を読んで入れておきました~って感じだと変な感じがするからね。私は魔法使いじゃなくて魔術師だし」
「……ひょっとして現実のあなたが眠くなってる? 地の文さんも文字が並べれなくなってきてるみたいだし」
「バレたか……そろそろ終わりにしよう」
「うん。今回は2500文字くらいだね」
「そうだね。今回もありがとう!」
「ふふ、わたしの方こそカーディガンをありがと!」
使い魔は手を振ってからテーブルの上の箱と包装紙を持ち、一つ微笑んでから気配を消した。魔術師も文字を並べるのをやめ、地の文も眠る。