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如月

 冷えた空気に屋敷は包まれてる。時折吹く風は隙間から屋敷に冷たい空気を運んでいた。

 月は満月の姿で地上を見下ろしていた。月の光は屋敷の窓から入り込み、お座敷と呼ばれている室内を照らす。そこには人影が一つあり、ストーブをいじっていた。

 テーブルの上に置かれているヤカンは少し濡れていて、テーブルに水の足跡を残している。

「ヤカンに水を入れて来たけど……水がすごく冷たい。外に置いておいたら凍りそうだ……う~ん、かき氷が食べたい気もする。井戸の水だし食べても大丈夫だろう! ……一度沸騰させた方が、より安心かな。まぁ、やらないけど」

 人影は後ろを向き、ヤカンを見ながら独りごとを言う。そしてまたストーブに向き直った。

「よし、点いた。うぅぅ、寒い!」

 すぐに目についた近くにある毛布を羽織り、火の調節をしばらく行う。

「まぁ、こんなところだろう。……おっと、ヤカンを乗せないと」

 わざわざ一人で台詞を並べながら行動をする。

「……」

 声を出さずに台詞を三点リーダーで並べる。

「沈黙も台詞になるということだね」

 地の文に話しかける魔術師は、自分の足元にある影に目を止めた。

「ずいぶん明るく照らす月だ。……満月か」

 足元から窓の外へ顔を向ける。

「星も見える……」

 窓からお座敷の中に視線を戻し、周りに意識を集中する。

「少し暖かくなって来た。しかし、毛布は手放せない寒さ……」

 周りに意識を向けながら、コタツの布団をめくる。すると少しずつ、そこにあった冷たい空気と温められた空気が入れ替わるように流れ始める。

「とりあえず、横になろう。……最近、運動不足の為なのか、すぐに横になりたくなる。そこに更に毛布とかを掛けると動けない……」

 仰向けで両手を頭の方へ延ばし、顔を絨毯に埋める。

「伸び~! ……お!」

 ストーブの前で体を伸ばしていた魔術師は、ふわりと気配が現れたのを見逃さなかった。

 現れた気配は、並んでいる文章を読みつつ、状況をなんとなく把握した。

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 うつ伏せのまま使い魔を呼び出す呪文を唱えて、出来る範囲で背後を見る。そこには、姿を現した使い魔がいた。同じようにうつ伏せで魔術師の背中に覆いかぶさる格好で。

「こんばんは、重くない?」

「こんばんは。お胸……背中の上あたりは、もう少し密着感を上げてもいいかと……」

 使い魔は、体重を絨毯じゅうたんの上にある右手と右膝におもに預けていた。

「わたしは重いからこれで良いと思う」

「そんなことはない。……あぁ、背中に掛けていた毛布も、君との密着感を邪魔していたか……」

 魔術師の体勢を変えようとする動きを感じ取り、使い魔は起き上がるとそばに座る。

「コタツの中も温まったかな」

 使い魔はコタツの方を見ながら呟いた。

「どうだろう? 電源が無いからあまり活躍していない感じだから……。と、思って中の空気を温めてみたけど……」

「そうなんだ。……それじゃあ、座椅子に座る?」

「そうしよう」

 二人は立ち上がって移動した。

 座椅子は正面に窓の外が見える位置に並べて置かれている。左側に使い魔、右側に魔術師で座る。

「えっと、この毛布は一緒に掛けるとして……。こっちの薄手の毛布は足に掛けるでいいよね?」

「うむ、足も一緒に温まろう! 湯冷めすると風邪を引いたりするし」

 使い魔の体温と匂いから、お風呂上がりでということを予測して台詞を並べる。

「よくわかったね! 寒いからいつもより湯船で温まっちゃった!!」

 足と肩にそれぞれ一緒に薄手の毛布と毛布を掛けながら使い魔は言う。『寒いから……』という部分には、魔術師が、また体を冷やしていたら”温めてあげなきゃ!”という思いが含まれていた。

「君が温かくて、ついくっ付きたくなってしまう」

「くっ付いてると温かいよね!」

 肩と肩の触れ合っている所を意識しながら笑顔で言う。

「どうにも手が冷えてしまう。ヤカンに水を入れる時に濡らしたせいだろうか……。左手を繋いでもいいかな?」

「いいよ」

 お互い、肩の触れ合っている腕を絡ませて手を繋ぐ。

「ワザと肘を動かしてお胸に当たってしまった! というのは有りだろうか?」

「そ、そんなこと真顔で聞かれても困る」

 自分を見つめながら変態っぽいことを尋ねる魔術師に、使い魔も少し真剣に考える。

「おお! 君も真顔で考えてくれるのか!!」

 使い魔の真剣な表情を見て、驚いたような表情を作る。

「”ワザと”を”偶然”に変えれば、有りかも!」

「それだ!!」

 結論が出ると、どちらからともなく笑い出しす。

「真顔で聞いてくるから、わたしもちょっと真剣に考えちゃった。普通に考えれば、ただの変態さんの戯言ざれごとだよね!」

「少し紳士っぽさを出してみようとね! ……引かないでくれて良かった!!」

 言われて、引くのも有りだったかな? と、使い魔は思ったけれど、魔術師と笑い合っている今を思うと、これで良かったと感じた。

「おや? 月が満月からだいぶ欠けてしまっている。並べ始めてから、現実でそこそこ時間が経ってしまったようだ」

「だいぶ欠けてるね。えっとなんだっけ?」

有明月ありあけづき辺りかな」

 使い魔の『なんだっけ?』の意味をなんとなく感じ取って答える。

「有明月か~!」

「新月も近い。それにいつの間にか、現実の世界では2月になっている」

 魔術師は台詞を並べると旧暦で2月は何だったか思い出そうとしていた。

「2月は結構寒いよね」

「うん。……如月きさらぎだ! そうそう。高校生の時、退屈しのぎに旧暦を調べたっけ」

「高校生の時は……退屈だった?」

「まぁ、その大半が精神的に壊れた感じで……。それでも普通に振る舞って……。退屈というよりキツかったのかもしれない。現実逃避も兼ねて、授業でやらないことを調べたりしてたのかもしれない」

「……大変だったんだね」

「壊れた感じだったけれど、人間関係はそれなりに上手く出来ていたと思う。たぶん! 学校だけの付き合いしかなかったけど」

「卒業すると結構、途切れちゃうよね」

「そうだね。でも、私は……たぶんそれで助かった。失くしてしまった本来の自分をどうにかするには一人が一番いい環境だった。……誰も、本来の私を知らないのだから。虚像をもとにアドバイスされても苦しいだけ。とはいっても壊れた状態で精神的に一人というのは結構キツい。二十歳頃が最もボロボロだった」

「……」

 使い魔は、何も言わずに繋いでいる手に少し力を込めて今は”一人じゃないよ”と伝えた。

「まぁ、それは記憶の彼方にある。……でも、ありがとう!」

 魔術師も繋いでいる手に少し力を込めて応える。

「ふふっ!」

 嬉しそうな笑顔の使い魔を見て、魔術師も微笑む。

「手も温まって来た! ……そうそう、今年になって何冊か本を読んだけど、ほぼホラー系だった」

「怖い話が好きなの?」

「たぶん不思議な話が好きかな。それで、その理由っぽいのを考えてみたんだ」

「どんな理由?」

「うん。私は幽霊をみたことはない……と思う。でも、あれは一体なんだったのだろう?? というのはあったりする。その真相が知りたくてというのが理由……にしてもいいかなと思ったり」

 魔術師は右手の人差指で額を軽く叩きながら言う。

「どんなこと?」

「うむ、印象深いのが3種類ある。とりあえず、一番古いのを言うと……。と、その前に一つ言っておくと……私は結構、方向音痴だ」

「ふぇ? あ、うん。それは知ってたかも」

「よし! では、続けよう。あれは確か小学校一年生頃だったか……近所の友達と外で遊んで、夕方になって帰る時に感じたことなんだ。……建物の位置が違う、方角が変わっている……と感じた。すごい違和感を感じて、どの方向に行けば帰れるか聞いたら、自分が思っている方向じゃない……。でも、それでちゃんと家に帰れた……。それからしばらくは、その違和感が消えなかった……というのがある」

「……子供の頃だし、勘違いじゃない?」

「私も、たぶんそうだと思う。でも、ひょっとしたら似てるけど違う世界に迷い込んだかも? と思っていたりもする。私が方向音痴なのは本来いた世界と違う世界に来てしまったから……なんて考えてみたり」

「……可能性はあるかもね」

「うむ。別の世界の私が何らかの魔術を使って、精神を入れ替えたのかも! なんて考えると夢もふくらむ感じがする。……あの頃のあれは、それが上手くいかなくて自分を失くしてしまったとか……」

 魔術師の目に暗い影が宿る。

「大丈夫?」

「ぅん? ああ、大丈夫! ……ちなみに、方角がおかしいと感じたのは二十歳の頃にも2度あった。子供の頃と、精神面が壊れている頃……どちらも勘違いの可能性は高い。二十歳の頃のは2回とも電車の中で感じた。そのうちの一度は、驚いて思いっきり窓の外を見てしまって周りの人たちの視線がちょっと痛かった。……まぁ、進む方角と景色に違和感があったけど、駅の順番はあってたし……。やっぱり勘違いなのかな」

「謎だね」

「うん。その記憶と、最近知った”きさらぎ駅”の話を思い浮かべて、ひょっとしてそういう系か! と楽しんだり……まぁ、別物だろうけど」

「違う世界に行っちゃったらイヤだよ?」

「君と仲良くなれた世界。その思いがきっとこの世界に留めてくれるはず! まぁ、勘違いの可能性が高いし。とりあえず、お話の世界で違う世界にも一緒に行こう!」

「うん」

 使い魔は魔術師と絡めている腕を自分の方へ寄せて頷く。

「これは偶然なのだろうか!」

 魔術師の左ひじが使い魔の胸に当たっている。

「……わたしも意識してじゃなかったから偶然でいいと思う」

「そうなのか! では甘えてしまおう!! グリグリ」

「それはダメだと思う」

 魔術師が肘を動かすので牽制の台詞を並べる。

「つい誘惑に負けてしまった!? ……さて、そろそろ今回を終わりにしよう。残りの2種類はその内ということで」

「残りの2種類? ……ああ、3つじゃなくて3種類。3回方角が変わったことで終わりじゃないんだ」

「うん。種類としては関連性は無いと思う。……今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね!」

「どういたしまして! ……もうちょっとこうしててもいいかな?」

「肘が胸に当たってても良いならぜひとも!」

「そういうのは言わなくていいの!」

「うむ。では、改めまして……ぜひとも!」

「うん!」

 二人はもうしばらく話をしてから、火の始末をしっかりして帰っていった。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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