目を閉じて
空の月は下弦の月を過ぎ、有明月にその姿を変えようとしている。黒い空から降り注ぐ月の光の中、師走の冷たい空気は微かな風と共に散歩をしていた。
屋敷の開いた窓から、冷たい空気と風は入り込み、窓辺に立つ人影の体温を散歩に誘う。
窓辺の人影はボンヤリと月を眺めていた。
「前回から、少し長めに時間が過ぎてしまった。まぁ、その間に本を1000ページ以上読んだから……よしとしておこうかな! あと、パソコンのキーボードを変えたら微妙にボタンの配置が違う。BackSpaceを押すつもりが違うボタンを押していたり……慣れが必要だ!」
そんな台詞を並べてしばらくボンヤリとしていると、月の姿がどんどん変わっていった。
「うむ、少し……いや、かなりボンヤリとしてしまったようだ。並べ始めた時から、現実では二週間くらい経っているようだ。月の姿は上弦の月を過ぎたか」
月の姿を確認すると、体が冷えてしまっていることに気付き窓を閉めた。
「ぅ~む、寒いっ! キーボードは少し慣れた気もする。微妙にタイプミスがまだ多い。いや、これは前からだったかな」
窓の外の月を見ながら独りごとを言う。
「まぁ、慣れさ!」
月を映していた目を閉じ、腕を組んで一人うなづく。そして、そのままの格好で周囲に意識を向けた。
お座敷の中は冷たい空気が満ちている。そこへ、ふわりと気配が現れた。
現れた気配は文章を読む雰囲気を漂わせている。
「何とも12月っぽい寒さだね」
現れた気配に声を掛ける。すると、うなづく様な変化が気配に起こった。
「ストーブが必要な気もするね~」
この台詞にも、うなづく様な変化が気配に起こる。しかし、少しソワソワしたような、うずうずしたような感じを帯びている。
「いや、ここは気合で……。……ダメだな。あまりこういうのは得意じゃないかも。…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
魔術師は使い魔を呼び出す呪文を唱えた。そして、振り向くとそこには使い魔がいた。
「こんばんは!」
姿を現した使い魔は、笑顔で挨拶をする。
「うん、こんばんは!」
魔術師も笑顔を向けて挨拶をする。
「…………」
表情から笑顔を隠し、使い魔は魔術師を見つめる。
「えっと、ちょっと怖い様な気が……あの?」
無表情で見つめる意味を聞こうとした時、使い魔は背中を向けて大き目のダンボールの所へ歩き出した。
「寒さが得意じゃないなら、無理して気合で乗り切ろうとしちゃダメだよ」
大き目のダンボールから毛布を取り出すと、広げながら魔術師に近づいて背中に掛ける。
「おぉ、ありがとう! 毛布を掛けるだけで寒さが、だいぶ違いますな!」
「寒いのに無理したら風邪引いちゃうよ」
「そうだね。……少し体を冷やし過ぎた」
反省しているのか、魔術師の声は静かだった。
「……わたしも冷えちゃうから、一緒に入れて」
台詞とは裏腹に、お風呂上がりで温まっている自分の体温で、魔術師を温めようと思っていた。
「たちどころに君の体温を奪ってしまいそうだけど……」
「良く温まって来たから大丈夫!」
魔術師が羽織っている毛布に自分も入り込む。
「一枚の毛布を一緒に羽織って、立ったまま窓の外の月を眺める……これも悪くは無いけれど、とりあえず、座ろう」
「そうだね!」
二人は毛布を一緒に羽織ったまま移動して、窓を正面に見える位置でコタツに入る。
「電源が無いから、コタツとはいえ寒い」
側にあった薄手の毛布を一枚取ると、コタツの中に入れている四本の足に掛けた。その際、四本の足の内の一本、使い魔の右足の太ももに触れる。
「手も冷え冷えだね」
使い魔は触られた冷たさからなのか、太ももを触られたからなのか、ビクリとして台詞を並べる。
「ごめん。つい触りたくなってしまった。柔らかくて温かい!」
「大丈夫。あなたが変態なのは知ってるから」
「そ、そうか。ならよかった! ……でいいのだろうか」
「どうだろうね!」
触れ合っている所から、自分の体温が魔術師に伝わって行くのを感じながら笑顔で応える。
「あぁ、そういえば……。私は暑いより寒い方が案外平気だよ。まぁ、限度はあるけどね」
「……えっと、あれ? じゃあ、何が得意じゃないの?」
使い魔は自分を呼び出す呪文の、前の台詞を思い出しながら尋ねる。
「焦らしというやつでございます」
「それですぐに呪文を唱えないで話しかけて来てたんだ」
「うん。……でも、君と触れ合いたい気持ちに勝てなかった……」
「ふーん。……寒くて体が冷え冷えだったもんね!」
魔術師の台詞の意味に気付きつつも、照れて惚けた。
「うむ、さすがに体を冷やし過ぎていたからね!」
使い魔の台詞に合わせて台詞を並べる。そして目が合うと笑い合う。
「体、温まって来た?」
「君の体温が伝わって温まって来たよ。ありがとう! ……君は冷えて来てない?」
「平気だよ」
体の重心を魔術師の方へ預けながら台詞を並べる。
「……ぬぅ、月の姿がまた少し変わってしまったか……現実の世界ではクリスマスというやつのようだ」
「クリスマスなんだ」
「今回を並べ終えるのに、こんなに時間を掛けるつもりが無かった……。ので、君へのプレゼントを持ってない」
「わたしも用意してないし……。大丈夫だよ、ありがとうね。」
魔術師の心遣いにお礼を言う。
「クリスマスの前からここにいるからね……」
「そうだね。……そういえば、あなたはサンタさんって信じてた?」
クリスマスとプレゼントからサンタが連想されて尋ねる。
「サンタ……。実の所、信じていた記憶が無い。サンタさんにプレゼントを願うというより、親に買って欲しいものをねだった記憶はあるけど」
「そう、なんだ」
使い魔は少し応えに困った。
「すまないな。子供は純粋と聞いたりもするけれど、自分を基準に考えると……色々と、うぅん? 純粋?? となってしまう。不純な所は今も昔も変わらないということかな!」
左隣に座っている使い魔の胸元へ、魔術師の不純な意志の宿った右手が近づく。
「どんな不純な意志が宿っているの?」
「お胸を触ってもいいかなとか、首元から服の中に侵入を試みてみようかとか……」
「エッチで変態な意志が宿っているということだね」
「まぁ、そうともいうね。それを不純と呼んでも差し支えは無いだろう!」
魔術師の右手の指たちが怪しく動きながら近づく。しかし使い魔は、その手を見ているだけで止めようとしない。
「え? 止めた方がいいの?」
「……えっと、触っても良いですか?」
「ぅう、言葉でそう言われると恥ずかしくて答えに困る……」
クリスマスということも意識している使い魔は、明確な答えを言わずに目を閉じて展開を魔術師に委ねた。
「そっか……。では、まずテーブルをずらして――――」
右手に宿っていた意志を戻して、魔術師はコタツ布団が付いたテーブルを窓の方へ押した。すると、二人が足に掛けている薄手の毛布もずれてしまう。
「――――薄手の毛布がずれてしまうのも計算の内!」
「……広いスペースを確保したんだね」
目を閉じたまま、状況を魔術師に確認する。使い魔は、並んでいく文章を読まずに完全に魔術師に展開を委ねている。
「そう、足が見えないと難しいから」
「……難しい?」
クリスマスと先ほどの魔術師の右手に宿っていた意志、スペースの確保。……そこに”難しい”という言葉。使い魔は、なんとなくその言葉に自分が想像していることとの違和感を覚えた。
それは魔術師の声のトーンが、普段の普通に喋る時と同じだったから。
「そうだったかな?」
「なにが?」
地の文を読んで並べた魔術師の台詞は、地の文を読んでいない使い魔には伝わらなかった。そのかわりに、使い魔はその言葉の意味を想像して探す。
「ある意味、目隠しプレイですな! ……私の右手は今どこにあるのかな?」
魔術師の台詞、呪文の詠唱により、先ほどの魔術師の右手を意識の中に召喚させてしまう。その右手は自分の胸元に伸びていた。
「……ぁぁ」
使い魔は声の混じった息を吐く。
「なんだか、色っぽい声だね! そういえば、何度か触ってしまったことがるけど、私の手に良い感じに収まるよね」
更に呪文を詠唱する。しかし……。
「……あれ?」
「あ。」
我慢出来ずに目を開けた使い魔の視界には、想像していた光景は無かった。
「地の文さんは、あなたの右手の事を文章で並べてない……」
「そして、君の目に映った私の右手はどこへ行くのかな?」
右手の行き先を問いつつも、すでに右手は出発していた。
「ふぇ!?」
使い魔の太ももの下にもぐりこんだ右手は、密かに左手の力も借りて目的を果たした。
一瞬の浮遊感の後、使い魔は足を延ばした魔術師の太ももの上に横向きで座っていた。
「膝は曲げてくれるとしっかり毛布に納まるよ」
「う、うん」
「こうして、再びしっかり毛布を掛ければ暖かい!」
毛布はしっかりと使い魔の足にも掛かる。しかし、魔術師の伸ばしている足には、さすがに掛からない。
「えっと、どうしよう? あ、わたし重くない?」
「お尻が柔らかくて気持ちいいかな。……とりあえず、足は大丈夫」
魔術師は足を器用に使って薄手の毛布を自分の足に掛ける。
「お尻大きいから……。あ、お行儀悪いよ!」
「華麗なる足技ですよ! …………ぬぅ、現実の世界のクリスマスが過ぎてしまったか……」
「そうなんだ。そっか……」
少し残念そうな声で台詞を並べると、背中にある魔術師の左腕に重心を預ける。
「おっと」
支え難かったようで、魔術師は使い魔の重心を自分の方へ移動させた。
「ごめん、やっぱり重かった?」
「そんなことはない! ……過ぎてしまったクリスマス……この体勢で君とキスしたかった」
窓の外に見える月を眺めて呟く。
それを聞いた使い魔は、柔らかく動き、魔術師の左頬へキスをした。
「お、おぉ!」
「キスって久しぶりだよね!」
「うん」
頷くと、使い魔に視線を向けた。
「なんだろう。ちょっと恥ずかしい」
顔を横に向け、使い魔は窓の外の月を見る。
「かわいいものですな」
魔術師の右手が軽く使い魔の顎に触れる。そして、使い魔の顔の向きを自然な感じに変えさせた。
そして、使い魔の右頬へキスをした。
「仕返しされちゃった」
嬉しそうな恥ずかしそうな声を出す。
「クリスマスが過ぎてしまわなければ、君の唇にしたかったのだけれど……。それはまた次の機会に取っておこう!」
「……今してくれてもいいのに」
使い魔は小さな声でつぶやくが、台詞はしっかりと並んでしまっている。
「えっと、公共? のイベントではなく、そういうシチュエーションを展開する文章を並べるのも訓練になるのだよ」
「そうなんだ。……じゃあ、これはいいかな」
腰をひねり、魔術師の方へ出来るだけ上半身を向けると、両手を魔術師の背中に回す。それに応えて、魔術師も腰をひねって使い魔に合わせる。
「左耳に掛かる君の吐息がくすぐったい」
「こうするの好きかも」
魔術師の右手も、使い魔の背中にいた左手に合流して抱き締める。
「君は暖かくて良い匂いがする。……そろそろ今回を終わりにしよう。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「うん! どういたしまして!!」
台詞を並べると目を閉じ、抱き締められている自分をイメージして微笑む。
「そういえば、お胸の柔らかさも伝わってるよ」
「ふふっ、エッチで変態さんだな~!」
「よし! もう少し強く抱きしめてみよう!」
「痛くしないでね!」
使い魔はイタズラっぽい声色で台詞を並べた。
その後しばらく、この調子でじゃれ合ってから二人は帰って行った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




