再びの調査員
空の月は三日月に近い姿をしている。上弦の月へ向けて姿を変えて行く月は、その明るさを少しずつ増して行く。
秋の深まって来た夜の空気は、冷たさを帯びている。
窓を揺らす秋の風は、ガラスに阻まれて室内には入れなかった。秋の風が入れなかったそこは、お座敷と呼ばれている所。
お座敷の中には薄手の毛布があり、誰かがそれを掛けていた。顔まで薄手の毛布を掛け、黒い髪の頭だけが出ている。
静かなお座敷に、窓を揺らす風の音が響く。
風の音に誘われて、黒髪の頭の横に薄手の毛布の中から白い手が二本出てくる。その手は薄手の毛布の端を掴むと、少しずつずらして行く。
薄手の毛布から顔を出したのは使い魔だった。
「外は寒そう……」
秋風が揺らす窓を見ながら、薄手の毛布の中に両手を戻し、暖かさと心地良さを楽しむ。
「暖かいけど、何だか寂しさを感じる」
薄手の毛布の中で抱き締めているクッションに、少し力を込めながらつぶやく。
「……」
沈黙を並べながら抱き締めていたクッションを頭の下に移動させて枕にする。
「……」
仰向けで横になっている使い魔は、天井を見上げながら両手をお腹の上に置く。
「一人で喋ってもあまり楽しくない……。あ、地の文さんがいるんだった。……えっと、別にお腹が痛いわけじゃないよ」
途中から地の文に意識を向けて台詞を並べる。
「なんとなく手の置き場所は、お腹の上がいいかなって思っただけで……それに……。ん?」
左手を動かしかけた使い魔は、空気の微妙な流れに気付き、視線を右側……お座敷の玄関がある方へ向ける。
玄関の近くの空気が揺らぎ、魔術師が現れた。
「こんばんは。なんだか寒いね」
「こんばんは。薄手の毛布を温めておいたよ!」
魔術師に挨拶を返しながら、薄手の毛布の中が暖かいことを伝える。
「テーブルにコタツの布団を装備させようと思っていたけれど、君の体温で温まった薄手の毛布の誘惑には勝てないな……」
ふらりと使い魔の方へ一歩足を踏み出す。それを見て、薄手の毛布を顔まで掛けると体を横向きにして魔術師に背中を向ける。
「薄手の毛布の中で、わたしはどんな服装をしてるでしょうか?」
「ぬぅ? ……このシチュエーションは、この間の……。調査員ごっこを誘っているのか!」
「……」
薄手の毛布を横にずらして魔術師がしっかり入れるスペースを作る。
「君の方からこのシチュエーションを作ったということは、何か意味があるのだろう。……まさかの下着姿だったりして!?」
真面目な顔をしながら、このシチュエーションの意味を想像して台詞を並べる。
「……調査してみればわかると思うよ?」
「それもそうですな」
少し緊張の色が浮かぶ声で台詞を並べると、魔術師は薄手の毛布の中へ侵入した。
「温かいでしょ?」
「おぉ! 間接的な君のぬくもりも良いね!」
魔術師は、使い魔のぬくもりを帯びた薄手の毛布の心地良さに感動している。
「調査員さんはいるかな?」
「もちろんいるよ」
使い魔の体の横側、腰の山を下りたお腹の谷の辺りに調査員が現れた。
「もうわかってると思うけど、わたしはちゃんと服を着ているよ」
「うむ。残念な様な、安心した様な。……調査の過程で可能であれば脱がせる楽しみが……。いや、なんでもないです」
調査員……魔術師の右手は腰の山を目指して進み出し、進む道に境目があることを発見した。
「気づいちゃった?」
「いいのだろうか! ……あれ? ……ん?」
調査員は境目から素肌に辿り着こうとしたけれど、それは叶わなかった。
「このワンピースには、その下に辿り着ける境目は無いよ」
「……なるほど。ワンピースの上に何かを着ているということか!」
調査員は服装の構造を見極めた。
「上に何を着てると思う?」
「えっと、以前に私が君にプレゼントしたカーディガンかな?」
「そうだよ! ふふっ!!」
すぐに言い当てられて嬉しそうに笑う。使い魔が望んだ調査員ごっこの、一番の目的は達成された。
「私はプレゼント出来たことで結構満足するタイプだけれど、それを使ってくれてるのは、また違った嬉しさが込み上げてきますな~! この前の寒い時期も着てくれていて密かにそう感じていたんだよ」
使い魔へ言葉を送りながら、魔術師の右手……調査員は腰の山を登り、山頂で調査をしている。
「あなたの言葉に気を取られて油断しちゃってた……」
魔術師の言葉に気を取られていたのは本当だが、調査員の動きはしっかりと認識していた。
「腰の山の山頂にて、ワンピースの下に布の存在を確認しました」
調査結果を魔術師は読み上げる。
「何だか念入りに調査してる?」
「うむ。下の布の形状も調べておこうかと……」
「……ちょっと恥ずかしい」
恥じらいから体勢を変えようとした使い魔だったけれど、うつ伏せになる途中で元の体勢に戻った。
「調査員の足場が一瞬、更に柔らかくなったような……。夢の大地が広がっていたのだろうか!」
「大地が広が……。お尻大きいからね」
使い魔は自虐的な台詞を並べる。
「そんなことはないさ! ……それを証明するために調査員に、念入りな調査を指示してもいいけど……。どうなさいますか?」
「なんだか恥ずかしいから、また今度でお願いします!」
「そうでありますか! では、引き続き調査を続けます。この前の時は山の神様が上ることを許してくれたけれど、今回はどうだろう?」
調査員は腰の山を下り、カーディガンの辺りまで辿り着いた。
「少しなら許してくれると思うよ」
「少しのイタズラは許してくれるだろうか……」
カーディガンの道を進む途中で、調査員は進路を変更した。崖を下りながらボタンの岩を丁寧に外す。
「えっと、どうしよう……」
山の神が迷っている内に調査員はカーディガンの中に侵入していた。
「ふむふむ、どうやら季節によってカーディガンが大地を覆うこともあるということか。その下にはいつもと同じ大地の鼓動を感じる」
魔術師は調査員の台詞を代弁した。
「カーディガンの中を調査するの?」
「ワンピースの下の布を確認させてもらうと同時に、標高を調査させて欲しいだけです」
「なんだか、すごく変態っぽい台詞回しのような気がする……。あー、でも……でも」
使い魔は明らかに動揺していた。しかし成り行きを魔術師に任せている。
「……あれ? 調査員の調査能力……。いや、指の感覚が鈍くなったのかな? ……ふむ、お山の標高を調査しよう!」
二つの山の間を調査したけれど、そこにワンピースの下の布の存在を見つけることが出来なかった。気を取り直して向かった先は二つ並んだ山の下の方。通称、左胸? だった。
「……」
「…………手の平に何か……。うん」
調査員は何か秘宝の存在を感じ取った。
「最近少し寝不足だったから……途中で眠っちゃっても苦しくないように……その……外してて……カーディガン着てれば大丈夫だと思って。…………カーディガンの中に入って調査するなんてエッチで変態だね!」
動揺していた口調も、台詞の終りの方は落ち着きを少し取り戻していた。
「ごめん。少しやりすぎだった」
「大丈夫。あなたが変態なこと知ってるし。それに、わたしがこの調査員ごっこに誘ったし、カーディガンのことにすぐに気づいてくれたから……大丈夫!」
使い魔は魔術師に背中を軽く当てながら台詞を並べる。
「良かった。……変態に付き合ってくれて、いつもありがとう! まさか秘宝の存在を感じ取れるとは感激ですな!」
調査員は傾斜が緩やかになった崖を登り、ボタンの岩を外して出来た穴から這い出した。そして、ボタンの岩を丁寧の元に戻した。
「ボタン丁寧に掛けてくれてありがとう! えっと、秘宝はどんな感じだった?」
「調査員が感動で踊りたがっていたよ」
「感動なんだ……。それじゃあ、あの……腕枕を貸してもらってもいいかな!」
唐突に使い魔はお願いをする。唐突な台詞ではあるけれど、使い魔の中では先ほどから唱えようとしていた呪文だった。
「なるほど呪文か。君と私の間にある魔力のせいか、効果が絶大だ。……しかし、その魔術を安定させるために君の頭の下のクッションを頂かせてもらいたい」
「いいよ」
使い魔は頭を上げて、あっさりとクッションを差し出した。
「おおぅ! 君の髪の匂いが素晴らしい! ……おっと、左腕をどうぞ」
無事に使い魔の魔術は成功した。
「わたしがこのタイミングで眠ったら怒る?」
「怒らないさ。文字数も3000を超えているし。……眠る?」
「うん」
魔術師に背中を向けていた使い魔は転がり、魔術師の左半身に自分の左半身を覆いかぶせるような格好になる。
「お胸がムニュりと……。ぬぅ、カーディガンの防御力で秘宝へは感覚が届かない」
「エッチだなぁ……。眠っている間に変なことしちゃダメだからね」
「気を付けるよ」
魔術師は少し捲れてしまっている毛布を直しつつ、使い魔の肩にしっかり毛布を掛ける。
「あなたの肩は出てない?」
「毛布が微妙に斜めになっているから右の肩は大丈夫。左の肩は君の体温で温かい」
使い魔は、転がったことで魔術師の腕というより肩の辺りを枕にしていた。
「わたしもあなたと、くっ付いてるところ温かくて心地良い」
枕として貸した左腕の肘から先を曲げて、使い魔の頭を撫でる。
「これは肩枕なのかもしれない」
「……うん」
本格的に眠りに入りそうな使い魔の声は、口の中で小さく響いた。
自分の胸の上に、さりげなく置かれている使い魔の手を握ろうと右手を動かす。その途中で使い魔の着ているカーディガンの左ポケットに触れた。
「何か……。なるほど。ワンピースの下にあると思っていた上の方の布はここにあったか」
魔術師はポケットの外から、中に入っているものの正体を見破った。
「…………」
「調査員は優秀なんですよ」
「…………」
使い魔はすでに眠っていた。
「手を握るのは変なことじゃないよね」
魔術師はポケットの調査を念入りにはせず、使い魔の左手の上に自分の右手を乗せて軽く握った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




