浮かび上がる
空は晴れている。そこにある月の姿は更待月に見える。姿を少しずつ隠して行き、下弦の月になるのは数日後。
晴れた黒い空には秋の雲が漂っていて、月の光を浴びて陰影を見せている。
涼しい風が空気を運び、カーテンを揺らしながら秋の雰囲気を届ける。
お座敷の中にある座椅子に座った人影は、届いた秋の感触を味わっていた。
「微妙に肌寒い……。それにしても綺麗な空模様だ。いつかあんな絵を描いてみたいものだ……。でも、絵具を上手く使えた記憶が無いんだよなぁ……」
台詞を並べた人影……魔術師は人差し指で届かない雲をなぞる。
「雲が流れて行く……。文章を並べて、描写で読み手の心に景色を浮かび上がらせる……これもある種の魔術だ。浮かび上がらせると言っても――――」
秋の空気の中に、ふわりと柔らかい気配が現れたのを感じ取り、魔術師は台詞を止めた。そして立ち上がると窓辺へと移動する。
現れた気配は、どことなく遠慮した雰囲気を纏いながら魔術師の後ろへ移した。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
呪文の通りに振り向くと、そこには使い魔がいた。
「こんばんは。……えっと、タイミング悪かった?」
使い魔は、自分が魔術師の台詞を止めさせてしまったことを気にしていた。
「そんなことは無いよ。……おっと、こんばんは! 挨拶が少し遅れてしまった!?」
少し惚けた声で台詞を並べると優しい笑顔を向ける。
「ありがとう」
「おお! その微笑み素敵だ~!」
使い魔の浮かべた微笑みを見て、魔術師は嬉しさを声で零した。
「……本当に空の模様綺麗だね」
微笑みに照れが混ざり、頬が少し赤みを帯びるのを感じて、魔術師の注意を空へと誘導する。
「だよね!」
「うん。……少し肌寒いかも」
秋の風が使い魔の前髪を揺らす。
「秋の風が運ぶ君の匂いも良い! ……ちょいと失礼しますね」
魔術師は使い魔の右隣に移動して、左手を横に伸ばし、その先にある肩を捕まえて自分の方へ軽く引き寄せた。
「強引だね」
「君と並んでこの空を見たかったからさ! ……隣に君がいて手が届いてしまったから、つい」
「……」
使い魔は、魔術師の方へ重心を傾けて沈黙に意味を持たせて答える。
「更待月の光を浴びた秋の雲の空模様……。さて、そろそろ座椅子に座りながら薄手の毛布で温まろう!」
「座椅子もくっ付けちゃおう!」
魔術師とタイミングを合わせて振り返り、視線の先にある二つの座椅子の位置を見ながら言う。
「うむ、二つの座椅子をくっ付けて、更に座る所に大き目のクッションを乗せてソファーっぽくしてしまおう!」
「しまおう!!」
使い魔は小走りに移動すると、素早く二つの座椅子をくっ付けた。
「動きが早いですな!?」
「ふふっ! 後はこの大き目のクッションを乗せれば座る所は完成!」
大き目のクッションを並べた座椅子の座る所に乗せて、使い魔は魔術師の台詞……呪文……魔術を実現させた。
「おお! 何だか、魔術師と使い魔っぽい展開になった!」
「…………えへへ!」
使い魔自身は意識していなかったので、少し間が空いてから嬉しそうに笑った。
「ではでは、後はこのマント……ではなく、薄手の毛布を二人で掛ければ完成ですな!」
薄手の毛布をマントの様に羽織った魔術師は、使い魔に座るように促す動作をした。
「……座ったよ」
「うむ」
魔術師は普通に座ると薄手の毛布を腰の辺りまで覆って掛けた。
「薄手の毛布の肌触り気持ちいい!」
足の裏で薄手の毛布の感触を感じながら楽しそうな声を上げる。
「ご機嫌ですな! 声が弾んでる」
「そう? ……ふふっ!」
魔術師は使い魔の横顔を見ながら思っていた。
「やっぱり、君といると楽しい! ……さて、では君が来た時の台詞の続きを並べるとしよう」
「うん!」
笑顔で頷く使い魔だけれど、自分が台詞を止めさせてしまったことを意識して、心に何かの影が差す。
「……文章を並べて、描写で読み手の心に景色を浮かび上がらせる……これもある種の魔術だ。浮かび上がらせると言っても――――。からの続きだね」
「なんとなく意味深な台詞の途中で邪魔しちゃった気がする。……あ、ごめん。また邪魔しちゃった」
「一人で台詞を並べるより、君がいた方が楽しいから大丈夫! ……それに、大した意味は無いかもしれないし! ……こほん、浮かび上がらせると言っても、まったく同じモノを浮き上がらせることは難しい」
「同じモノ……浮かび上がる景色は違うモノなの?」
「うん。……君は夕日を見たことがあるかな?」
「普通にあるけど?」
「私も普通に見たことがある。けれど、夕日と聞いて浮かんで来た景色は私と君とでは違うはず。なぜかと言えば、人それぞれの心に沈んでいる記憶を浮かび上がらせているからだよ」
「……それぞれが違う時、違う場所の夕日の景色を思い浮かべているってこと?」
「そんな感じだね。……まぁ、描写が上手かったり、場所や季節などを指定することで、イメージする光景の精度を上げることもできるけど……」
魔術師は視線を窓の外へ向けながら台詞を並べ終える。
「あなたと一緒に見ているこの空は……」
「”更待月の光を浴びた秋の雲の空模様”。という呪文……。更待月の姿の月を知っていて、月の光に照らされる秋の雲を見たことがある相手になら、それを組み合わせて、より近い景色を心に浮かべることが出来る」
使い魔は目を閉じて景色を思い浮かべる。
「あなたも思い浮かべてみてね!」
魔術師も目を閉じて景色を思い浮かべる。
「ほぼ同じ景色が思い浮かんでいるだろうね」
「心が通じ合っちゃった!」
台詞を並べると使い魔は俯いて表情を隠した。
「違う場所にいても、同じ夜に同じ月を見て、相手をお互いに想えば、きっと通じ合う……なんてね!」
魔術師も自分が並べた台詞が照れ恥ずかしくて俯いた。
「……」
「……」
使い魔は俯いたまま横を向いて魔術師の方を見る。それとほぼ同時に魔術師も同じように横を向いた。
「……」
「……」
俯いたまま、お互いに顔が合うと、どちらからともなく笑顔になる。
「これも魔術?」
「魔術というより魔力の効果かな。君と私の間にある魔力の!」
「そっか! ……」
笑顔の使い魔の口元に淡い色っぽさが浮かんでいる。
「ふむふむ、そんな笑顔もあったのか!」
「わたし色っぽい?」
色っぽい表情をあまり意識したことのない使い魔は、俯いていた顔を上げて、口元に手を当てて色っぽい表情を確認しようとする。しかし、その時点で既に色っぽい表情は沈んでいた。
「今は可愛い表情をしているよ」
「うぅ、可愛いって言えば喜ぶと思っているでしょ!」
「正直に思ったことを台詞にしただけだけど?」
「……照れちゃうじゃない! もう!!」
使い魔は、薄手の毛布に座った状態から吸い込まれるように横になった。大き目のクッションを枕にしつつ、薄手の毛布で顔を隠す。
「本当は、違うお話の展開で進むはずだったけれど、この展開も良い感じだ! 君の新たな笑顔を発見したし!!」
「そうだったんだ……。そのお話はどんな展開だったの?」
「そっちも、魔術っぽい展開だよ。うむ、……またの機会に展開させよう! ……さて、そろそろ今回を終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれて、今回もありがとう!」
「どういたしまして!」
使い魔は毛布から顔を出して魔術師を見上げながら応える。
「座ってるの疲れて来たから、私も横になる」
魔術師も座った状態から薄手の毛布へ吸い込まれるように横になった。
「今回もこの後、もうしばらくお話してくれる?」
「もちろん!」
二人は薄手の毛布を一緒に掛けて横になりながら、しばらく話をしてから帰って行った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




