調査員
空は雲に覆われている。そして空からは雨が降っていた。
雲の向こうにある月は三日月ほどの姿をしている。雲を通して届く月の光は、薄暗く世界を照らし出していた。
雨と共に地上に降り注ぐ月の光は、雨には通ることが出来ない窓ガラスを通り抜けてる。しかし、ガラスの向こうにはカーテンがある。カーテンは、窓の三分の二を隠していた。
カーテンに遮られない所から差し込む月の光がお座敷を照らしている。
お座敷の中では誰かが眠っている。雲を通り、カーテンに遮られた月の光では、明るさが足りず、肉眼で誰なのか判別することは難しい。
眠っている誰かはクッションを枕にし、薄手の毛布をしっかり首まで掛けている。窓の方へ体を向け、横向きの格好だった。
カーテンの隙間から届く月の光は、毛布を掛けて眠っている誰かのお腹の辺りを照らしている。薄手の毛布はその誰かの呼吸に合わせて微かに動いていた。
外から聞こえる雨の音が大きくなって来たが、毛布を掛けた誰かは穏やかに眠っている。
雨音が響くお座敷の空気が揺らぎ、誰かが姿を現した。
姿を現した誰かは地の文を読み、状況を確認した。
「……とりあえず暗い。大き目のダンボールからランタンを出そう」
声の主は足元に気を付けつつ、お座敷の中にある大き目のダンボールへ向かった。
「手探りだけど見つけられるはず……。おぉ、あった」
ランタンを手に取り、スイッチを入れると明かりが点いた。電池式のランタンはお座敷の中を照らす。その明かりで照らし出された薄手の毛布をしっかり首まで掛けているのは使い魔だった。
「何だか肌寒いね」
魔術師は使い魔に声を掛ける。
「…………うん」
寝たふりをしようかと思った使い魔だったけれど、素直に答えた。
「寝たふりの君にイタズラするのも面白そうだったな」
使い魔の”頭”が向いている方角のその先にランタンを置く。お座敷の玄関から見て奥の方が明るくなっている。
「どんなイタズラするの?」
使い魔は、薄手の毛布に首から下を隠したまま顔を魔術師の方へ向けて尋ねた。
「顔に落書きとか?」
「ひどい!」
「冗談だよ。そもそも、落書きする道具を持っていない……。いや、大き目のダンボールから出すことが出来るのか……」
「……冗談だよね?」
なんとなく心配になって聞いてみる。
「本当に眠っている時はしないから大丈夫!」
「そう」
寝たふりをしていて、顔に落書きされそうになった場合の対処法がわかって安心した使い魔は、顔を正面に向けて目を閉じた。
「首まですっぽりですな」
「うん。肌寒いからね……。あなたも一緒に温まろう?」
「そうさせてもらおう! ……ところで今の君の状況は、大き目のダンボールと似た感じになっているね」
「?」
魔術師の台詞の意味に”はてな”を浮かべる。
「薄手の毛布の中……君は今どんな格好なのかな?」
「横向きで寝てるよ」
使い魔は今の自分の格好を答えた。
「なるほど。横向きか! ……じゃなくて、えっと、服装はどんなだろうね?」
「あぁ、そっちの格好か! 着て――――」
「ストォップ!」
使い魔の台詞の途中で、魔術師が強引に台詞を挟んだ。
「……」
台詞を止めて沈黙しながら様子を見る。
「……コホン、今の私には君が今何を着ているのかわからない。いつものワンピースかもしれないし、違う服かもしれない。あるいは下着姿かもしれないし、何も身に付けていないかもしれない」
魔術師は、わざとらしい咳ばらいをしてから台詞を並べた。
「エッチな妄想をしているんだね」
「可能性の話さ! ……このお話に出てくる大き目のダンボールは許容範囲内なら何でも取り出せる。今の君の状況はそれに似ている」
魔術師が何を言っているのか、なんとなくわかった使い魔は、使う言葉に気を付けながら台詞を並べることにした。
「わたしは自分が何を着ているのか知ってるよ? だから、あなたはわたしの服装を変えることは出来な…………いよね?」
使い魔は台詞を言い終わる辺りで何かに気付いた。
「何に気付いたのかな?」
「気のせいだと思う」
使い魔が気付いたのは、仮に魔術師が下着姿を望んだ場合、それに自分が応えて薄手の毛布の中で服を脱いだとしたら、魔術師の望んだ結果になる。……ということだった。応えられる範囲は狭いけれど……。
「なるほど。それも魔術の類だね。発動には膨大な魔力が必要かな……。使用される魔力は、私と君との間にあるモノ。願う私に、応える君……。呪文を詠唱するのは私……成功のカギは君だね!」
地の文から使い魔が気付いた内容を読んで台詞を並べる。
「どんな呪文だろう?」
「呪文……この場合は口説き文句とも言う。呪文のタイプとしては、お願いかな! ……呪文に選ぶ言葉によっては魔力の消費量は違うし成功率も変わってくる」
「選ぶ言葉……強要する感じのはイヤかな」
「私も強要するタイプの呪文は好みじゃない。……それで望みが叶っても嬉しくないし」
「そうなんだ。……あ、でも簡単には成功しないと思うよ!」
使い魔は改めて側にいる魔術師の存在を意識して、防御の呪文を唱えた。唱えた理由は、それがイヤという訳ではなく恥じらいからだった。
「ふむ、簡単には成功しない感じなのか。そうか……」
「……魔力は足りてそうだけど」
使い魔はさりげなく隙を見せてみた。
「そうなのか!」
「……」
嬉しそうな声を出す魔術師に、沈黙で答える。
「でも、今回はその魔術は使わないけどね」
「そう……なんだ」
どことなく魔術師の口説き文句を期待していた使い魔は、少し元気の無い声でつぶやいた。
「うん。……えっと、薄手の毛布をご一緒してもいいかな?」
「いいよ」
使い魔の答えを聞いてから、魔術師は移動を開始する。その行き先は、窓の方へ体を向けて横になる使い魔の背後。
魔術師の位置を背中越しに感じ取り、掛けている薄手の毛布を後ろへ必要な分ずらす。
「では、失礼します」
「どうぞ」
使い魔の声を聞いてから薄手の毛布へ侵入する。
「暖かい。君のぬくもり……良いな!」
「もう秋だね」
肌寒い空気の中、一緒に毛布に包まるというシチュエーションを意識した使い魔は、口元に笑みを浮かべた。
「そうだね。秋の夜は少し寒い感じだ。ところで……君に触れてもいいかな?」
「いいよ! ……体……冷えちゃった?」
「少し冷えたかな」
魔術師は答えながら使い魔に触れた。
「……ああ、わたしの服装を調べてるんだね」
使い魔は魔術師の右手が自分に触れるのを意識しながら台詞を並べる。
「毛布に包まれている君の服装は、私にも謎だったからね!」
「……触り方、くすぐったいよ」
魔術師の右手は使い魔のお腹の辺りを軽く撫でていた。
「服はちゃんと着ているようだ」
「普通だよね」
「そうだね!」
服を着ていることを確認した魔術師の右手は移動する。
「まだ調べることあるの?」
「もちろん! ……服を着ているはわかったけど、どんな服かわからないし」
「そう……」
使い魔は自分が言葉で描写すれば済む事だと解っているけれど、魔術師に付き合うことにした。
魔術師の右手は使い魔のお腹の辺りから下の方へ移動して行く。一応描写すると、使い魔の全面ではなく側面を下の方へ……。魔術師の右手は腰の山をゆっくり上って行く。
「なるほど。上下で服の境目がない……。ということは着ている服のタイプはワンピースだな! いつものあれかな?」
「正解! ……腰の当たりに気になることでも?」
お腹から登った腰の山頂辺りで魔術師は何やら調査をしていた。
「ふむ、服の下にも何やら布の気配がある」
「それも普通だよね?」
「うむ。腰の山を登ったかいがあった!」
「お尻大きいからね……」
使い魔は自虐的な台詞を言う。
「そんなことは無い! 可愛くて素敵なお尻だよ!! ……そちらも調査したいけれど、また今度にしよう」
「そう」
魔術師が変態っぽくない! と、使い魔は一瞬思ったけれど、すでに変態っぽいことをしている! と、すぐに思い直した。
「まだ調査せねばならぬ所があるので、先を急ぐのだよ!」
冗談っぽく台詞を並べる魔術師の声が楽しそうだなと感じながら、何を調査するのだろう? と、考えていた。
調査員は、使い魔の腰の山からお腹の谷へ降りて行く。
「魅力的な道のりだ!」
くびれの谷を通り、しばらく進んで行くと、使い魔の肋骨の存在を発見する。
「……」
調査員は肋骨を調査する振りをしながら別のものを探していた。
「ふむふむ、こちらにも服の下に布が確認できる」
「完全に眠るつもりなら外したりするけど、ちょっと休むつもりだったし……。付けてても不思議じゃないよね!」
台詞の途中で恥ずかしさが増してきて、最後は妙に元気な声で言った。
「ほうほう」
魔術師の右手……調査員は、慎重に更に調査を進める。行く手には使い魔の何気なく置かれている腕があった。
「……」
使い魔は調査員の目的がなんとなくわかったけれど、その行動を邪魔しなかった。
「山の神様、ありがとう!」
魔術師は、神に”様”を付けることが少ないけれど、この神は特別らしい。
「小さい山だけどね」
使い魔の少し緊張した声を聞きながら、調査員はの小ぶりな山を少し浮かぶ感じで登った。
「手に良い感じに収まる感じだし、私は好きだな」
「何気に、結構エッチなことしてるよね?」
「調査員の正体が変態ということがバレてしまった!?」
少しおどけた感じに言う。
「わたしは最初から知ってたよ」
「な、なんと! ……おっと失礼!」
魔術師は驚いた振りをして、右手に納まっている山を優しく一瞬握った。
「……ダメだよ」
「つい、君の魅力に負けてしまった」
「本当はダメなんだからね!」
ダメと言いつつも、いまだに自分の胸に置かれている魔術師の右手がそこにいることを許している。
「右手の指の運動を連続でしても大丈夫かな?」
「……ダメだと思う」
感情を隠した声で使い魔は”ダメ”と言った。
「怒らせてしまったかな」
「どうだろうね?」
使い魔は感情を隠して言う。しかし、その理由は怒っているからではない。それは魔術師にも本当はわかっていた。
「どうしてそう思うの?」
「なんとなくかな! 君との間にある魔力が教えてくれた!! という感じかな。私の調査員ごっこにも付き合ってくれてたし」
「そうなんだ。そっか! ……指の運動を連続でする?」
「今回は一揉みで満足することにするよ。幸せの一つを掴んだ感じだし!」
魔術師の右手は山から下りて、畳へと降りて行った。
「そろそろ絨毯を敷いた方がいいかもね」
「次回辺りにやろう! ……ところで、君が枕に使っているクッションが欲しいな。ちょっと首が疲れて来た」
「あ、ごめん。気づかなかった」
使い魔は、枕にしているクッションをずらすけれど、二人で頭を乗せるには少しキツイ。
「ドキドキの接近戦もいいけど……。君には私の左腕をお貸ししよう」
腕枕……という文字が使い魔の頭に浮かぶ。
「じゃあ、交換」
使い魔は頭を上げて、クッションを魔術師に譲った。
「ありがとう。では、代わりに……」
魔術師は使い魔の使っていたクッションに頭を乗せつつ、少し体の位置をずらし、左腕を使い魔の頭の下に差し入れる。
「……」
使い魔は、魔術師の腕に頭を下ろすと音に気付いた。そして、その音に意識を向けた。
「横向きだから耳が腕にくっ付く感じだね」
「うん。あなたの鼓動が聞こえる。ドキドキしてる」
「まぁ、生きてるからね」
「ふふっ! ……そういえば、いつの間にか雨が止んでるね」
「現実では、数日経ってるみたいだね。月の姿も変わっている。もうすぐ上弦の月……辺りかな」
「カーテンの隙間から見える月はそんな感じだね。……ふふっ!」
使い魔は、魔術師の腕枕で月の姿を見ているシチュエーションに嬉しそうな笑い声を零した。
「君も可愛くていい感じだ!」
魔術師は右腕に少し力を込めて、使い魔を抱き寄せて密着度を増やした。
「……」
沈黙している使い魔は思っていた。魔術師に抱き締められて、もう逃げれないなぁ……。と。……もっとも、今の魔術師が抱き締めている力は、使い魔を物理的に拘束できるほどのものではない。
「少し力を入れすぎたかな?」
「もうちょっと力を入れても大丈夫だよ」
抱き締める右腕に更に少しだけ力を込める。
「ぅん……」
使い魔は体の力を抜いて魔術師の方へ重心を預ける。
「甘えられてる感じ、良いな! ……さて、そろそろ今回を終わりにしよう。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして! ……もう少し、こうしていてもいいよね?」
「もちろん!」
「よかった。……そういえばこの間――――」
二人はその後もしばらく話をしてから帰って行った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




