暗がり
空にある月は満月の手前の姿。小望月……幾望とも呼ばれる姿をしている。しかしその姿は雲に隠れがち……天候は曇りだった。
真夏の時をしばらく過ぎた頃。真夏に、はしゃぎ過ぎた暑さは少し疲れたのか大人しくなり、涼しさが顔を見せている。涼しさを纏った夜の空気を淡い風が運んでいる。
涼しい風は建物に遮られた。しかしその一部は、建物の窓から入り込む。その風が入り込んだ窓は、お座敷と呼ばれている所だった。
お座敷には人影が一人静かに眠っていた。起きていれば、窓の外の月が良く見える位置に。
風が揺らしたカーテンのはためきが納まると、しばらく静寂が続いた。
静寂の空気を、ふわりと現れた気配が揺らす。その空気の揺らめきは優しく穏やかだった。
現れた気配は、お座敷の中にある静かに眠っている人影の様子を窺っている。
「本当に眠ってるんだね」
使い魔は姿を現しながら台詞を並べた。
「…………」
眠っているので答えは無い。
「ちょと肌寒いね……。何も掛けないで眠ってると風邪引いちゃうよ」
大き目のダンボールから薄手の毛布を出すと、何も掛けずに眠っている魔術師のお腹の辺りに横向きに掛けた。そして、窓辺に近づくと窓を閉めようか思案した。
「雨は今の所大丈夫そうだね……」
振り返り、眠っている魔術師に声を掛ける。
「地の文さんが”眠っている”という一文を隠さずに使う。……よく眠ってるんだね」
使い魔は魔術師の左隣に座ると、窓から空の様子を見ながら手さぐりに何かを探す。その右手は魔術師に掛けられている薄手の毛布の中に忍び込んでいる。
横向きに掛けられている薄手の毛布の中で、使い魔は探しているものを見つけ出し、それに手を乗せた。そして、それの形を確かめるように指を動かす。それは相手にとって、くすぐられることにも似ていた。
使い魔はくすぐっているつもりは無かったけれど、使い魔の指はそれにつかまり動きを封じられた。
「こんばんは」
「こんばんは」
目を覚まして挨拶をする魔術師に、使い魔も挨拶を返す。
「……薄手の毛布を掛けてくれたのか。ありがとう」
「うん。ちょっと肌寒いし、風邪引いちゃうかなと思って。……よく眠ってたね」
重ねている自分の右手の指が、魔術師の左手の指に挟まれる形で封じられている姿を薄手の毛布越しにイメージで視ながら言う。
「実は、君の夢を見ていた。……あれだ、夢中で眠ってしまったというやつだ! そして目が覚めたら君の手が重なっていたから、つい捕まえてしまったよ」
魔術師は微妙によく眠っていた理由を答えつつ、使い魔の目を見つめる。
「夢と夢中をを掛けた感じだね。……どんな夢だったのかな?」
「どんな夢だったと思う? ……ニヤリ」
「わざわざ台詞で『ニヤリ』って言うのが何だか怪しい感じがする……。ひょっとしてエッチな感じな夢?」
「そんな感じの夢も見てみたいけど、一緒に散歩をしている夢だったよ」
「お散歩の夢だったんだ。……『ニヤリ』に何か意味はあったの?」
魔術師の『ニヤリ』という台詞が気になる使い魔は尋ねる。
「意味としてはミスリードを狙った感じかな。狙い通りに君はエッチな感じの夢かと思ったようだし、成功だ!」
「……」
「出来心でした。イタズラ心でした。ごめんなさい」
使い魔の沈黙に不安を覚えた魔術師は謝る。
「……お散歩の夢って、どんな感じだった?」
ミスリード……罠に掛かったけれど、特に怒っていない自分の心の内を感じつつ、謝ってくれたことを記憶しながら、魔術師の夢について改めて尋ねる。
「どんな感じ……。まぁ、デートしてる感じかな」
「デート……」
デートという単語で、使い魔は洞窟の先の湖へ行った時のことを思い出していた。
「この涼しさで湖に入ったら、風邪を引いてしまいそうだ」
地の文に並んだ使い魔の思考を読みながら魔術師は台詞を並べる。
「そうだね。まぁ、湖を眺めるだけでもいいんだけどね!」
使い魔の頭の中では、湖で魔術師とデートしている光景がイメージされている。
「また今度行こう」
「うん」
使い魔のイメージは膨らみ、湖にボートが浮かんでいる。
「あの湖に用意できそうなのは、ゴムボートくらいかな。木で出来ている感じのは難しそうだ……」
魔術師は召喚に用いる道具の許容範囲を意識しながら言う。
「それなりの大きさ……。大き目のバックでも、さすがに木のボートは入りそうにないね」
「まぁ、召喚にこだわらないで。台車とかを駆使すれば……」
「無理しないでゴムボートで大丈夫だよ」
いつの間にか、湖でゴムボートに乗るデートプランが計画され始めていた。
「とりあえず、それはまだ先の話だね」
「……うん。えっと、座ってるの疲れちゃったから、わたしも横になろうかな!」
「おお、そうか。では、私が枕にしている大き目のクッションを少しずらして……君も頭を預けるといい」
魔術師は、枕代わりにしている大き目のクッションをずらして、使い魔が隣に横になり、頭を預けられるスペースを作った。
「では、失礼します!」
改まった感じの台詞を並べると、使い魔は魔術師の隣に横になった。そして、横向きで魔術師に掛けれられている薄手の毛布を自分のお腹の辺りに一緒に掛ける。
「何だか空気が美味しくなったな!」
魔術師は大きく息を吸うとそう言った。
「…………空気が涼しいからね」
使い魔は少し考えてから答えた。
「えっと、今回も君は良い匂いがして……空気が美味しくて……」
「涼しかったから、湯船に浸かって長湯しちゃった! ……」
「そ、そうか! うん。そうなのか」
自分の台詞に対して、ワザと答えを外す使い魔に、魔術師は自分の台詞選びを間違えたと、動揺していた。
「あっ、違うの……。良い匂いって言われるの嬉しいけど……なんだか恥ずかしような、照れるような……」
「なるほど! ……照れた反応の一つだったか!」
「…………あっ! 雨が降ってるよ。それに……少し暗くなった気がする」
使い魔は照れ恥ずかしさを隠しながら、外の様子に話題を向けた。
「おぉ、これは……。窓を閉めないと」
風に乗って雨がお座敷の中に少し入って来ていたので、魔術師は急いで立ち上がり窓を閉めた。
重ねていた手が離れてしまい、使い魔の心に寂しさが影を差す。
「……満月。十五夜は少し前に過ぎちゃったみたいだね」
「そうだね。雲の向こうにあるからよく見えないけど……更待月かな。下弦の月にはまだなっていないみたいだ」
月の姿を雲の向こうに想像して視てから、魔術師は振り返って使い魔の姿を見ると、その姿に見惚れた。
「? どうかしたの?」
「……いや、上半身を起こして薄手の毛布で体を隠している格好が、色っぽくて」
「そうなの? わたし色っぽい?」
狙ってそうしたわけでは無く、肌寒さと寂しさの影から自然にそういう格好になった。
「うん」
魔術師は頷いて答えると、使い魔の隣に戻る。
「……薄手の毛布をどうぞ」
使い魔は大人しい口調で魔術師に薄手の毛布の端を渡す。
「どうも。……この涼しさなら薄手の毛布の向きを縦にして、足も隠しても大丈夫じゃないかな!」
「うん。実は、足が少し寒かったの!」
二人は妙に明るい声で言葉を交わした。
「ではでは、君の方の薄手の毛布の端を頂こうか!」
「はい、どうぞ!」
協力して薄手の毛布の向きを横向きから縦向きに変えた。
「それでは、横になってお話をしよう」
「うん」
使い魔は素直な返事をして上半身を横にした。横になった使い魔と目を合わせてから魔術師も上半身を横にした。
「雨音が響いている」
「結構降ってるね。……たくさん雨が降ったらあの洞窟は川みたいになるのかな」
「なりそうだね。大雨の日は危ないかも」
雨音は響き続けている。
「そういえば、怖いお話は紡げない感じなんだっけ?」
「まぁ、そうだね。正直、難しいと感じている」
「どうして?」
「怖い話……。幽霊系のお話も結構読んでるから、それを真似て紡げばよさそうだけど……。どうも頭が固いらしくて自分発ではイメージが掴めない」
「幽霊を信じていない……という訳でもないんだよね」
使い魔は過去の魔術師の台詞を思い出しながら言う。
「まぁ、認識の仕方の違いはあるかもしれないけどね。幽霊の否定はしないよ」
「肯定は?」
「魔術師として、幽霊を肯定しよう」
「やっぱり幽霊はいるんだ」
使い魔はお座敷の中にある暗がりに視線を向けながら台詞を紡ぐ。
「以前に使った言葉を忘れてしまったけれど、幽霊はいるよ」
「……」
暗がりに何かがいる気がして、少し怖くなった使い魔は、魔術師の左腕に自分の右手を絡めた。
「君が怖がってくれるなら、これは怖い話になるのかな?」
「何かがいるならそうなるかもね」
使い魔は怖い話になりそうな展開に不安を覚えながら台詞を並べた。
「なるほど……」
「なにもいないよね?」
怖いという気持ちが増した使い魔は、体を魔術師の方へ向けて両腕を魔術師の左腕に絡める。
「おぉ、これはこれは……」
「え? なにかいるの?」
「うん。君もよく知る変態が一人……」
「それって、あなたのこと?」
「そうだよ!」
明るく朗らかに台詞を並べた魔術師の声で、使い魔は体に入っていた力が抜けた。
「真面目にちょっと怖かったんだからね!」
「すまんな、君のお胸が柔らかくて……つい幸せで台詞が出てしまったのだよ」
魔術師は優しい笑顔を使い魔に向けながら謝った。
「……」
使い魔は魔術師の左腕を抱き締める力を強めてみた。
「ぬは!」
魔術師は喜びの妙な声を出した。
「ふふっ!」
使い魔は魔術師の嬉しそうな声に満足して明るい笑い声を出した。
「怖い話を紡ぐより、君とイチャ……仲良くお話を紡ぐ方が楽しいな!」
「わたしも楽しいよ!」
「嬉しい事を言ってくれますな! ……もっと、文章並べを上達させたいな」
「頑張ろうね!」
「うん。……文章並べの上達を目的として、現実の私は怖い話にチャレンジしてみようと思っているらしい」
「怖い話……。髪を洗えなくなっちゃうかも」
「その時は、良ければ私が髪を洗ってあげよう。おまけで全身手洗いもお付けしよう」
真面目な顔で魔術師は使い魔に提案した。
「もしかしたら、お願いするかも」
「マジか! ……コースは変態洗いと紳士洗いがあるけどどちらがいいかな?」
「えっと、紳士洗いでお願いします」
「かしこまりました! ……と、まぁ、冗談も楽しいものだね。さて、そろそろ今回の文章並べを終わりにしよう。今回も手伝ってくれてありがとう!」
「冗談だったんだ。……うん、どういたしまして!」
二人はいつもの感じの終わり際の台詞を並べた。
「それにしても、最近涼しいね。このまま涼しさは続いて寒さに変わるのかな」
「どうかな? ……あ、そういえばこの前ね――――」
一枚の薄手の毛布を掛けたまま二人はしばらく話をしてから帰って行った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




