満月から新月へ向かう
空は曇っている。しかし時折、雲の隙間から月が見える。その姿は満月だった。満月……十五夜。
雲の向こうにその姿があっても、この世界の月は現実の月より明るいので、淡く明るい夜の風景が広がっている。
月明かりの下、屋敷の窓が開いている。微かに吹く風が、お座敷のカーテンを柔らかく揺らしていた。
「十五夜ですな! さぁさぁ、空を見たまえ!」
「……曇ってるね。でも、雲の向こうに丸い輪郭が見える」
「確かに曇っている。えっと……新月、二日月、三日月、上弦の月、十日余りの月、十三夜月、待宵月、十五夜」
魔術師は、前回覚えた月の名前を並べた。
「おー、ちゃんと覚えたんだね!」
使い魔は小さく拍手をしながら言った。
「まぁね! ……現実の私も調べないで、記憶を頼りに月の名前を並べたのだよ」
「すごいね!」
微笑みを向けながら褒める使い魔の雰囲気に、魔術師は嬉しくて笑顔になるのを抑えられなかった。
「私もやれば出来るのさ!」
「ふふっ!」
笑顔の魔術師を見て、自分も嬉しくなった使い魔は優しい笑みを浮かべた。
「さて今回は、満月から新月へ向かう月の名前を勉強しよう」
「うん!」
並んでお行儀悪くテーブルに腰かけていた二人は、窓の外へ視線を向けた。
「とりあえず、あの雲の向こうにある月の姿は十五夜」
「十五夜……満月だね!」
使い魔は魔術師の方へ顔を向けると、楽しそうな口調で台詞を並べる。
「うむ、君も覚えているね!」
「地の文さんも、最初の方で並べてるね! ……十五夜の次は何て名前なの?」
一緒に勉強することを楽しみたい使い魔は、意識してはいないが、少し口調が甘える感じになっていた。
「十五夜の次の名前は……」
魔術師は、右手を前に伸ばして宙に字を書く。十六夜……と。
「じゅうろくや?」
宙に書かれた字、十六夜にフリガナが付いていないのでそのまま読む。
「普通に読むとそんな感じだけど、十六夜と読むそうだよ」
「いざよい……。十六夜……。そうなんだ」
使い魔は十六夜という読み方を、頭の中で何度か復唱した。
「では、その次……。次は、立待月という」
「今度は最初からフリガナついてる! 立待月。……十六夜、立待月」
一緒に月の名前を勉強するということなので、使い魔もしっかり覚えるつもりだった。
「ぬぬぬ、私が忘れていて、君が覚えていたら……なんだか恥ずかしいな」
「大丈夫! わたしも忘れっぽいから」
「そうかな? ……とりあえず、先に進もう。……次は居待月という」
居待月という知識を得た使い魔の表情に少し不安が浮かんだ。
「居待月がどうかしたの?」
「えっと、十六夜、立待月、居待月……。うん、大丈夫! なんとなく、立待月と居待月がちょっと似た名前だなと思っただけ……。十六夜、立待月、居待月」
そう言いながら、指を折りながら月の名前を十六夜から復唱する。
「次も少し似た感じだよ。寝待月というんだ」
「……十六夜、立待月、居待月、寝待月。……立居寝る? 立待月、居待月、寝待月……何だか早口言葉みたい」
「次は……更待月」
「ふ、更待月……。十六夜、立待月、居待月、寝待月、さら……更待月。”さらまちづき”って読んじゃいそう」
「そうだね。それに、何だか”待”という字が付くのが多くて間違えそうだ……。次は……下弦の月」
”待”続きが終わり、月の名前のパターンが変わった。
「満月から姿を隠して行く月で、半分の姿だね」
「そうそう! 上弦の月も下弦の月も、月を弓に見立てて付いた名前だそうだよ」
魔術師は月の名を調べながら台詞を並べる。
「月を弓に……。どんな人が名前を付けたんだろう。なんだか良いね!」
「う~ん。とりあえずは……昔の人が付けたということはわかる!」
「うふ、そうだね!」
間違ってはいないけれど、微妙にボケたことを言う魔術師に、使い魔は笑い声を出して応える。面白いかどうかは別として、使い魔は笑顔だった。
「さて! 次の月の名前は、有明月」
「有明月……。えっと、十六夜、立待月、居待月、寝待月、……更待月。下弦の月、有明月……」
使い魔の表情に少し混乱が見える。
「”待”ちが続く月の名前の順番は、最初は……立って待っている。疲れたので座って……居座って待っている。待ち疲れて寝て待っている。ちょと寝て待っていたら夜も更けたか……という感じかな」
微妙に記憶術の類を応用して詠唱した。
「それは魔術?」
「どうかな? 私は記憶力が案外弱いので、それっぽい術の本を何冊か読んだことがあって、それをふと使ってみただけだよ」
「そうなんだ! 面白そうな術だね!!」
元気な笑顔で台詞を並べる使い魔だが、自分との記憶も術を使って憶えているのだろうか? と考えている。
「君との記憶は自然に憶えている。……記憶というより思い出として蓄積されてるから、術無しでも余裕!」
魔術師は空を見ながら、使い魔との思い出を頭に浮かべていた。
「そっか! 思い出いいね!」
「思い出は呪文の詠唱しなくても、すぐに思い出せるところも良いね! 感触までもが蘇る!」
使い魔に触れた感触を思い出し、それを強くイメージしている。そして、ふと気づき、視線を空から使い魔の方へ向ける。
「え?」
「実物がいるではないか!」
暑さもあって少し離れてテーブルに座る二人、その間に、なにげなく置かれている使い魔の右手に自分の左手を重ねる。
「……」
「おっと、手が少し汗ばんでいたかも」
「大丈夫」
自分の手の甲に重ねられた手、その手は自分の手の平の方へ少し指が回されている。その手が逃げようとしたので、台詞を短く並べながら親指で捕まえた。
「手を繋いで月を眺めるのも良いね! あの月は……立待月かな。私達は座ってるけど! ……十五夜から現実で数日経ったようだね」
「うん」
使い魔は静かな声で台詞を並べた。
「……夜風は涼しいけど、くっ付いたらやっぱり暑そうだね」
「…………ためして……みる?」
繋いでいる手を見ながら遠慮がちに尋ねる。
「試してみよう! とりあえず、逃げないように……」
魔術師は少し体をひねって右手を伸ばすと、使い魔の右の二の腕辺りを軽く掴む。掴みながらその近くの特に柔らかそうなところを意識した。
「エッチなこと考えてる?」
「それはまぁ、お胸に近いから。つい!」
使い魔の二の腕を掴んでいる手の指が離れて、使い魔の胸の方へ伸びないように耐えつつ、使い魔の右手と繋いでいた左手を放す。すると、自分の隣に座れるように、使い魔は自分の右手を二の腕を掴まれたまま膝へと移動させた。
魔術師は、使い魔が暑さで逃げないように注意を払いながら、使い魔のすぐ隣に座り直す。
「風も涼しいし、大丈夫そうだね」
「欲深な私は、隣に座るだけでは満足出来ないのだよ!」
そう台詞を並べると、使い魔の右の二の腕を掴んでいた手を離し、左手を伸ばして使い魔の左肩を抱く。
「……」
使い魔は小さく息を漏らすと、体の重心を魔術師の方へ傾けた。
「今回も君は良い匂いがするね! それに、体温の差なのかヒンヤリして心地良い」
「心地良いの?」
「うん」
「そうなんだ。ふふっ!」
使い魔は膝の上に置いていた自分の右手を、二人の間から後ろの方へ回し、魔術師の腰へ回して密着度をさらに強めた。
「おおお! お胸が! お胸が当たってる!!」
「なんのこと?」
使い魔は惚けながら目を閉じる。
「さて、なんだったかな。ぐふふ! 心地良い上に気持ちも良い感じだ!」
「わたしがあなたを変態にしちゃったのかな?」
「お胸が当たって変態スイッチを押してしまいましたな!」
「押しちゃった! ……あ、そういえば、有明月の次はなんて名前?」
ふと、思い出した振りをしながら魔術師を微妙に牽制する。
「あー、うん。有明月の次は三十日月だよ。ほぼ新月のことかな。君を意識しすぎて忘れてた」
使い魔は空の月を見ながら、月の名前を復唱する。
「新月、二日月、三日月、上弦の月、十日余りの月、十三夜月、待宵月、十五夜。……十六夜、立待月、居待月、寝待月、更待月、下弦の月、有明月、三十日月。……今は覚えてるよ!」
「おお! さすが!! まぁ、同じ月の姿でも呼び名は色々あったりする。とりあえずの一通りね!」
「……思ったより難しそう」
使い魔は正直に思ったことを口にした。
「覚える意味も込めて、他の名前も混ぜて文章に組み込んで見たいと思っている……。まぁ、今は覚えた一通りの名前を使いこなすところから始めよう!」
「うん。同じ月の姿の、他の名前も機会が来たら教えてね」
「もちろん! ……さて、一通り月の名前も覚えたし、そろそろ今回を終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「うん。どういたしまして! ……夜だからなのか、くっ付いていても大丈夫だね!!」
「確かに! まぁ、少し暑くなって来たけど、やっぱり良いですな!」
「涼しくなったら、また毛布を掛けながらくっ付いちゃおうね!」
使い魔は恥ずかしがりながら笑顔でそう言った。
「そうしよう!」
その後、二人は月を見ながら時間を過ごしてから帰って行った。
という感じに今回を終わりにしよう。




