新月から満月まで
空には雲がある。時折、雨が降るのでそれは雨雲。空の雲には切れ目があり、少し前に切れ間から見えた月は三日月。三日月……みかづき……ミカヅキ……漢字で書くと三日月か……三日目の月? ……なんとなく、これからは月の姿の名前を文章に組み入れて行こうかな。ダメ人間だけれど、いずれは覚えて自然に使えるように……いつかはなれるかな。
雲の切れ目から月が顔を出すと地上に届く光は強くなる。しかし、空のほとんどは雲に覆われているので、世界は雲を通して届く月の光で照らされていた。
窓は風で音を立てている。閉じられた窓の中には人影が一つあった。
その人影は、ボンヤリとした表情で窓越しに外を見ていた。
「ボンヤリ……。か」
お座敷の中は薄暗い。その中には、畳んだコタツの布団と大き目のクッションを使って、楽によしかかることが出来る布の山がある。そこによしかかっている人影は窓越しに外を見たまま短い台詞を並べた。
「三日月……。今は、新月から三日目じゃないけど……。月と目が微妙に似てる……一瞬間違えたかと思った」
月の名前の知識に乏しい地の文は……。新月、細い月、三日月、半分くらいの月、満月に近い月、満月……と、大体描写する。半分くらいの月は上弦の月なのか、下弦の月なのか微妙に知識不足で区別できない……ので、あまり使わない……これからは一応頑張るつもりだけど。
「…………調べた感じだと、新月から半分くらいになった月は、上弦の月というらしい。満月から半分くらいになった月は下弦の月……らしいよ」
魔術師は、どこからか調べた知識を使って地の文に教えた。
「……」
沈黙しながら、再びボンヤリとした表情で窓の外へ視線を向け始めた。
梅雨が終わり夏が訪れている。夏の始めの夜の空気……。お座敷の中は汗をかくほど暑くはない。
「おや、雨が止んで空が晴れている。……月の姿が上弦の月を過ぎてしまったようだ。えーと、あの月の姿の名前は、十日余りの月らしい」
現実の世界で数日経ち、姿を変えた月を台詞で描写する。しかし、調べて得たばかりの知識なので、その口調には不器用さが見える。
「仕方あるまい。得たばかりの知識……。使い慣れてはいないからね。基本的に不器用なもので……」
独り言を、言いながら月を眺める。
「う~む」
ボンヤリとした表情から、どことなく楽しそうな雰囲気の表情に変わっている。どうやら、新しく得た知識を使って何やら妄想している。
「上弦の月より少し進んだあの形を……」
誰かに語り掛けるように、妄想が口から言葉になって漏れた。
「……十日余りの月、とおかあまりのつき、トオカアマリノツキ……たぶん覚えたはず!」
使い慣れてはいないけれど、使える言葉として覚えたようだ。
「とお……」
もう一度、月の名前を唱えようとした時、使い魔の気配が現れたのに気付いて途中で止めた。
ふわりと現れた使い魔の気配は、自分が来る前の文章を読んで状況を把握しようとしている。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう ――――」
魔術師が自分を呼び出す呪文を唱え始めたのに気付いて、使い魔は慌てた。それは文章を読んでいたからではなく、自分が魔術師の背後に回れないからだった。
唱える自分を呼び出す呪文の最後の辺りは”振り向くと君はいた……”。
魔術師は、コタツ布団と大き目のクッションによしかかったまま、正面の窓から月を見ているので、振り向く先の背後に姿を現すことが出来ない。
「―――― 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ 気が付くと君はいた……」
最後の辺りを少し変えて呪文を唱え終えた。
「イジワルされた。……これでいいかな?」
使い魔は魔術師によしかかる様な格好で姿を現していた。そして、振り向いて尋ねる。しかし、視線が合うとすぐに目をそらしてしまう。
「良い感じだね。特に太もも辺りに感じる君のお尻の柔らかさが素晴らしい!」
「……そう」
振り向いた顔を正面に戻して小さく呟いた。
「いきなり変態発言したせいかな?」
「……」
目をそらして、それから正面を向いてしまった使い魔に対して、魔術師は失敗したと思っている。
しかし、使い魔が目をそらした理由は、振り向いた時、心の準備が無いまま、近い位置で魔術師と顔を合わせてしまい、照れ恥ずかしい気持ちがあふれてしまった為だった。
「そういえば、目をそらされた時点では、まだ変態発言はしていなかった」
「……さすがに背後に空間が無いと回れないよ」
「ごめん、ごめん。出来心だったんだ……。そして、この状況は狙い通り!」
魔術師は、両手を使い魔のおへその辺りに回して抱き締める。
「背後に回れないから、正面に……。罠に掛けられちゃった」
「ふっふっふ。もう、逃げられませんな!」
台詞とは裏腹に、使い魔を逃がさない為の指を組んだ両手には、それほど力が込められていない。
「重いよね?」
体重を気にして尋ねる。
「全然! 分散効果も働いているし」
使い魔の体重が一部分に掛かっているわけでは無いので、実際に負担はあまり無い。
「分散……お尻大きいからだね」
「気にするほど、大きくないよ。むしろ、私の変態センスによると、小さめでバランスも良くて好み。という結果が出るよ」
自分の持つ変態センスで判断した結果を報告した。……使い魔のお尻の大きさは別として、体重の分散箇所はお尻だけでなく、背中や太もも等も含まれている。
「……あの月は、十日余りの月っていうんだね」
使い魔は話の流れを変えた。
「うん。新月、三日月、上弦の月、十日余りの月……十三夜月、待宵月。十五夜月……これは満月。……三日月の前に二日月なんていうのもあるようだ。ちょっと調べた限りだと、新月から満月まではこんな感じだね」
魔術師は目の前の使い魔の髪の匂いを楽しみながら、知識を増やしている。
「色々な名前があるんだね」
「普段の生活の中では、聞かない名前。……現実の私の生活環境のせいなのかな」
「どうだろうね」
「まぁ、なんとなく情緒的なものだし、覚えておいて、ロマンチックな雰囲気を漂わせるのに効果的かも……。君をカッコよく口説け……るっかな~!」
台詞の最後の方は言うつもりは無かったけれど、途中まで言ってしまい、最後をとぼけた感じにして流そうとする。
「カッコよく口説いてくれるの?」
「……例えばだよ、例えば!」
使い魔は流してはくれなかった。
「ふーん」
気のない様な台詞を短く並べ、使い魔は少し口説かれる妄想をしていた。
「まずは自然に使えるようになろう。……しっかり覚えなくては! 君の良い匂いで記憶力もアップしてるはず!」
「そうなの?」
「うん」
さりげなく使い魔の匂いを楽しみながら知識を増やす。
「わたしも覚えるね」
「ふむ、一緒に勉強も楽しそうだ!」
「楽しそう! えっと、新月、みか……、二日月、三日月、上弦の月、十日余りの月、……次は何だっけ?」
「十三夜月」
「あ、そうだ。十三夜月、ま……待宵月、十五夜月! 十五夜……月は満月」
「何だか覚えられた気がする!」
「わたしも!」
二人は台詞を並べながら勉強をした。
「さて、知識も増えたし、今回をそろそろ終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれてありがとうね」
「うん! どういたしまして!! あなたと勉強も楽しかったよ!」
「私もだ~!」
「ふふっ!」
使い魔の嬉しそうな笑い声を聞いて、魔術師は使い魔を逃がさない為の指を組んだ両手に込める力を強めた。
「次回は満月から新月までの月の名前を勉強しよう」
「うん! ……両手込める力を強めたのは、勉強から逃がさない為?」
「いや……。なんていうか、君を離したくないと思ってしまって、つい……」
「ふぅん。もうちょっと力を込めても大丈夫だよ!」
嬉しそうな声を出して、台詞を並べる。それに従い、魔術師はもう少し力を込めて抱き締めた。
「しっかり抱き締めてしまっているぞ!」
先ほどより強く抱きしめられている使い魔は、それでも自分が抜け出そうとすれば、魔術師は力を緩めてくれる……そんな感じがしていた。
「抜け出しちゃうかもしれないよ?」
「……離したくないというのが君に伝われば十分。それが伝わって、抱き締め続けられれば幸せさ!」
「幸せなの?」
「もちろん」
魔術師は使い魔に、落ち着いた口調で答えた。
という感じに今回を終わりにしよう。




