順番とイメージ
空の月は姿を隠しつつある。しかし、それはまだ始まったばかりなので、その姿は丸に近い。雲を通して届く光は現実の月よりも、ずっと明るく地上へ届く。
梅雨の時期、雨雲が空を覆っているけれど、今は雨が降っていない。
時折、思い出したように風が吹き、屋敷の窓を鳴らす。屋敷の部屋に作られたお座敷には二つの人影が動いている。
「そういえば、掃除が完了していない」
「そうだったんだ」
「というわけで、一旦このテーブルを端の方へ立てかけておこう」
窓辺に置かれていたテーブルを二人で移動させ、お座敷の壁……衝立に立て掛ける。
「あ、このタオルは、テーブルの足に掛けよう」
衝立の角に干されていたタオルを使い魔はテーブルの足に掛けて干し直す。
「前回はありがとう。君のおかげで絨毯を水浸しにしないで済んだ」
「ふふっ!」
タオルの乾き具合を確かめていた使い魔は、嬉しそうな声を出して振り返った。
「……えっと、コタツ布団を良い感じに畳んで、よしかかるのに使おう」
使い魔の嬉しそうな声と笑顔に、魔術師は一瞬、心を完全に奪われて停止した。しかし、すぐに自分の時を動かした。
「コタツの布団は便利だね」
「うむ。これくらいの高さなら、楽な姿勢で外が見れるかな」
「そうだね。あとは手頃な大きさのクッションを乗せれば完成」
二人は窓を正面に見る位置に、楽な姿勢で外が見える環境を作り出した。
「窓は閉まってるけど、よく磨かれているので外が良く見える!」
「今回もちょっと肌寒いね。夜だからなのかな?」
「どうだろう? 梅雨はもっとジメジメして暑いイメージがあったけど……そうでもない。今だけかもしれないけどね」
「そうかもね。あとは、わたし達がここに納まると状況も完成」
二人は良い感じに畳まれたコタツ布団と、手頃な大きさのクッションで作られた環境に納まった。
「まだこれでは完成ではなかった。毛布を掛けて完成だぁ!」
魔術師は無造作に置かれていた毛布一枚を自分と使い魔に掛けた。
「今回は前回からの続きなんだよね」
「そうだよ。まぁ、横になった状態も楽だけど、多少の変化も欲しいからね」
「それで、今の状態なんだ」
「横になってるより、この方が周りも見渡せるから、状況の描写もしやすい……かな」
魔術師は周りを見まわたして、左隣にいる使い魔に目を止める。そして、毛布の中に隠れている使い魔の右手を左手で繋ぐ。
「手の平をくすぐっちゃダメだよ」
「そう言われると、やりたくなるけど。今回は少し魔術師っぽい話をしようかなって思ってるんだ」
最近の魔術師は、魔術師というより変態という感じに捉えていた使い魔は、まじまじと魔術師の横顔を見つめた。
「急にどうしたの?」
「うん、私の呼び名は魔術師より変態の方があってるんじゃない? と思われそうだったから…………と、いう訳でも無いけど、自分の考え方を言葉にして確認してみたいというのもある」
「ロマンチストで魔術師で変態だよね」
「う~ん。魔術師でロマンチストで変態という並びの方が、なんとなくいいかな」
「えーと、変態で魔術師でロマンチストだね」
「並び順によってイメージが云々(うんぬん)という文章を読んだことがある。どんな効果だったかは忘れちゃったけど」
魔術師は昔読んだ文章を思い出していた。……確か最初に並んだ項目を中心にその後の項目のイメージが追加される……感じだったかな? それから逆算すると、最初に並べた順番のロマンチストが使い魔が魔術師に持つ印象なのかもしれない。
「二度目の方の印象は、変態が最初か……。どちらにしろ魔術師が最初ではないとは!?」
「ごめん。でも、深く考えて並べた訳じゃないよ?」
使い魔は申し訳なさそうな声で台詞を並べた。
「大丈夫さ! 私は自分を信じているから。……君が私にどんなイメージを持ったとしても咎めはしないよ」
「わたしが……あなたをどう思っても、あなたには関係が無い? ってことなの」
自分が何を思っても、魔術師にとっては何の意味もないの? と思った使い魔は戸惑い気味に言う。
「とても関係があるよ。君が私を、おもってくれないと頑張る意味がない。例え君が、おもってくれているというのが、自分の思い込みであったとしても……」
「……でも、わたしがどんなイメージを持ってても咎めないんだよね」
魔術師は毛布の中で繋いでいる手を自分の胸に置く。
使い魔の右手は魔術師の胸と左手に挟まれる形になっていた。
「咎めないけど、もし……もし、もしもだよ、君が本当は私のことが嫌いだとして、それを知ってしまったら、精神的に深刻なダメージを受けてしまう」
魔術師は、少しくどい位に”もし”という言葉を使った。それには、使い魔に嫌いだと思われたくない……という気持ちが強く籠っていた。使い魔とつないでいる手を自分の胸の上に置いたことからもそれが窺える。
「嫌いじゃないよ、嫌いじゃないからこそ……」
「ありがとう」
嫌いじゃないと言われて静かに嬉しそうに微笑んだ。
「……ぅん」
使い魔は魔術師の”ありがとう”に小さく頷いた。
「私は、君と仲良くしていたい。良く思われたいと思っての行動もある。まぁ、変態な言動を取ることもある。……でも、それは紛れもなく私であり、自分。そんな感じで君と交流している……。君の中で私のイメージがどうなるかは交流の結果であり、君の受け止め方……望んだように受け止めてもらえないこともある。それを咎めたくないだけだよ……私がただ至らなかっただけかもしれないから。それも私は自分だと信じている」
「でも、咎めてくれたら拾えるかもしれないよ?」
「そう……かもね。落ちたモノを受け入れてくれるものだろうか……」
魔術師は少し考え込む。
「魔力があれば出来そうだね」
「そうだね。受け入れてくれるに違いない! まぁ、十分な魔力があれば咎めなくても拾ってくれるはずだし!」
少し沈んだ雰囲気だったけれど、いつもの仲良しムードが戻って来た。
「外、少し雨が降ってるみたい」
「うむ、小さな雨音が聞こえるね」
「そういえば……手の平をくすぐってもいい?」
使い魔は魔術師の胸の上に置かれている自分たちの手を意識しながら台詞を並べた。
「う~む、土俵が君の胸の上なら、オーケーなのだが」
「……そういえば、魔術師っぽい話をするんだったよね」
使い魔は、話の流れを変えた。
「そうでしたな! ……さて、何を話そうか」
魔術師は正面の窓を見て外の様子を観察する。
「窓の外がどうかしたの? 雨の降り具合?」
「……あの窓の右上に人の顔が」
「え?」
使い魔は言われて窓の右上を見る。
「恨めしそうな表情でこっちを見てる」
「ど、どこ?」
窓の右上だけでなく、窓全体に視線を走らせる。
「……としたら、どうする?」
「どうするって? ……だまされたぁ!」
「すまん、すまん。それで、そんな場合はどうする?」
「今の状況なら、あなたに任せる!」
使い魔は魔術師の方へ顔を向けて、窓を見ないようにしていた。冗談だったとわかっても、少し怖くなっているらしい。
「私がいない状況だったら?」
「……カーテンを閉める」
「そうか」
「ダメ?」
「それも手だね。……現実の私は結構そういう話が好きだったりする。そういうお話を読んだり聞いたりしていると、そういう怪異に出くわすと、お経を唱える……という展開になる事が少なくない」
話を聞きながら使い魔は、以前魔術師が言っていたことを思い出していた。
「……」
「ほう、覚えていてくれましたか! 私は微妙に忘れてしまっている。……まぁ、相変わらず私は勉強不足で、お経系の呪文は使えない。……とりあえず、私が幽霊になったとして、お経を唱えられてもその意味が解らないので効かないと思う」
「お祓い系で解決しないパターンになるんだね」
「お経自体は効かないけど、その呪文に込められている思いは伝わる…………だろうけど。そうか……」
魔術師は、台詞を並べながら自分にとって新しい発見があったようだ。
「何を発見したの?」
「私が使う呪文は、基本的に呪文として使う言葉の連なりに意味と、おもいを込める。……お経は、それがお経だと思わせることでも、それなりの意味になる。……お経を侮っていたかもしれないな」
「えっと、お話の腰を折っちゃうけど……。ただの間違えかもしれないけど”おもい”が漢字の時と平仮名の時があるよ?」
「おお、お気づきになられましたか! 平仮名の方は”思い”であり”想い”でもある。どちらにもとれるようにと、平仮名にしたのですよ!」
魔術師は使い魔の指摘に嬉しそうに答えた。
「やっぱりお話の腰を折っちゃった……ごめんね」
「問題は無いよ! それより、現実の世界が明るくなってしまっている。これの方が問題だ……」
「現実のあなたが眠いんだね」
「うん。どうも朝の光に弱い……。魔術師っぽい話をしたかったけれど、妙な発見をしてしまった……今一度、考えを煮詰め直させてもらえるかな?」
「わたしは、それでいいよ」
使い魔は内心、魔術師っぽい話よりも仲良く話をする方が楽しいと思っていた。しかし魔術師っぽい話にもちゃんと興味はある。
「そうか。私も君と仲良くするの楽しいよ。……今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね!」
「うん。どういたしまして! ……読み直してみると、いつもよりは魔術師っぽい感じのお話になってるかも」
「ただの変態ではなさそうかな?」
「魔術師でロマンチストで変態さんだね」
「おぉ! そうか。ありがとう。……少し、眠ってもいいかな?」
「いいよ。起きたら帰ろうね。……わたしもちょっと眠っちゃおう」
二人はこの後、睡眠を取ってから帰って行った。
という感じに今回を終わりにしよう。




