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たたみがえし

 空から雨と月の光が降り注いでいる。

 月の姿は新月に近づいていて細い。雨雲を通しての光ということもあって、薄暗い夜に雨の風景をえがいている。

 雨雲を通したあわい月の光は窓から入り、お座敷の中のコタツ布団を照らしていた。

 このコタツ布団はテーブルから外されている。本来の装備者であるテーブルはお座敷の端……壁として使われている衝立ついたてに立て掛けられていた。

 コタツ布団の下には、二つの姿が隠れていた。

 寄り添って寝転がっている二つの姿……その内の一つが、眠りから覚めた。

「…………ぅん」

 目を覚まして、今の状況を確認すると再び目を閉じて意識的に体の力を抜く。

「あなたも眠っちゃったんだ」

 使い魔は、魔術師が貸してくれた右腕の枕に意識を向けた。

 眠る前は自分の頭を抱いていたけど、今は伸びている。……腕枕は腕が痺れると聞いたこともあるけど、大丈夫かな? ……など、使い魔は考えている。

「それくらいなら、地の文さんが並べてもいいけど……」

 使い魔も色々と妄想する。使い魔は、自分の妄想部分を文章で並べ過ぎないように、地の文を牽制けんせいする。

「だって、……恥ずかしいから」

 使い魔は、恥ずかしがるような妄想もしているらしい。

「地の文さんが攻めてくる!?」

 地の文としては、使い魔の台詞から文章を展開しただけ。……だけです。

「……そう」

 とりあえず、使い魔の誤解は解けたようだ。

「月は、だいぶ新月に近づいたみたいだけど、この世界は……それほど時間は経ってないよね?」

 眠っている魔術師へ言ったのか、地の文へ言ったのか……両方に尋ねたのだろう。……この世界での時間はそれほど進んでいない。使い魔は少し、うたた寝をしていただけだった。

「そっか。それなら、まだ、お風呂上がりの匂い!」

 使い魔は、魔術師にうつ伏せになる格好で横になっていたけれど、その姿勢を仰向けに変えた。すると、髪の匂いがふんわりと広がる。

「腕、大丈夫かな?」

「……大丈夫」

「よかった。……って、目が覚めてたの!?」

「ほほぅ、のり突込みというやつか」

「……いつから起きてたの?」

「君が姿勢を変えた時かな。髪の匂いがふんわりも、しっかり頂いた!」

 魔術師はそう言うと、深呼吸する。

「外は雨だね」

「うむ。それに少し肌寒いな……コタツ布団がいい仕事をしている」

「暖かいね!」

 使い魔は嬉しそうな声を出しながら、口元をコタツ布団に隠した。

「口元はどんな表情をしているのかな?」

「内緒」

 そう言うと、体勢を横向きに変える。

「それは残念。しかしこの体勢は……」

 使い魔は魔術師に背中を向けている。表情を隠すために変えた体勢だけど、その背中は何かを期待しているように見える。

「……」

「……」

 魔術師は使い魔の背中にアクションを起こしてみた。

「抱き締められた」

 自分の右腕を腕枕として貸したまま、使い魔の背中を追いかけるように体勢を横向きに変えた。そして、左手を使い魔の胸の下辺りに置く。

「期待に応えられたかな?」

「ふふっ! 合格!!」

「やった! ……採点が甘い気もするけど、合格した!!」

 使い魔は、何かを期待していたけれど、それは”何か”であって、使い魔自身も明確な答えがあったわけではない。……答えの候補として、隠して内緒にしている表情を強引に見られること……もあった。

「……そういえば最近、こんな感じに抱きしめてくれるの多いね」

「ふむ……現実の私が寂しいという感覚を取り戻しつつあるのかもしれない。眠りから覚めてしばらくの間、そんな時がある。まぁ、しばらくすると、無意識的に魔法陣が展開されて、その感覚が薄れるけど」

 魔術師は、使い魔の髪の匂いを密かに楽しみつつ台詞を並べた。

「眠ると魔法陣が解けちゃうの?」

「どうなんだろう? ……こうして君を抱き締めている時は、そんな魔法陣は必要ないけど」

「そうなんだ」

 使い魔は、感情を隠した声で台詞を並べる。しかし、その口元には嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。

「正直、このまま君を離したくない」

「わたしは、このままでもいいよ?」

「そうか……それなら、このまま」

「うん」

 魔術師は、使い魔の胸の下辺りに置いてある手に少し力を入れて、より自分の方へ引き寄せる。

「ストーブを片付ける文章を並べる予定もあったけど」

「……片付ける?」

「う~む。……文章並べの練習としては、片付けてみるのも……」

 優柔不断に悩みながら、魔術師は使い魔を後ろから抱き締めたまま、仰向けに姿勢を変える。使い魔も、それとなくその動きに協力していた。

 魔術師の上に仰向けで寝転がる格好になった使い魔は、自分の髪の毛が魔術師の顔にかかってしまっていることを気にしている。

「ごめんね」

 使い魔は謝りながら、長い黒髪をまとめると自分の胸の方へ移動させた。

「髪シャワーが良い感じだった!」

「……腕枕が無くなっちゃった」

 魔術師の変な台詞をスルーして使い魔は台詞を並べる。

「すまないな。この体勢だと腕枕は貸し出しをしていないんだ」

「残念」

「さすがに、二人でコタツ布団の中を色々動くと、ずれてしまうな……」

 魔術師と使い魔が掛けているコタツ布団は、ずれて、微妙に斜めになっている。

「直すね」

 使い魔は、コタツ布団を手と足を使ってまっすぐに直す。

「足の動き……いいね! お尻の感触がよく伝わって来る!!」

「……やっぱり、今回も変態さんだね」

 そんな台詞を並べながらも、使い魔は、魔術師からはなれようとはしない。

「何だか嬉しいですな!」

「嬉しいんだ……」

「うん」

 素直に答えると、使い魔のお腹の上に自分の両手を重ねて置いた。

「そっか」

 使い魔は短く台詞を並べると、重ねられている魔術師の両手の上に、自分の両手も重ねた。

「……よし!」

 魔術師は何かを決心したらしい声を出した。

「どうしたの?」

「うむ……えっと、ストーブを片付けよう」

「手伝うね」

 使い魔は腰を動かして、お尻を絨毯の上に移動させた。

「おしり……こほん、お願いします!」

 魔術師は少し変態的なことを言いかけたけれどやめて、使い魔にお願いした。

「とりあえず、お座敷の玄関の扉を開けて来るね」

 そう言って立ち上がろうとするけれど、魔術師の両手が外れなかった。

「まぁ、待ちたまえ。私に考えがある」

「考え?」

「そう、考えだ。……玄関からストーブを運び出す方が手間が掛からないかもしれない。しかし、ここは文章並べの練習の場でもある」

「それっぽい魔術を使うの?」

 使い魔の目が少し輝く。

「いや、えっと……魔術ではないかな」

「そうなんだ」

 特にガッカリした感じでも無い声で台詞を並べた。

「とりあえず、ストーブを少し移動させるね」

 魔術師は、使い魔から両手を外してストーブの方へ移動する。

「わたしも手伝う!」

 使い魔も同じように移動した。

「では、そちら側を持ってくれたまえ。気を付けてね」

「うん」

 二人はストーブを持ち上げて隣の畳まで移動させた。

「さて、このお座敷の壁の多くは衝立ついたて。つまり……」

「移動させることが出来る?」

「その通り! 正解だ~!! ということで、衝立を移動させて、そこからストーブを運び出そうということさ!」

「それで隣の畳までストーブを移動させたんだね」

「そういうこと! 衝立の足は、畳で固定させているからね。さて、必殺の……たたみがえし!!」

 魔術師は絨毯じゅうたんかれていない、ストーブが置いてあった畳を叩いた。……しかし、何も起こらなかった。

「たたみがえし?」

「なんか、こう……畳を叩くとめくれ上がる的な……」

「……」

「……えっと、よいしょ!」

 魔術師は衝立と畳のわずかな隙間に指を入れて力技で畳を起こした。

「靴を持ってくるね」

 たたみがえしのくだりを追求せずに、使い魔は靴を取りに玄関の方へ向かった。

「まぁ、出来ないとは思っていたけど、君に良い所を何か見せたかった……」

 少し前の文章の『……よし!』と何か決心したらしい声の意味は、ストーブを片付ける事というより、使い魔に何か良い所を見せようと決心したものだった。

「軽い感じに畳を起こしたの、すごいと思うよ!」

 自分と魔術師の靴を左右の手にそれぞれ持って戻って来た使い魔は、そんなセリフを並べる。

 振り返った魔術師の目に美しいものが映った。月の光の関係もあるのか、綺麗に輝く優しい使い魔の瞳が……。

「…………おっと、見惚みとれてしまった!」

「何だか照れ恥ずかしい」

 使い魔は、魔術師から視線をそらしてしまう。

「その瞳に私を映してくれるとは感激しましたぞぉ~!」

 台詞を並べながら、魔術師は自分が少し暴走気味なのを感じている。

「お互い、落ち着こう」

「うむ、少し舞い上がってしまった」

 魔術師は、使い魔の左右の手から靴を受け取ると、畳を起こすことで出て来た床に置いた。

「あの……嬉しかったよ」

「素直を心掛けてみた」

「……わたしに良い所を見せようと思ってくれたのも嬉しい」

「相変わらず、格好つけたいお年頃です……」

「簡単そうに畳を起こしたの、格好良かったよ!」

「おおおおお! やった!!」

 使い魔の台詞に本当に嬉しそうに感激している。それを自分で単純だな……とも思っていた。

「単純っぽい感じも、かわいい」

「君の照れたり恥ずかしがってるところも、かわいいよ」

 そんな台詞を交し合い、視線を合わせるとお互い笑顔になる。

「ストーブさんは、しばらくお休みだね」

「そうだね、また寒くなったらお願いしよう」

 魔術師は靴を履くと、衝立を移動させる。すると衝立の向こう、屋敷の部屋の一つへ繋がった。

「……大き目のダンボールに埃よけの布があったよ! お休みの間、使ってもらってもいいよね?」

「それはいいね!」

 大き目のダンボールから出したその布は、畳まれている。それをストーブの上へ乗せ、ストーブの移動を開始する。

「まだ靴を履いていないわたしが、こっちを持つね」

「うむ、では、私はこちらだ」

 二人でストーブを持ち、移動させる。

「靴を履くからちょっと待ってね」

「一回、下ろそうか?」

「大丈夫」

「無理しないようにね」

「うん。……いいよ」

 使い魔も靴を履き、ストーブはお座敷から部屋の方へ移動された。

「とりあえず、この辺で良いだろう」

「それでは、この埃よけの布の出番だね」

 ストーブへ埃よけの布を装備させる。

「また寒くなったらよろしく」

「ありがとうね」

 ストーブへお礼を言ってから二人は移動した衝立の所からお座敷に戻る。

「よっこいしょっと」

 魔術師は、移動させた衝立を元に戻す。そして、二人は靴を脱いでお座敷に上がる。

「靴は、わたしが戻して来るね」

「お願いしよう。では、私は畳を……」

 使い魔が靴を玄関へ戻しに向かうのを見てから、魔術師は起こしてあった畳を丁寧に寝かせた。

「ちょっと寂しい」

「寒くなれば、またストーブさんに会えるさ」

「そうだね」

 二人は、元に戻した衝立を見ながら台詞を交わす。

「……さて、そろそろ、今回の文章並べを終わりにしよう。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね!」

「うん。どういたしまして!」

「力を使ったら少し暑くなってしまった。少し涼んでから帰ろう」

「窓は開ける?」

「お願いしよう。今は雨も降っていないようだし」

「うん」

 使い魔が窓を開けると、涼しい風がお座敷に流れ込んで来た。

「座ろう」

 二人は、屋敷の壁に背を預けて座る。視線の先にある衝立には、新月に更に近づいた月の光が当たっている。

「……あのね」

「なんだい?」

 彼らは、しばらく話をしてから帰って行った。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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