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お仕置き

 空の月は半分近く姿を現しつつあった。

 かすかな風の吹く月明かりの夜。屋敷の窓の一つが開いていた。静かに揺れるカーテンの側に人影が一つあった。月の光が作り出すその人影の影は、背後のテーブルに黒い人型を寝かせている。

 人影は、お座敷の窓から空の月をあおぎ見た。

「今回は結構明るいな」

 月から窓枠に視線を落とすと、ゆっくりと目を閉じた。その状態で、しばらくいると、背後に使い魔の気配が現れた。

「………………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 魔術師が振り向くと、そこには使い魔の姿があった。

「こんばんは」

「うん、こんばんは」

 使い魔のあいさつに、魔術師も同じように答えた。

「……えっと」

 返って来た挨拶を笑顔で受け止めようとした使い魔は、魔術師の目元を見て少し動揺して、受け止め方がぎこちなくなった。

「いや、月がまぶしくてさ……」

 魔術師は目元が少し濡れたまま、軽い笑みを浮かべながら言う。

「……」

 使い魔は、魔術師の嘘を見破り、無言で尋ねる。

「まぁ、自分でもバレバレな嘘というのを意識して台詞にしてみた」

「どうして涙を?」

 今度は言葉にして尋ねた。

「……改めて考えてみると、きずなや友情という感じのモノに、あまり馴染みが無かったのかなって思ってみたり」

「そう……なんだ」

 使い魔は魔術師の台詞を涙の理由として解釈した。

「う~ん、ちょっと違うかもしれない」

「え? 違うの??」

 使い魔は、魔術師に近づこうとした動作を途中で止めた。軽く転ぶような動作をした為に……。

「んなぁ~! タイミングを間違えたか。もうちょっと引っ張れば、君からのスキンシップを得られたのに……」

 両手で頭を押さえて窓の外の月を仰ぎ見ながら魔術師はなげいた。

「そんなに?」

「……今の精神状態的には特に」

「ふーん。……えぇと、こんな感じで良い?」

 使い魔は、背後から魔術師を軽く抱きしめた。

「うん。……ありがとう」

 お礼を言うと、自分の体に回されている使い魔の両腕を捕まえた。

「どうして泣いてたの?」

「泣いていたというより、涙が少し零れただけだよ。……なんというか、私というモノは絆や友情という感じのモノに育まれた気がしない……。まぁ、それはいいとして――――」

「いいの?」

 使い魔は、再び軽く転ぶような動作をした。しかし、今は魔術師を後ろから軽く抱きしめている状態……軽く転ぶような動作は、使い魔の胸を魔術師の背中に押し付ける感じになった。

「……いいとして、今私が持つ力は、愛されたいという思いで育まれたのかな? って思っていたら、涙が零れた……というだけだよ」

 変態っぽい台詞の返しを予想していた使い魔だったが、真面目な答えの台詞が並んだ。それを声で聞きながら読んだ。

「それは、嬉しい涙?」

「うん」

「そっか」

 使い魔は”愛する”という気持ちを込めて魔術師を強く抱きしめた。

「……ふっふっふ! この密着感は逃がすわけにはいかないな~!! この背中の柔らかい二つの感触は特に最高だ~!」

 使い魔は、捕まえられている腕の先、右手の甲に、暖かい水が一滴当たるのを感じた。

「……ふふっ! エッチな変態さんだぁ~!」

 気付かない振りをして、使い魔は楽しげな口調で台詞を並べる。

「地の文を読める設定が、少し野暮に感じた」

「今……泣いてたりする?」

 使い魔は遠慮がちに尋ねた。

「泣いてないよ。涙が零れただけだから」

「それを泣くって言うんじゃないかな?」

「そうなのか! 私を泣かすとはいけない子だ。……お仕置きが必要だな」

 魔術師は最後の一文を低い声だった。

「そんなつもりじゃ……。わたし、悪いことしちゃったの?」

 低い声の意味を推測した使い魔は、自分の言動を並んだ文章を読むのではなく今回の記憶をさかのぼって確認する。

「……………………」

「あの……ごめんなさい」

 沈黙に不安を抱いた使い魔は謝る。

「おっと、少し妄想にふけってしまっていた」

「……」

 話の展開を微妙に見失った使い魔は、沈黙して話の流れをうかがうことにした。

「…………ごめん。君は、悪いことはしていないよ」

 魔術師は妄想に耽っていた間の文章を読み、そして謝った。

「でも、お仕置きって……。低い声で言うし……。急に黙っちゃうし……」

「うぅ、ごめん。低い声になったのは……涙を止めようとしたらそうなってしまったんだ」

「……お仕置きするの?」

「うむ。それを妄想していたら……現実レベルで時間が過ぎてしまった」

「どんな妄想?」

 使い魔は少しずつ話の流れにのって来た。

「お仕置きと言ったらお尻叩き……と、思ったけど、君は悪いことをしていない。むしろ、嬉しいことをしてくれた。だから、叩くのではなく、撫でるべきだろうか? しかし、それは許されるのだろうか? ……そんなことなどを妄想していた」

「お仕置きで、わたしのお尻を撫でるの?」

「許されるなら?」

「…………」

 問いに対して沈黙のまま目を閉じる。

「それが答えということかな」

 背後から回されている使い魔の腕をつかむ手を離し、その抱擁ほうようから逃れると、魔術師は使い魔と向き合う形で少し距離を置いた。

「…………」

「君を抱き締めてもいいかな?」

 微妙な話の流れになってしまって、魔術師は少し弱気になった。

「……」

 使い魔は答えなかったけれど、魔術師は静かに優しく、俯いて目を閉じている彼女を抱き締めた。すると、自分の腰の当たりに両手を回して抱き締めてくれる感覚を覚えた。

「なるほど……。私は、愛されたいし、愛したかったのか……。自分で解っているはずなのに、改めて再認識すると……涙腺が緩んでしまうな」

「あなたって、意外と泣き虫なんだね」

「ぐぬぬ。……そうそう、お仕置きしないと」

 魔術師の左手は、使い魔の背中に置かれていた。その手は、軽く使い魔の背中に触れながら下がっていく。背中から腰へとゆっくりと。その感触をくすぐったいと感じながら、気持ちいいかも? と、使い魔は思った。左手はそのまま腰の下の方へ進んで行き、最後には触れるものが無くなり宙を彷徨さまよった。

「お仕置きされちゃった」

「ひょっとして、撫でまわしてもよかったのかな!」

「それは、恥ずかしいからダメ」

 使い魔は宙を彷徨っている魔術師の左手が悪さをしないように、自分の右手で捕まえた。

「一度撫でられるのは、恥ずかしくないのか……ふむふむ」

「それだって、本当は恥ずかしいんだから!」

 捕まえている魔術師の左手を強く握ってらしめる。

「お尻はダメでも、ここは撫でてもいいはず……」

 魔術師の右手は、使い魔を撫でる。

「そこは……いいけど」

「同じ撫でるでも場所によって変わるものだね」

「相手にもよるんだけどね」

 使い魔は優しく頭を撫でられて心地良さを感じた。

「相手によるのか……。私では、お尻を撫でるのはダメなのか」

「……この左手は今さっき何をしたのかな?」

「何をしたのだろう? 思い出すのだ! 我が左手よ!!」

 魔術師は自分の左手が、今しがた触れたものの感触を思い出させた。

「……」

 自分の頭を撫でる魔術師の右手の動きから、自分の言いたいことが伝わったのかを探る。

「この右手も左手と同じ道を辿ってもよさそうだ……。今度は終盤の辺りに滞在して彷徨ってみたいものだ」

「……滞在するには、たくさんの愛が必要だからね」

 使い魔は少し冗談っぽく台詞を返す。

「ふむふむ。具体的にはどれくらいだろう?」

「それは、わたしの気持ち次第かな!」

「固定ではないのか! ……そういえば今回、君は自分の言動を文章からではなく記憶を遡って確認してたね」

「すべてが文章になってるわけじゃないし……並んでいない何かがお仕置きの理由かなって、なんとなく思ったの」

「君が私に悪いことをした描写は特にないからね。実際ないし……それでかな」

「色々組み合わさって誤解しちゃった」

「不安がらせたりもした。……ごめんね」

「大丈夫! ……それは大丈夫だけど。あなたが、絆とか友情という感じのモノに、あまり馴染みが無いって言ってたのが心配」

 使い魔は、捕まえていた魔術師の左手を解放すると、その手も魔術師の腰の当たりに回した。

「馴染みが無いとはいっても解らない訳じゃないから大丈夫だよ。それに、今……愛というのを感じている! ……のかな」

 魔術師は使い魔から感じているモノを、強く意識して言葉にしたら照れてしまった。

「絆もあるよ」

「うむ。馴染んできているようだ。……さて、文字数も3000文字を超えている。そろそろ今回を終わりにしよう。手伝ってくれてありがとうね!」

「どういたしまして! そういえば、今回のわたし達は、ほとんど抱き合ったままだね」

「ひょっとして暑かった?」

「そんなことないよ。外からの風は涼しかったし、窓が開いてて少し肌寒かったから、ちょうどよかったね」

「そうだね」

「あ! 月がさっきより丸くなってる」

 ふと目に着いた、魔術師の背後にみえる月の状態を使い魔は指摘した。

「ふむ。少し月を見てから帰るとするか」

「うん」

 二人はお行儀悪く、テーブルに腰かけて月を眺めた。そして、しばらくして帰って行った。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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