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新月と蝋燭

 空は雲に覆われ雨が降っている。

 雨雲の向こうにある月は姿を隠していて、黒い風景に雨音が響いていた。

 暗闇の中、風の音は無く、雨音だけが静かに響いている。

 しばらくして、この辺りを支配している闇に、一つのあわい光が灯った。かすかに揺れるその光は数枚のガラスを通して外へ光をこぼしていた。

 一つのガラスは窓ガラスだった。その窓を持つ建物は、お座敷と呼ばれる空間を持つ屋敷。お座敷にある唯一の窓、その窓辺に置かれた大き目なコップには蝋燭ろうそくが入っていて、炎をらめかせていた。

「新月か。雲にさえぎられては星の光は届かない……頼みの月も新月では。さすがに真っ暗だ」

 蝋燭の光で照らされる空間を眺めながら魔術師は独り言を並べた。

「まぁ、これはこれでおもむきがあって良い感じでもある」

 お座敷への入り口のドアの辺りを見たりして、何かを待っているらしい。しかし、待っているモノがドアから入ってくる保証はない。

「わかっているさ。だけど、ドアというのはやはり出入口なのだよ。……たしか、神社とかの鳥居とりいもそうだったはず」

 どこかで読んだ知識をなんとなく台詞で並べると、魔術師はコタツとストーブの間にある。少し広いスペースに座る。

 少し肌寒さを感じて、畳んで置いてある毛布に手を伸ばしかけた時、お座敷の中に使い魔の気配が現れた。その気配は、一度ドアの方へ向かったけれど、すぐに魔術師の背後へと移動した。

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 魔術師が呪文を唱えて振り向くと、そこには使い魔が座っていた。魔術師とコタツに挟まれる位置に座る使い魔は、目が合うと微笑んだ。

「こんばんは」

「こんばんは。……えっと、一応、尋ねるけど、どうして一度ドアの方へ向かったのかな?」

「ふふっ! ……えっと、一応、答えると、あなたの台詞と動作を読んだから。……でも、今回はあなたが呪文を唱えてから、わたしが姿を現すパターンの始まり方。……だから戻って来たの」

 魔術師が先にいて、あとから使い魔が登場するパターンの場合は、魔術師が呪文を唱えて振り返ると使い魔がいるという描写をする。例外はあったかもしれないけれど、基本的にはこの法則を守って来たはず。

「と、地の文も説明してくださいました……と」

 魔術師は地の文を強調しつつ座ったまま体の向きを使い魔の方へ向ける。「後ろはコタツ。逃げ道は少ないぞ!」

「逃げないとだめなの? えっと……あれ?」

 使い魔は言われて逃げ道を探すけれど、ふと、違和感に気付いた。

「ほう! 気付いたか!!」

 妙に得意そうな口調で魔術師が喋る。

「地の文から改行しないで台詞がある。……順番的にわたしの番だけど??」

「一応狙ってやってみた。この間、読んだ本にこのテクニックが使われていた。このテクニックの名前は知らないから……とりあえず”次も俺のタ~ン”と呼んでおこう」

「……うん」

 何かを掴んだのか、右手を握りしめて台詞を並べる魔術師を見ながら、自分は逃げた方が良いのか迷う。

「この状況……君には逃げる理由が無いということかな?」

「なにかするの?」

「……君を見つめてみよう」

 魔術師は真面目な顔で、使い魔の目をまっすぐ見つめた。それに対して使い魔も視線を合わせる。……しばらくすると、蝋燭の明かりを映す使い魔の瞳がうるみ、それを隠そうとしてうつむいてしまう。

「あんまり見つめられると恥ずかしい」

 最初、使い魔は、にらめっこのつもりで視線を合わせていたけれど、魔術師が真面目な顔で自分を見つめ続けるので、色々と想像してしまったらしい。

「ふむ、君が俯き、私のいるこのポジションは……頭なでなでが許されるはず!」

 魔術師は使い魔の頭へ右手を乗せると優しく撫でる。

「……」

 使い魔は逃げもせずにそれを受け入れた。

「前回、君の髪フェチに目覚めた私にとって、これは今まで以上に至福の時となる」

 魔術師は右手に神経を集中して、髪の感触を楽しむ。

「変なこと言わないで撫でてくれた方が……嬉しいな」

「おっと、失礼。本音が出てしまった」

「変態さんだね」

 使い魔の許すという意味を含んだ口調の台詞を聞きながら、魔術師は使い魔の頭を自分の方へ引き込む。すると、使い魔のひたいが、魔術師の胸の上あたりに軽く押し付けられる。

「物理的に君を独占状態だ」

「……」

 魔術師の台詞に対して使い魔は無言だった。その心の内を地の文が文章にすることが何故か禁止される。

「秘密なのか……」

「秘密だよ」

 使い魔の口調からは、魔術師を否定する匂いは全くしなかった。

「とりあえず言えることは……君の髪は良い匂いだ」

「……ふふっ! ばか!」

 隠れている顔に微笑みを浮かべながら、使った”ばか”という言葉には甘い香りがする。

「……君の甘い匂いのする言葉でののしられる喜びに目覚めそうだ」

 一応、冗談っぽい口調で魔術師は台詞を並べた。

「あなたがどんどん変態になっていく気がする」

「……ふむ。とりあえず変態な時もある……で線引き、結界を張っておこう。そう、時々変態なだけ……時々……」

 魔術師は自分がただの変態にならないように、結界を張り直した。

「それって結界なの?」

「結界だよ。この場合は、外からのモノを防ぐ訳じゃなく、内からのモノが外に出過ぎないようにという感じだね」

 使い魔は、魔術師が久しぶりにそれっぽいことを言ったな~と思った。

「線引きで結界を張れるんだね」

「えっと、スポーツとかでも、線には色々意味があるよね?」

「……線から出ちゃダメとか?」

「そう、そんな感じ。知らず知らずの内に、人間は結界を色々利用しているものだよ」

 魔術師は使い魔の髪の匂いを楽しみつつ台詞を並べる。

「時々……今は変態な時なんだね」

「う~ん、どちらかというと君をいとしく感じているのだけど」

「……そう」

 使い魔は、魔術師の台詞の”愛”という文字に注意が向いていた。

「えっと昔、漢字の書き取りで、変と恋を間違えて書いたこともあったっけ」

 魔術師は何故か照れて、似た話題でごまかそうとする。

「恋……愛……恋愛」

 使い魔は二つの漢字を組み合わせた。

「まだ、雨は降り続いているな!」

 魔術師は、使い魔を右手から解放すると、立ち上がる。そして窓の外を見る。

「……恥ずかしがるのと、照れるのって似てるね」

「うむ」

 窓の外を眺めながらうなづく。

「わたしのこと、愛しく思うんだ」

 使い魔は横になり、手を伸ばして毛布を取ると、それを自分に掛けて全身を隠してしまう。

「隠れてしまったか」

 振り返った魔術師の視界には使い魔の姿が見えない。しかし、人間一人分の膨らみを持つ毛布が微かに揺れていた。

「……」

 毛布は沈黙していたが、揺れ具合は機嫌が良さそうにみえる。

「なるほど。――――おや?」

 魔術師は毛布を見る目を窓の外に向けると何かに気付いた。

「どうしたの?」

 毛布から、顔を出した使い魔は優しげな表情で聞く。

「いや……空から明かりが。新月から少し時間が経ったらしい」

「現実の時間が日数単位で過ぎたんだね」

「そのようだ。でも、空は曇っている……月の姿は見えない」

 使い魔は、魔術師の台詞を聞いて、毛布を羽織ったまま立ち上がると窓際へと移動する。

「……あ! 雨が降ってきたよ」

「おお、おお! 結構降りが強いな……えっと、上空の寒気かんき……? うむ。雨だね」

 魔術師は、時々耳にする、お天気用語を使おうとしたけれど、よくわからなかったので止めた。

「ちょっと肌寒いね」

「夜の雨……。まだ、蒸し暑いというより、肌寒い季節だね」

 使い魔の羽織っている毛布を見ながら、魔術師は言う。

「一緒に……わっ! 雷だ!?」

 雷の大きな音に少し驚いた使い魔は首をすくめた。

「おお! 少し嵐っぽい。少しお行儀が悪いけど、テーブルに座って窓の外を眺めますか!」

「うん。お行儀悪いけど、そうしよう!」

 魔術師がコタツ布団を装備したテーブルに腰かけると、その隣に使い魔も腰かける。そして、毛布を魔術師の肩にも掛けた。

「コップに入った蝋燭の炎……窓の向こうは強い雨。なかなか絵になるように思いますな!」

「そうだね。……雨、ちょっと弱くなった」

 雷は止み、雨の勢いも弱まって来た。

「おや、残念。まぁ、隣に君がいるから問題ないけどね!」

「本当?」

「むしろ、窓の外よりこちらの方が重要」

「そうなんだ」

 使い魔は、体を傾けて魔術師との密着度を強めてみる。

「なかなか良い雰囲気だ! ……良い感じなのに、現実の私が眠気に襲われている」

「……今回はもうすぐ終わりかな」

「そのようだ。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!!」

「どういたしまして!」

 二人はいつもの終わり際の台詞を並べた。

「では、もう少しこの状況を続けてから帰るとしよう」

「うん」

 魔術師は、使い魔と一緒に掛けている毛布の中で、左手を伸ばして使い魔の左肩に手を置くと抱き寄せた。

 コップの中の蝋燭はもうすぐ燃え尽きる。二人はしばらく話をして、蝋燭の炎が燃え尽きると、後片付けをして帰って行った。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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