独占欲
空の月の姿は円に近い姿をしている。その光は強く地上を照らしていた。
風の音が聞こえない月明かりの下に屋敷はあった。静寂に包まれた屋敷の周囲には人の気配はない。しかし、それは屋敷の周囲であって、屋敷の中には人の気配がある。
屋敷の中のお座敷と呼ばれる場所に人影が一つある。それは椅子に座り、テーブルを挟んで正面にある窓の方を向いていた。
「……」
沈黙して頬杖をつきながら、窓の方へ顔を向けている。両方の目を閉じてはいるけれど眠っている訳ではない。
「う~む」
考え事をしているのか、妄想をしているのか呻き声を出す。
「あの夕日はオレンジ色だった」
頭に浮かんでいる情景を台詞にすると、薄ら目を開けて月の姿を見る。そして深く息を吸い込み、今度はゆっくりと息を吐いた。
「今回の月はだいぶ丸い。あの夕日も丸かったけど、色が違う。この月も良いな……」
しっかりと目を開けて台詞を並べると、そのまま頬杖をついたまま月を眺めつづけている。しばらく、衣擦れの音もしない静かな時間が過ぎた。静かな時の流れの中にふわりと何者かの気配が現れた。
その気配は、頬杖をついている人影の様子を窺う雰囲気を漂わせる。
「……意味もなくうつ伏せで倒れこみたい衝動にかられたけど……姿勢を正すとしよう」
人影は座ったまま背筋を伸ばすと、呪文を唱えた。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
魔術師が呪文を唱えて振り向くと、そこには使い魔がいた。
「こんばんは」
「こんばんは」
呪文を唱えて振り向くと、使い魔は膝立ちの格好で優しく微笑みながら挨拶をした。それに対して、魔術師も同じように挨拶を返す。
「頬杖をついて何を考えていたの? ……妄想?」
気になっていたことを尋ねる。
「君を待っていた」
「……そうだったんだ」
尋ねたことの答えになっていない台詞に、使い魔は少しドキッとした。
「頬杖をつきながら色々考えていたよ。まぁ、妄想していたともいえるけどね」
「やっぱり妄想してたんだ。エッチなこと考えてたんでしょ!」
使い魔の口調には楽しそうな色が浮かんでいた。
「まぁ、否定は出来ないが……。一応言っておくと、私は変態ではあるけど、四六時中そういう妄想をしている訳じゃないよ」
「そうなの?」
「時と場合によるのだよ。普段は意外と変態妄想は少なかったりもする」
「本当?」
少し意外だというニュアンスを込めて聞く。
「……とりあえず、今さっきの妄想は、記憶の中にある夕日を君と一緒に眺めている妄想だった」
「わたしと一緒に?」
「うむ。綺麗な景色を眺めながら、気のきいた台詞を言えたら最高だな~……なんて」
「夕日を一緒に見ながら気のきいた台詞……ロマンチックだね」
使い魔の台詞を聞くと、正面の窓から見える月へ視線を向けた。
「ただのカッコ付けたがりだけどね」
自分に向けられる視線が月に奪われたので、使い魔は魔術師の隣の座椅子へと移動する。
「キザな台詞をいうの?」
「……出来ればそう思われずに、君をうっとりさせてみたい」
魔術師は再び使い魔の方へ顔を向けて、なにか台詞を探す。
「少しくらいキザでもいいと思うよ?」
「妄想のリハーサルをここでしても良いかな?」
「? うん?」
使い魔は魔術師の台詞の意味がよくわからなかった。
「まずは、左隣に座る君の腰を左手を伸ばして抱き寄せる」
台詞を並べながら体を動かす。抱き寄せるという表現を使っているけれど、実際にはお互い腰を上げてくっ付くように動いていた。
魔術師の左手は、使い魔の背中の下、腰を腕で抱き寄せ、手の平はおへその辺りのお腹に置かれていた。
「変な所を触っちゃだめだよ?」
「変な所とは?」
惚けて尋ねる魔術師の左手に自分の左手を重ねて動きを封じて答える。
「胸とか……おへそより下とか」
「リハーサルということで……触るのはダメかな?」
「……ここでのリハーサルは妄想の実現ってこと?」
「ふっふっふ!」
「……」
使い魔は呆れたのか、同意したのか、動きを封じるその左手から力が抜けた。
「隙あり!! ……と行きたい気もするけど、ここはロマンチックに進めたい」
魔術師は空いている使い魔の右手を、自分の右手で柔らかく握る。
使い魔は握られた自分の右手を見てから、魔術師の顔へ視線を移した。
「わたしも協力した方がいい?」
「君の望むように……まぁ、右手は捕まえてるけど」
魔術師は握る右手の力を入れたり抜いたりして何やら合図を送りながら台詞を並べる。
「しょうがないな~」
使い魔は首を右に曲げて魔術師の肩に頭を預けた。
「ナイスなシチュエーションだ! 夕日ではなくて月というのも良い感じだ!」
嬉しそうな魔術師の台詞を聞きながら、使い魔は微笑んで目を閉じた。
「喜んじゃって、何だか可愛い」
「少し、はしゃぎ過ぎたか……」
落ち着きを取り戻して左を向くと、自分の肩に預けられている使い魔の頭が目に入った。
「重い?」
「いや……何というか頬ずりしたい欲求が」
使い魔の黒髪を間近に見た魔術師は、密かに湧き上がる欲求と戦っていた。
「少しなら、しても良いよ?」
使い魔の台詞に油断した魔術師は、欲求との戦いに敗れた。そして、ゆっくりと首は左の方へ倒れて行った。
「私はきっと地獄に行くんだと思っていたけど、まさか戦いに敗れて天国へ行けるとは……」
冗談を交えながら台詞を並べ、花の香りを嗅ぐ様に、頬に触れる髪の匂いを楽しむ。
「このシャンプーの香り、わたし好きなんだよ」
「そうか。私も君の髪から香る、この匂い好きだ~!」
魔術師は自然と呼吸が深くなった。使い魔の髪の匂いで胸をいっぱいにすると幸福感を感じた。それは離したくないという意思を生み、使い魔の腰に回されている左腕に力が入る。
「ここは、わたしは”痛い”といった方が良いのかな。……このギリギリ痛くない感じの力加減はワザと?」
「ワザとというか、なんとなくの勘かな」
「勘なんだ。……離したくない……。あなたって独占欲強いの?」
「まぁ、それなりに……。とはいっても、私は自由を望む。それは対象……君にも自由であってほしい」
「それって独占欲強いの?」
「私のモノであって欲しいという気持ちは強いよ。……まぁ、それを叶えてくれるかは君次第。独占欲を満たしてくれたら私は嬉しい! ……という、少し捻られた独占欲」
「ふーん……」
使い魔は、魔術師の捻られた独占欲を考えながら短い台詞を入れた。
「現状は、物理的にも独占状態だけどね。そして、君はこの現状から逃げようとせずに、私のことを理解しようとしている。つまり心も独占させてもらっている!」
「……知らない内に私はあなたの独占欲を満たしていたってこと?」
「そういうことさ。ありがとうね!」
お礼を言った魔術師は、使い魔を抱き寄せる左手の力を緩めた。
「油断したら逃げちゃうかもしれないよ?」
「どうするのかな?」
使い魔は魔術師の問いに対して、自分の重心を魔術師の方へ倒すことで答えた。
「更に独占欲を満たしてくれるとは嬉しいじゃないか!」
魔術師が左手の力を緩めたのは油断したわけではなく、逃げやすくするためだった。
「逃げられたらどうするつもりだったの?」
「……逃げないと信じていたから、それは考えていなかった。独占欲のスパイスというやつだよ!」
と、魔術師は台詞を並べるが、内心は不安が影を落としていた。
「独占欲は満ちましたか?」
「まだまだ入るよ! 私は欲深だから。……独占欲が増大して頬ずりだけでは我慢できん!」
よくわからないことを台詞にすると、使い魔の髪……というか頭にキスをした。
「口に髪が入っても知らないよ?」
「……」
「……」
おでこ……額ではなく、頭にキスをされて使い魔は少し落ち着かない気持ちだったけれど、大人しく身を委ねていた。
「ぬぅ……私は、髪フェチでもあったのかもしれない」
使い魔の頭から顔を上げると、思ったことを口にした。
「……えっと、変態だね。……一応、お約束な台詞を言っておくね」
「君の髪が魅力的だから目覚めてしまっただけだよ。……あれ? 月は満ちて行くはずだったのに、さっき見た時より隠れてる」
何かに目覚めてそれを実感していた魔術師は、窓の外の月を見て少し驚く。
「現実の時間が結構経ったみたいだね」
「そうらしい。”じーだぶりゅう”という魔法のせいだろう。その影響で現実の私が時間を上手く使えなかった……と思われる。予想より疲れたりして」
「ゴールデンウィークだね。あれって魔法なんだ」
使い魔は座り直して、改めて月を眺めながら台詞を並べた。
「ある意味ね。……何だか少し肌寒い気がする」
「言われてみれば……肌寒い」
お互い密着している所は温かいが、それ以外の所は少し冷えていた。
「そろそろ、今回を終わりにしよう。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして!」
「独占欲も良い感じに頂いたよ」
「……ねぇ、毛布に一緒に包まって温まってから帰ろうよ」
「ほう! さらに独占欲を満たしてくれるとは有り難い!」
魔術師はストーブの前に畳んで置いてある毛布を取りに向かう。そして毛布を手にすると、使い魔の声が聞こえた。
「わたしの独占欲も満たしてもらうからね!」
毛布を手に、使い魔と目があった魔術師は、独占される喜び? のようなモノを感じた。
「君の独占欲はどうしたら満たすことが出来るのかな?」
「秘密!」
魔術師は使い魔の秘密を解き明かす楽しみを感じて、毛布を手に自分の席へ戻って行った。
そして、毛布に包まれて温まった二人は帰って行った。
という感じに今回を終わりにしよう。




