三文字
空に浮かぶ月はその姿を半分ほど表している。
微かに感じられる風の吹く、夜のこの世界は穏やかに時間が過ぎていた。
月の光は地表に降り注ぎ、屋敷の窓から中へも侵入している。月の光が侵入した窓の一つは、屋敷の中に作られたお座敷と呼ばれる場所だった。そこには、うつ伏せで横になっている人影が一つある。
ストーブとコタツの間の空間に何も掛けずに横になる人影は顔をコタツの方へ向けて目をつぶっていた。
「なんだか、体がだるい。ただ横になるだけでも、すごく心地いい」
魔術師は独り言をいいながら、視線を斜め上に向けた。そこには窓があり、少しだけ月の姿が見えた。
「微妙に動くのが億劫だな」
体を起こそうという動きが僅かにあったけれど、結局動かず横顔を絨毯に沈める。
「少し寒いけど、このまま眠ってしまいたい欲求もある。これは……少し参ったな。このまま眠ったら風邪を引きそうなのに、毛布を掛けるのも、コタツに入るのも面倒臭い。……コタツよりは毛布を掛ける方がベストだな」
台詞を並べるために口を動かすが、体を動かすのは本当に面倒臭そうだった。
魔術師が動けないでいると、お座敷の中に使い魔の気配が現れた。姿のないまま、魔術師の近くに佇む雰囲気が漂う。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
使い魔の気配は、魔術師が唱え始めた呪文に反応して、自分が呼び出される定位置? に移動した。そして、魔術師が首を曲げて後ろを向こうとしたので姿を現した。
「その呪文を文章で並べてくれたの久しぶりだね……こんな感じで良いんだよね?」
「うん。暖かくて良い匂いに包まれた……でも、毛布を取ってくれると嬉しいな。お風呂上がりの君が湯冷めしてしまう」
うつ伏せで横になる魔術師の背中に、同じくうつ伏せで覆いかぶさる使い魔にお願いをする。
「よくお風呂上がりってわかったね」
「いつかのお話で君はそんな感じのことを言っていたし……いつもより、君の体がしっとりしている気がしたから。……良い匂いだ」
台詞を並べながら、魔術師は呼吸が深くなった。
「ちょっと熱いくらいだから、まだ大丈夫。……疲れてそうだね。あっ、わたし重いよね」
「いつも言うけど、君は軽いよ。むしろ、ちょうどいい圧迫感で疲れが取れる感じ。特に、背中の肩甲骨の辺りに当たる柔らかい二つが素晴らしい癒し効果を発揮している!」
「へん……そうなんだ」
使い魔は魔術師に『変態』と言おうとしたけれど、本当に疲れているらしい魔術師を気遣ってやめた。
「変態の私を気遣うとは……。その優しさも有難く受け取ろう。精神面の癒し効果も抜群だ!」
「ふふっ!」
気を良くした使い魔は、大きいとは言えなそうな自分の胸を魔術師の背中に少し強く押し付けた。
「ここは極楽か~! ……調子に乗って両手を君のお尻の辺り……というか、お尻に触れさせたら怒るかな?」
自分の胸の大きさに対して並んだ地の文に気を取られている使い魔に、魔術師は遠慮がちに聞いた。
「……う~ん。それはやっぱりダメだと思う」
少し悩む素振りをしてから答えた。
「ふむ、そちらはまたの機会にしよう」
「いつか触るつもりなんだ。変態さんだね」
今度は遠慮くなく『変態』と魔術師を形容した。その言葉を口にした使い魔の口調には、受け入れても良いというニュアンスが籠っていた。
「ほー! そうなのか!! その機会が来たら、両手でお尻をモミモミさせてもらおう!」
「……やり過ぎはダメ。……ダメだからね?」
魔術師の予定を牽制しつつ、念を押す二回目の『ダメ』には、どこかそれを見逃しても良い……という甘さがあった。
「よし! 手が滑ってスカートの中に手が入った設定で行こう!」
「……ダメだよ」
今度の『ダメ』は僅かな隙を感じるけれど、本当にダメらしい。
「まぁ、半分冗談だよ。スカートの上から狙うことにするね」
「お尻を触るっていうのは冗談じゃないんだ……」
「……えっと、八割くらいの本気ということで」
「ほとんど本気じゃない!」
魔術師は耳元で楽しそうな笑い声を聞いた。
「君が魅力的だから仕方がない」
魔術師の台詞には真剣さが込められていた。それを聞いた使い魔は笑い声を止めて、魔術師の左の首筋に顔を寄せた。
「………!!」
使い魔は声を出さずに口だけを動かして、三文字の並べた。
「なんて言ったのかな? さすがに首に当たる息だけだと難しい」
「秘密だよ! でも、きっとあなたには伝わってると思う。漢字二文字とひらがな一文字だよ。ちなみに一番左の漢字が無くても意味としては同じ。でも、わたしは一番左の漢字も付けたかったから付けたよ」
「……そうなのか。うむ、伝わっているに違いない!」
魔術師は考えを巡らせて、なぞなぞの答えを探す。
「ちょっと冷えてきたから毛布を取るね」
魔術師の背中に乗ったまま、置いてある毛布へ手を伸ばす。届きそうで届かない位置にあるので、手を伸ばしながら体が動く。すると、魔術師の背中を柔らかい感触がよりアクティブに刺激する。
「こ、これは考えに集中できない!?」
「ごめん。えっと、取れたよ」
使い魔は左手で取った毛布を、少し苦戦しつつも器用に自分の背中に掛けた。
「毛布と君で包まれるとは何という贅沢!」
「………じゃなければ、こんなことしないんだからね!」
三点リーダーを三つ並べているのは、それぞれを一文字として使っているらしい。
「……ダイスキ?」
「うん」
「そうか。ならば私も。………だ!」
魔術師は声を出さずに口だけを動かして同じ三文字を並べた。
「声を出して言ってくれないんだ……」
「シャイなので」
「…………」
「ふー。君のことがダイスキだ!」
「ぅんん!」
魔術師はカタカナで文字を並べたけれど、使い魔は嬉しそうな変な声を出して、魔術師の背中の上で小さくジタバタした。
「疲れには眠るのが一番効果的だと思っていたけど、やっぱりこれも良いな~!」
「ふぅん! ……そういえばどうして疲れてるの?」
ご機嫌な雰囲気の妙な声を出してから、使い魔はずっと気になっていたことを聞いた。
「単純なことだよ。現実の私が疲れているだけだから」
「ふぅん……」
使い魔は納得したような、してないような声を出した。
「運動不足なのに、頑張りすぎたらしい。後半は結構フラフラだった。そのさなかに、疲れ切っている状態だからこそ、疲れ難い運動技術を見つけられるはず……と微妙に欲深な面を見せていた」
「疲れている時だから見つけられるの?」
「フラフラだから怪我をするリスクはあるけど、そんな状況だからこそ、それなりの運動技術を駆使しないとやれない。力が入らない分、力の要らない動きを見つける必要がある。だから見つけられる」
「見つけられたのかな?」
「さて? それは意識的にはよくわからない。でも、きっと体はそれなりに見つけたはず。体力が戻っても知らず知らずのうちに組み込まれているものさ……たぶん!」
「ふーん」
使い魔は、魔術師の背中を手でマッサージしてあげようと思った。
「マッサージか! それも良いけど……君と毛布に包まっていたら眠気がだいぶ強い。君の良い匂いに包まれながら眠りたい。……今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね!」
「どういたしまして! ……眠るなら、さすがにわたしが乗っていたら邪魔だよね」
そう台詞を並べると、使い魔はうつ伏せの魔術師の左隣に同じくうつ伏せで横になる。
「背中が少し寂しいい……でも、左に感じる君の存在感が良い感じ」
「あなたが起きるまで、隣にいてあげるね」
「ありがとう」
その台詞を並べると、魔術師は眠ってしまった。その左隣で、使い魔も目を閉じた。
という感じに今回を終わりにしよう。




